第4話③「正念場」

 さて、正念場だ。

 

 僕とアイリス、シャルさんとガイウスさん。

 計四人が『王の間』に入った瞬間、空気が変わった。

 ピリリと肌を刺すような視線が、あちこちから向けられた。


 近衛兵に魔法使い、神官などの守備隊があちこちにいるのだけど、みんな明らかに僕らを警戒している。

 いつでも剣を抜けるし、いつでも魔法を唱えられる、そういう体勢をとっている。

 

 王様の様子も、いつもと違った。

 ドデンと玉座に座って偉そうにしているのは変わらないけど、薄ら笑いを浮かべている目の奥に、得体の知れない圧を感じる。

 それこそ、人の皮をかぶった魔物のような。


「……なるほどな。ガイウスよ、貴様の言いたいことはわかった。だが――」


 ガイウスさんの報告を受けた王様は、すっと目を細めた。

 あざ笑うかのような調子でガイウスさんを見つめると――


「トーレス騎士団長が悪魔貴族に操られていた。それをどうやって証明する? ただ単に貴様が噓偽りを並べているだけかもしれぬではないか。トーレスを殺し、その後釜に座ろうとしているだけの話かもしれぬではないか」


 チクチク、チクチク。

 いやらしくガイウスさんを責め立てる。

 いかにもパワハラというか、その責めっぷりは傍で聞いていて背筋が粟立あわだつほどだった。


「……やっぱり、このおっさんを殺した方が早くない?」

 

 アイリスがこめかみに青筋を立てて怒るのもわかる。

 僕だって、できることならそうしたい。

 でも僕は、アイリスを必死になだめた。


「落ち着いて、落ち着いてアイリス」


 たしかに僕らは確たる証拠を握っている。

 騎士団を操っていた『支配の呪いの首輪』。 

 あれを提出して、ちゃんとした魔法使いに調べてもらえればいい。

 その結果が出た瞬間にシャルさんの『真実の目』を王様にぶち当てれば、それで解決。


 だけど、もし向こうが力押しをしてきたら?

 僕らの正論など無視できるほどの圧倒的な力がそこにあったら?

 その瞬間、敗北するのは僕らじゃないだろうか?


 ここは焦っちゃいけない、慎重に慎重を重ねていかないと……。


「……ん?」


 キョロキョロと辺りを窺っていた僕は――ふとそれに気づいた。

 王様を守る守備隊のほぼ全員が首輪をしていることに。

 どれもこれもが間違いない、あの『支配の呪いの首輪』であることに。


「マジか……っ」


 僕は思わず呻いた。


 だけど、考えてみれば当たり前の話か。 

 女性や子供を拉致するための別動隊にすら分配する余裕があるんだ。

 本丸たる王様の側仕えに配っていないわけがない。


 だが――だとするとどうなる?

 僕らが『支配の呪いの首輪』のことを明らかにしようとすれば、どう動く?

 

 簡単だ。

 全員を操り僕らを圧殺。

 謀反を起こした不届き者を処分したと伝えればいいし、証拠は何も残らない。


 こちらの戦力は粘液使い一人に魔女一人、女神官一人、騎士団長代行が一人。

 たった四人でこの状況を覆せるか?


「この物量差はさすがにキツいか……?」


 僕は忙しく思考を巡らせた。

 何かこの状況を打開する方法はないか。

 何か助けになるものはないか。


 と、そこへ――


「おいおいおーい! なに俺らをハブにして楽しいことやってんだよー!」


 空気の読めないこの声は、間違いない――シンゴだ!


「悪魔貴族が騎士団長に成りすましていただなんてよう、こんなに面白いイベントねえじゃねえか! なあおまえら!」


 振り返ると、シンゴを始めとしたクラスの陽キャ勢がわいわいと騒ぎながら王の間に入って来た。

 きらびやかな魔法の武具に身を包んだシンゴの首にも首輪は嵌まっているが――


「……全員じゃない?」 

 

 シンゴたちの後ろにおっかなびっくりついて来たコマちゃん先生や一部の生徒の首には嵌まっていない。


「いったいどうして? いや、そうか……」


 理由としてはいくらでも考えられる。

 首輪のデザインが気に入らないとか、そもそもつけたくなかっただとか。

 スキルを得て調子に乗った日本の現代っ子たちだ、王様の言うことに従わないというのは十分に考えられる話だ。


 ならきっと、やり方によっては彼らは王様=魔物の成りすまし説の証人になってくれる。

 僕らが優勢で、僕らの切に信憑性があれば、一緒に戦ってすらくれるかもしれない。

 最悪そこまでいかなくても、乱戦に持ち込めれば――


「――そうだ、勝機はある」


 僕を気合いを入れて拳を握った。その瞬間――どぷんと・ ・ ・ ・ 溢れた・ ・ ・

 緊張のせいで僕の体の内からしみ出た粘液が、静かに床に広がっていく。


「ああ~? なんだなんだ、この水はよお~?」


 シンゴが一番先に、それに気・ ・ ・ ・づいた ・ ・ ・


「……ん? この感覚は……?」


 苦い思い出が蘇ったのだろう、シンゴの表情が曇る。

 いかにも嫌そうな目で粘液の出元を辿ると――僕とバッチリ、目が合った。


「おまえ……まさかキモ男か――!?」


「――みんな、これを見て!」


 シンゴの言葉にかぶせるように、僕は立ち上がった。

 立ち上がりながら、『支配の呪いの首輪』を高く掲げた。


「この首輪には、支配の呪いがかかってるんだ!」


「……いかん! 奴を止めろ!」


 僕の狙いに気づいたのだろう、王様は叫んだ。

 血相を変え、唾を飛ばしながら周りの者に指示を出した。


 だけど僕は、構わず続けた。


「首輪を嵌めた人を人形みたいに操る効果があるんだ! 今回第三騎士団が罪なき人たちを襲ったのもこいつのせいだ!」


「早く! 急げ」


「ねえ、聞いたことないかい!? 『王様、昔と変わっちゃったね~』って! 『昔はいい人だったのに~』って! その通り、ホントに変わったんだ! 今の王様は高位の悪魔貴族のなりすましで……! だから! こいつを!」 


 すうううううっと息を大きく吸い込むと、僕は叫んだ。


君たちの・ ・ ・ ・首にも ・ ・ ・嵌めたんだ・ ・ ・ ・ ・!」

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