第2話②「その頃の一年一組」

 ~~~その頃の一年一組~~~




 ヒロとアイリスが王国軍に追われ、川に落ちていたその頃――


 一年一組のクラス一行は、王都近郊に攻め寄せた魔王軍と戦っていた。

 剣を振るい、槍で突き、弓矢を放ち、魔法を唱え――つい最近まで日本で暮らしていた現代っ子たちなので行動の一つ一つは洗練されていないが、各自の持つ強力なスキルを活かして有利に戦いを進めることができていた。


「みなさんご無事ですかっ? ケガしてたらわたしが治しますが……っ?」


 教師である小鞠こまりは『治癒師』のスキル持ちなので前線には出ず、後方のキャンプで生徒やその他王国軍の支援にあたっていた。


「コマちゃんコマちゃん! 痛いよ! ヘルプミー!」 


「あたしもあたしも、ここ擦り剥いちゃった~!」


 魔物との戦闘で傷を負った生徒たちが次々に前線から下がり、『治癒師』のスキル持ちである小鞠のもとを訪れる。

 

「わかりました! では……『癒しの御手ヒーリング・ハンドパワー!』」


 緑色の光を帯びた小鞠の手が、触れた生徒たちの傷を瞬く間に治していく。

 さすがは女神の与えたスキルというべきだろう凄まじい能力を発揮し、傷も出血もまるで無かったかのように元の形に復元していく。


「おおーサンキュ! さっすがコマちゃん!」


「よっ、見た目もスキルも癒し系!」


 生徒たちは傷が治るや否や、すぐに元気を取り戻して前線へと戻っていく。

 声を出し、気合いを入れて剣を振るい、魔物たちを倒していく。


「あんまりハリキリすぎないでくださいねー!」


 明るく元気な生徒たちを見送ると、小鞠はハアとため息をついた。


「ホントにあのぐらいの子供って元気なんだから……。見知らぬ世界であんな怖い魔物と戦ってるっていうのに……」


 自分だったら、とてもじゃないが戦えない。

 こうして後方支援していることすら辛いのだ、前線なんかに出たらその場で泣き出してしまうだろう。

 でも、戦って魔王を倒さなければ元の世界には帰れないし……。


「この程度のケガなら治せるけど、もし治せないような大ケガを負ったら……」


 今押し寄せている魔王軍は生徒たちと同レベルぐらいで、戦闘の練習にはちょうどよい。

 未熟だったりハリキリすぎで突出したせいでケガを負う生徒はたまにいるけど、いずれも軽傷で済んでいる。


 けどもし、もっと強い敵が攻めて来たら?

 王国軍の援護があってもなお勝てないような敵が来たら?


「怖いなあ……」


 小鞠は心の底からつぶやいた。

 警察や自衛隊といったような国家機関や現代兵器に守られていない異世界で生きる怖さを、しみじみと実感した。

 そして同時に――


「田中くん……大丈夫かな。一人で上手くやっていけてるかな……」


 こちらの世界へ来たと同時に追放され、今なお指名手配されている生徒のことを思った。


 他の生徒と比べるべくもない外れスキルを与えられたあの子は無事だろうか。

 魔物にやられてはいないか、危険な土地で遭難してはいないか。


「やっぱり、わたしがついて行けばよかったのかな……」


 教師としてはそうすべきだったのかもしれない。

 不可抗力で追放された生徒を守るため、たった一人でもついて行くべきだったのかも。

 

「でも、みんなを置いていくわけにもいかないし……」


 実際、残りの生徒たちが危険な目に遭わないようにするのもまた教師の役割ではあった。

 一人の命を選ぶか、三十九人の命を選ぶか。

 二者択一の結果後者を取ったことに、小鞠は小さな胸を痛めていた。




 と、そこへ――




「おいおいおい、コマちゃんよおー!」


 前線で戦っていたシンゴが、取り巻きたちと共に戻って来た。

 何やらずいぶんご機嫌で、満面に笑みを浮かべている。


「シンゴくん……ずいぶん調子よさそうね?」


「おうよ! つうか何をそんなに辛気臭い顔してんだよ! もっと景気いい顔して! ほら戦利品だ!」


 シンゴが投げた何かが、地面をボンボンと跳ねる。 

 その正体はミノタウロスの首だった。


「ひっ……?」


 舌をだらりと垂らし、目をかっ開いた死骸のグロさに、小鞠は悲鳴を上げて後ずさった。

 近くにいた女生徒たちも一緒になって悲鳴を上げた。


「ほら、すごいだろ! こいつ、魔王軍の中でも相当な強者らしいぜ?」


 二足歩行する牛頭の魔人は魔王軍の中でも相当な強者なのだという。

 それを事も投げに倒したことを誇るシンゴは、取り巻き連中とハイタッチをし、ウェイウェイと盛り上がっている。


「おいおいなんだよ~、コマちゃん褒めてくれねえの? あんたの教え子が活躍したんだぜ?」


「え、ええ……はい。すごいですね……。すごい……ですけど……」


 小鞠は悩んだ。

 自分の教え子の活躍を、本来ならば喜ぶべきなのだろう。

 でも、手放しには褒められない雰囲気があった。

 それはもちろんヒロのこともあるのだけど……。


「なんだよ煮え切らねえなあーっ。わかんねえの? あんたの教え子が、魔王を倒す勇者筆頭として活躍してるんだってのっ」

 

「そう……なんですけど……」


 小鞠は思わずうつむいた。

 それを見な・ ・ ・ ・ ・いように ・ ・ ・ ・、必死に目を逸らした。


「…………おい」


 小鞠の意図・ ・ ・ ・ ・に気づいたシンゴが、一転、ドスの利いた声を出してくる。

 

「おまえなんで、俺の顔を見ねえんだよ?」

 

 シンゴが顔を近づけてくる。


「いえその……特に理由は……」


 小鞠は顔を逸らした。


「理由がないなら見れるんじゃねえのかよっ、おうっ?」


 逃がさないとばかりにシンゴが追ってくる。


「ないですないですっ。ないですけどその、じろじろ見るのは失礼かなとっ」


 小鞠はまた逆方向に顔を逸らした。


「なぁぁぁにが失礼だってぇぇぇぇー!?」


「きゃあああああーっ!?」


 シンゴがガシッと顔を掴むと、小鞠は顔を両手で覆った。

 見事なまでに無毛となった頭部を見ないよう、気を使っているのだ。


「おいおい、ま~たやってるよシンゴの奴。あれってセクハラじゃねえの?」


「ハゲてるくせにイキってんのがみっともねえって、気づかねえのかね?」


「しーっ、聞こえる聞こえるっ」


 シンゴに反感を抱いているクラスメイトたちは、ここぞとばかりに陰口を叩いている。

 彼がどれだけの成果を残しても、哀れな『毛無男けむお』としてしか認識されない滑稽さをあざ笑っているのだ。


「ちっ……こいつらあぁ~……っ」


 こめかみに青筋を浮かべたシンゴが、我慢ならんとばかりに長剣を引き抜いた。

 

「自分たちが警察も自衛隊もいない世界にいるんだってことを、思い知らせてやらなきゃならねえようだなあ~?」


「ちょ……ちょっとシンゴくんっ?」


 小鞠は慌ててシンゴを止めた。 

 普通に考えればただの脅しなのだが、一度は本気でヒロを殺そうとしたことのあるシンゴならやるかもしれない。 


「ダメだよ! 相手はクラスメイトなんだから! 暴力に訴えるのは絶対ダメ!」


 と、そこへ――


「まあまあシンゴ殿。よいではないか」


 無数の護衛を従えた豪華絢爛な王家の馬車から、王様が話しかけてきた。

 

「皆も意図してシンゴ殿をおとしめたわけではないだろう、勇者候補同士でいがみ合うのはよくない。むしろここで憎むべきはあの者よ。『粘液』などという恥ずべきスキルの所持者」


 王様はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。

 何かいいことがあったのだろうか、ヒロのことを語る時はいつも不愉快そうなのに、今日はすこぶるご機嫌な様子だ。

 そして、その理由はすぐにわかった――


「あのれ者め、巧妙に逃げ回っておったが、つい先ほど騎士団の哨戒線アミに引っ掛かったようだ。ならば逮捕も時間の問題であろう。シンゴ殿の溜飲りゅういんを下げる日も近いぞ」


「田中くんが……!?」


「キモ男が見つかった? マジすか?」


 恨みを晴らすべき相手が見つかったのが嬉しいのだろう、シンゴは拳を握って喜んでいる。


「っしゃ、これであの野郎を殺せる……っ! やっと……やっとだ!」


「ダメだよシンゴくん、暴力は何も生まないんだからっ!」


 小鞠は焦った。

 指名手配になったヒロが見つかればどんな目に遭わされるか。

 刑罰はもちろんだが、シンゴが私刑リンチを行いかねない。

 生徒が生徒を傷つけるだなんて、そんなことがあってはならない。


「いい? まずは話し合うの。お互い腹を割って話し合えば、わかり合えないことなんて……」


「ほっほっほっ、若者は元気でよいのう」


 王様はシンゴをいさめるどころか、その乱暴さを讃えるように喜んでいる。


 これにはさすがに、小鞠もキレた。


「何が元気がいいですか! わたしの生徒を自分たちの都合で指名手配にしておいて! あなたはそれでも人の上に立つ者ですか! 卑しくも為政者たる者がそれでいいんですかっ!」


 さすがにキレた小鞠が突っかかっていくが――


「それで、シンゴ殿。調子はどうかね? 支給した装備の具合は?」


 王様は相手にせず、まったく違う質問をした。


 矛先を逸らされた形の小鞠は肩をコケさせ、当のシンゴは顔を明るくした。


「装備っすか? ああ、いいっすよ。てか最高っす。おかげで鎧は軽いし、剣も切れ味が鋭い」


 生徒たちが身に着けている装備は、王国の武器庫に収納されていた品である。

 いずれも名だたる名工の手による逸品で、一部には魔法が付与エンチャントされており、軽く硬く、魔物に特効という素晴らしいものばかりだ。


「特にこの首輪はいいっすね。着けてるだけで体の内から力が湧いてくるみたいで……」


 シンゴは赤い宝玉の嵌まった銀の首輪を撫でた。

 戦闘力の高い生徒たちに優先的に配布されたそれには、なんでも特別な効果が付与されているのだとか。


「そうだろうそうだろう。それには強力な『活力バイタリティ』の魔法がかけられているからな。シンゴ殿たちの力をさらに数倍にも跳ね上げてくれるのだ」


 王様は我が意を得たりとばかりにうなずくと、菓子を手づかみして口の中に放り込んだ。


「異世界から来た優秀な子供らと強力な装備のかけ合わせで作られた最強の軍団の誕生だ。これで我が国の未来は約束されたようなもの。めでたいめでたい、がっはっはっは!」


 食べかすを盛んに飛ばしながら、王様は笑う。


「……なんだろう、何か嫌~な感じ」


 醜く笑う王様の目の奥に得体の知れない光を見たような気がして、小鞠はひとり、鳥肌の立った肘を擦っていた。

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