第5話④「元の世界に戻る方法」

「はあぁ~、疲れたっ。てかさ、この仕事キツすぎない?」


「ええ、ええ。あまりにも辛すぎると思います」


「毎日しゃべんなきゃいけなくて、しかもそれをたっくさんの人が聞いててさ。そこへ来てあたしは噛むわけじゃない? 一度噛むとクセになっちゃってさ、その後も連続で噛むわけよ。そしたらもう空気が最悪でさ」


「わたしもです。話を聞きに集まる方が女性だけならいいんですけど、あまりに男性が多いのが……。しかも男性ってその、色んなところを見てきますし……。ああ~、あれが全部ヒロ様だったらいいのに……」


「全部ヒロって……あんたなんちゅう妄想してんのよ」


「いいじゃないですか、わたしにとってヒロ様は安心感の塊なんですから。ぬいぐるみにしてベッドの周りを埋め尽くして眠るのが目下もっかの夢なんですから」


「その発想が怖いけど……でもまあヒロのぬいぐるみか。それならあたしも欲しいかも。あんたみたいに複数じゃなくていいから、ひとり大きなのを部屋に置いて、辛いことがあったら話しかけたり抱き着いたり……って何よあんたそのニヤニヤした目はっ!? いいい言っとくけどあたしとあいつはあくまで友達だから! それだけの関係だかりゃ!」


「……こういうのって、早く認めたほうが楽になれますよ?」


 王宮の端。

 僕らのために用意された休憩所を訪れると、アイリスとシャルさんが先にいた。

 仕事に対する愚痴だろうか、二人で何ごとかを話し合っているようだが……。


「やあ、お疲れ二人とも」


「ってヒロ!? あんたいつからそこに……ってか今の話聞いてた!? ききき聞いてないわよね!? 聞いてないと言いなしゃい!」


 僕の存在に気づいたアイリスは瞬時に顔を赤く染めると、僕の胸倉を掴んだ。

 どうやら怒っているらしく、ガクンガクンと前後に激しく揺らしてきた。


「あ、アイリス落ち着いて……ホントにどうしたの? そんなに慌てて? 僕は何も聞いてないけど……」


 頭を揺さぶられクラクラしながらも、僕は必死にアイリスをなだめた。


 女の子同士で秘密の会話でもしていたのだろうが、僕は本当に聞いてないんだ。

 それを懇切丁寧に説明すると、アイリスは明らかにほっとしたような顔になった。


「聞いてない? ホントに? はあぁ~……よかったぁ~……」


 力が抜け、へなへなとその場に崩れ落ちるアイリス。


 一方シャルさんは、ニッコリと僕に微笑みかけると……。


「ヒロ様、お帰りなさいませ。本日もお仕事お疲れ様でした……って、あら……?」


 僕の様子がいつもと違うことに気づいたのだろう、シャルさんは不思議そうな顔をした。


「いつもとご様子が違うような……。何かお悩みでも?」


「あ~……バレちゃうか。実は二人に相談があって……」


 アイリスとシャルさんの顔を均等に眺めた後、僕は言った。


「僕、元の世界に帰るための方法を探そうと思うんだ」


 

 

 ◇ ◇ ◇




 シャルさんが淹れてくれた紅茶をひと口飲んでから、僕は改めて話を始めた。

 内容は主にコマちゃん先生からの要望について。


 先生曰く――

 偽の王様がいなくなったことで、『魔王を倒したら元の世界に戻す』という約束は反故ほごにされた。

 他の神官や魔法使いに相談しても、『異世界から召喚した勇者を帰還させる方法』は誰も知らないという。王様が『王家に伝わる秘伝のなんちゃら』で帰せると自信満々に言っていたのを鵜吞みにしていたらしいんだ。


 これによって、一年一組のみんなは絶望のどん底に叩き落されたのだという。

 二度と戻れない故郷を思って泣く人や、外界との関りを断って引きこもりみたいになってしまった人もいるのだという。


 そう言われてみれば、城の中庭にいたクラスメイトの数は少なかった。

 先生含め四十人近くいるはずなのに、あの場には十数人ぐらいしかいなかった。


 ――田中くんにお願いしたいのはそこなの。『国選勇者』としてこの世界のあらゆる国を旅することの出来るあなたに、わたし含めた一年一組の全員を元の世界に帰す方法を探して欲しいのよ。

 

 驚く僕に、先生は重ねて言った。


 ――あなたを守れず追放させてしまったダメ教師が何を言うんだって思うかもしれない。何を今さら都合のいいこと言ってんだって思うかも。実際その通りよ。わたしは教師失格、あなたに頼みごとをする資格なんてない。でも……それでもね? わたしには責任があるの。


 ――…………なるほど。


 再び過酷な冒険を始めることに、迷いはなかった。

 困ってるみんなを見捨てる気にはなれないし、先生は僕の唯一の味方だったから。


 ――なるほど……ですね。


 でも、アイリスとシャルさんはついて来てくれるだろうか。

 いくら日々の仕事が精神的に辛いといっても、リディア王国にいれば安泰なのは確かだし……。


 ――ヒロくん。もし……もしもだけど。何がしかの形で報酬が欲しいのだったら……。


 僕の沈黙を悪い方向に受け取ったのだろう、一般的な大人よりもだいぶ小さくて可愛い先生は、覚悟を決めたような目で僕を見つめた。


 ――わたしをあげても……いい。そ、その……思春期ど真ん中の男子が望むようなことならなんでもしてあげるわ。ちょ……ちょちょちょちょっと○ッチなことだってっ。


 ――あ、そういうのはいりません。


 ――即答!? かなり覚悟を決めて言ったのに即答!?


 僕は先生が「ガァン……!」と頭を抱えるぐらいの勢いで断った。


 思春期ど真ん中の男子である僕がそういったことに興味がないといったらウソになるけど、『取引で得られた』からといって幸せになれるものじゃない。一時的な快楽を得られても、きっとむなしいだけだ。

 やっぱりさ、そういったものは互いに愛情を育み合った後に手に入れないと。


 なーんて、この先僕にそういった相手が現れるとは思えないけどさ。

 ぼっち歴イコール年齢の非モテ男子にだって、プライドはあるんだよ。


「とまあそういうわけで、僕は元の世界戻るための方法を探して旅をしようと思うんだ。ふたりに聞きたいのは一緒について来てくれるかなんだけど……あれ?」


 先生とのやり取りのすべてを伝えるわけにはさすがにいかなかったので、一部を意図的に省いて伝えた。

 全体としてはそれほど意外な話でもないかなあと思ったんだけど、ふたりの反応は劇的だった。


「……ヒロ様が、いなくなる?」


 まず最初に反応したのはシャルさんだ。

 美しい目からツツーっと流れた涙をぬぐいもせずに、ハイライトの消えた目で僕を見つめた。

 

「わたしを置いて向こうの世界に戻る……? そんなの絶対許せない……どんな手段をもってしてもお止めしなくては……。……いえでも、ヒロ様のためを思うならばむしろ背中を押してさしあげるべきなのでは……?」

 

「え、ちょっとシャルさん? 僕、別に自分が戻るなんて……」


「でもでも、ヒロ様を失った後はどうすれば……? 他に生きる望みもないことですし……いっそ自ら命を絶って次の生に希望を託して……? ワンチャン、ヒロ様と同じ世界に生まれ落ちる可能性もないわけではないですし……?」


「落ち着いて、落ち着いて」


 ただただ怖いことをつぶやいていて、僕が何を言っても聞こえていない様子だ。

 これも宗教関係者特有の発想なのだろうか? とにかくまっすぐすぎて怖い感じ。


「ねえ、助けてよアイリス。シャルさんの様子がさあ~……」


 アイリスなら大きな声でシャルさんの目を覚まさせてあげられるだろうと思い、声をかけたんだけど……。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


「ネットスラングみたいになるほど噛んでるー!?」


 いったいどうしたわけだろう。

 アイリスは目から滝のように涙を流し、口からは大量に出血している。

 体がガタガタ震え、手にしているティーカップからは中身がびちゃびちゃと飛び散っている。


「頼むから落ち着いて! 君まで冷静さを失ったら僕はどうやってシャルさんを落ち着かせればいいの!?」


「だって……だってヒロがあたしを置いて行っちゃうって言うからぁ~……」


 必死になだめるが、アイリスはなかなか落ち着いてくれない。

 ポロポロと涙を流して僕の服の裾を掴み……。


「病める時も健やかなる時も、ついに死ぬその瞬間まで一緒だって言ってくれたのに……。なんだったら責任とってくれるとすら言ったのに……」


「たしかにそんなようなことは言ったけど、なんか捉え方によってはとってもまずく聞こえるような!?」


「ホントにそのようなことを言ったのですかヒロ様!?」


「ああああああもうめんどくさい人がめんどくさいところに喰いついて……!? とにかく落ち着いて二人とも! 『僕は向こうの世界に帰ったりしない』から!」


 耐えきれなくなった僕が大きな声を出すと、二人はハッとしたような顔になった。


「……ヒロ様。それは本当ですか?」


「ぐず……っ。それ、ホント? ホントにあたしを置いて行ったりしない?」


「ホントだよ! 置いてかないよ!」 


 ダメ押しとばかりに告げると、二人はようやく落ち着いて話を聞いてくれるようになった。


「というかさ、帰りたいって人はそもそも元の世界で上手くやってた人だと思うんだ。そこへいくと、僕は全然ダメだったから。この体質と暗い性格のせいで友達は出来ず、家族からも見捨てられて、将来には不安しかなかったんだから」


 今も思い出せる――ワイワイ騒ぐクラスの中でひとりだけ寝たふりをする自分――食卓を囲む家族の笑顔の輪に入れず、隅っこでもそもそと食べる自分――自室として与えられた部屋は狭く窓が無く、いつだって冷え切っていた。


「それがこちらの世界はどうだ。特殊なスキルのせいで当初こそひどい目に遭ったけど、アイリスやシャルさんという友達が出来た。みんなを救い、『国選勇者』にすらなることが出来た。役割自体は重いけど、世のため人のために活動できて感謝もされる、最高の仕事だよ」


 僕が話すたび、二人の顔に生気が戻って行く。

 よしよし、この調子なら大丈夫そうだけど、さらにダメ押しだ。


「もう一回言うよ? 僕は帰りたくないし、帰らない。ずっとこの世界にいて、二人と冒険したいと思ってる。だから二人とも安心して……うわっ?」


「ヒロ!」


「ヒロ様!」


 僕が残るという意思を表したことが嬉しかったのろう、ピンク色に頬を染めた二人が抱き着いて来た。

 左右からぎゅうぎゅうと体を押しつけてきた。


「ちょちょちょちょっと待って二人とも近い近い近い近い!?」


「うるさい! 人を不安にさせた罰よ!」


「そうですこれは罰……。つまり合法的にヒロ様に触れられる……いくら触れても罰されない……ふふ、うふふふふ……♡」 


「と、とにかく僕が聞きたいのはふたりがこれからの旅について来てくれるかで……!」


「そんなのこれが証明でしょ!」


「離れようとしても無駄ですよヒロ様。わたし、本気になってしまいましたから♡」


「わかったわかった! わかったからー!」


 ――とまあ色々ゴタついた僕らだけど、結果的には三人一緒に旅に出、『一年一組のみんなが元の世界に帰るための方法』を探すことになった。


 もちろん『国選勇者』をおろそかにするわけにはいかないので道中様々なお仕事もこなさなければならない。

 各地ではまだまだ魔王軍が暴れているという話だし、戦闘だってあるかもしれない。

『暴食のグラトニー』は倒したけど悪魔貴族の最上位階『七罪ななつみ』はもう六人いるらしいし、その中には僕らへの意趣返しを企んでいる奴がいるかもしれない。


 考えてみれば脅威だらけ……なんだけど、不思議と怖くはなかった。

 それはたぶん、二人が傍にいるから。

 ちょっとやりすぎなほど……密着してるから。

 

「ちょっとシャル! あんたいいかげんヒロにくっつきすぎなのよ!」


「あら、それはアイリスさんの方も同じでは?」


「あたしの方がつき合いが長いからいいの! ……って、つき合いって言っても男女のそういうのじゃないからね!? 友達としてのだから!」


「……もういいかげん、諦めたほうがいいのでは?」


 今日も今日とてかしましく騒ぐ彼女らと、僕は異世界を生きて行く――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【コミカライズ決定!】『粘液』は外れスキルですか? いいえ、『色々』できちゃう万能スキルです ~ぼっちで不遇な僕の、異世界成り上がり物語~ 呑竜 @donryu96

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ