自己肯定感の高いデブ友~トリあえずカラ、オールイン~

夏伐

誇り

 幼馴染である空井揚そらい あきとは、偶然に街中で久々に会った。

 どれだけ経ってもこいつの名前はフルネームで覚えている。空井揚、略して『からあげ』だ。


 町中で開催した婚活パーティーだ。比較的だが金額が安く、飲食店を食べ歩くコース。


 俺は何となく、そういう年でみんな婚活を始めたから、空気を読んで。でも思いっきり婚活したいかどうかと言われるとそうでもない。


 そんなだから、女の子ではないが幼馴染と劇的な再会を果たして意気投合してしまった。

 会場になった商店街の一つであった居酒屋で婚活パーティーの反省会をすることにした。


「トリあえずカラ、オールインで」


「はい!」


 さっそうと注文したから揚げは謎の呪文を店員さんに伝える。店員さんも特に変に思わなかったのかすぐに厨房へと戻ってしまった。


「とりあえず生じゃないのか?」


「あのな、佐藤。ここは俺のホームだぜ? 『いつもの』って注文と同じさ」


 からあげは水を飲み干した。ドラム缶のような体に吸い込まれるようにコップ一杯の水が消えて行った。


 恰好つけながらお通しの枝豆を食べるからあげは、まさしく百キロを超えるデブだ。

 空という字が「から」とも読めると分かってからからあげはからあげになった。そして本人もまんざらではないように誇らしそうにしていた。


 曰く、唐揚げは救世主メシアであると……。


「まぁ、婚活中同士、今日は仲良く飲もうぜ!」


「お前、婚活中だったのか……?」


 婚活パーティーで出会ったとはいえ、会場で「女子より揚げ物」のような行動をしていたからあげの言葉に俺は驚いてしまった。


「俺は何回も参加している。おかげでこのあたりの飲食店は顔パスさ」


「やっぱ食いもの目当てじゃねぇか!」


 なんだかんだからあげは昔と変わってない。ふつふつと子供の頃の記憶が断片的によみがえってくる。とても懐かしい気持ちになった。


 枝豆をプチプチ食べていると、店員さんが各種揚げ物セットとギガサイズコーラを運んできた。


「トリあえずカラって、まさか……」


「とりあえずからあげ系全部、コーラセットでの略さ。この体型を保つにはやっぱり揚げ物とコーラのコンボはかかせないね」


 意識して維持してるんだ、百キロ……。


 からあげが「オールイン」と言っていた通り、メニューにある揚げ物全てがテーブルに並んだ。


 俺たちもまだ若い、とはいえさ。もう26だよ……。この量は胃もたれするって……。


「佐藤は食わないのか?」


「え? ああ、食うよ」


 俺たちは乾杯のかわりに、手にもった串揚げをカサリと合わせた。見る間に皿から料理が減っていく。ダイソンの掃除機のCMを思い出す吸引力だ。


「はぁ、胃もたれしないのか?」


 俺の言葉に、からあげはムッとした顔をした。


「俺は食うためにめちゃくちゃ運動するし、鋼鉄の胃を維持するために努力をしてる。お前は胃をやさしくケアしてあげているのか?」


「すまん……」


「内臓はな、彼女のようにやさしくしてあげなければいけないんだ……」


「それでこの油量はやばくないか?」


「たまに愛を試す行為をしてしまうだけさ」


 結局、自分で自分を痛めつけてるだけなんじゃ……? ていうか油のダメージ食らってるじゃないか。


 何はともあれ、俺たちは今なにをしているのかとか、最近はまってるゲームだとかそんな話をした。


 気が合うというか、こいつはデブを武器にしているから気を使わなくて良いのかもしれない。

 食とシェフに敬意を称して、とか言いながら中学時代はテーブルマナーをマスターしていただけに食べ方も綺麗だ。


 だからこそ、食べ物が消失したと錯覚させるのだ。


「そういえば俺ウーバー始めたんだよね」


「マジか。お世話になってます」


「その時に友達がいるフリするやつが多いんだよ」


「え……?」


 からあげは口をナプキンで拭きながら神妙な口ぶりで俺をにらみつけた。


「怪談か? 飯を食ってる時に怖い話をするなよ? 食事がまずくなる可能性がある話題はマナー違反だぞ」


「いや、一人で何枚ものピザと2Lコーラを食べることが恥ずかしいんじゃないかと思うんだけど、そういう時どういう顔をしたらいいのか困ってるんだよ。普通にホラーだしさ」


「まあ、ワンルームだったら嘘なのすぐ分かるしな……。でもデブを誇るってのは中々できることじゃないよ」


 からあげの言葉に、少しの迷いが見える。


「……俺みたいなデブだって、他のデブにデブって言うの気をつかうもん」


「そもそもデブなんて人に言うもんじゃないよ……」


 なんだかしんみりとしてしまって俺はサラダを追加で注文しながらコーラを飲み干した。


「俺みたいに『カレーは飲み物』って言いながら本当に飲み干せるやつは一握りさ。ほとんどのやつはライスやパンも欲しがる」


「いいじゃねぇかカレーライス食うくらい」


「カレーは飲み物、ポテチはふりかけさ。真のデブは全てのものにポテチをふりかける。カレールーしかない時に欲しがるべきはディップすべきチップだぜ」


 からあげは少し胃もたれに悩んでいるらしいが、学生時代のままだ。

 すさまじくデブに誇りを持っている。


 こいつがデブじゃなきゃ誰がデブなんだ!?


 俺はコーラの最後の一口を胃に流し込み、店員さんに叫んだ。


「すみませーん! とりあえず緑茶のウコン割りとサラダ大盛りくださーい!!!」


 トリあえずカラの影響で俺の胃はげんなりしているようだ。女の子とマッチングしなかったなんてショックは吹っ飛んだ。

 メンタルショックより、胃へのダイレクトアタックの方がダメージが大きかった。


 からあげもつられて、コーラのおかわりをしていた。


 うっそだろ。本当にデブの神に愛されてるな、からあげは。

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