アイザックから、愛をこめて

ただのネコ

世界は滅びました

「世界が今日で滅ぶとしたら、どうする?」

 そんなたわいもない質問が出てきたのは、確か火曜の夜だった。

 いや、水曜になっていたかもしれないが。

 要するに、ダメ学生が平日から酒を飲みつつ馬鹿話をしていた時の話題だ。


 だから、出てくる答えも馬鹿らしいものばかりだ。

「とりあえず酒を飲むよ」

「いつもだろ、それ」

「いつも通りのことをするのが尊いんだ」

「俺も酒を飲むよ。ただし、ツケで超高い奴」

「素晴らしい案だが、一つ欠点があるな」

「何?」

「お前にツケで高い酒を飲ませる店がない」

「アッハッハッハ」


 そんな中で、ちょっと変わった答えがあった。

「早く寝ルよ」

 ちょっと変なイントネーションの彼女は、国際交流学科だかなんだかだと田中が言っていたような気がする。あれ、鈴木だっけ?

 まあ、そんなこんなで何度か山本宅で一緒に飲んだ仲ではある。そこ以外で会ったことが無いので、人となりはよく分からないが。


「だって明日ハ早起きして、世界を作りなおさなきゃイケナイからね」

 そういって、彼女は杯を干す。

 世界が滅んでも、自分が一緒に滅ばなきゃいけない理由は無い、んだそうだ。

 


 そう上手くはいかんだろ、と二日酔いの頭痛に悩みながらゴロゴロしたのが水曜日。

 最低限出なきゃいかん必修講義に出て、教授が何を言ってるのか意味が分からんと頭を抱えたのが木曜日。

 だから、今日は金曜日のはずだ。

 目が覚めたら、布団も部屋も、バイト代をはたいたゲーム機もきれいさっぱり無くなっていて、何にもない空間だけが灰色に広がっている。

 自分の頬をつねってみたが、痛いだけ。灰色の世界が夢に消えることはない。

 どうしたものかと腕組していたら、彼女が左上の方から歩いてきた。


「やア、ええとサトーさんだっけ」

「ええと」


 彼女の名前を思い出せないので、質問だけぶつけることにする。


「なんでこんな事になってるか、知ってる?」

「世界なラ、滅んだよ。だっテほら、今日は金曜日だし」


 金曜日だと滅ぶのか。先週金曜日には滅んでなかったはずだが。


「一緒ニ行く?」

「どこへ?」

「トリあえず、他の生き残りを探そうかと思って」


 なるほど。目的としては至極真っ当だ。


「地面が無いのにどうやって歩くんだ?」

「こっちに歩こウって思えば歩けるよ」


 と言われてもなぁ。こっちから見ると、彼女は何もない空間を左上から右下に向かって歩いている途中なのだ。

 彼女から見ると、右上の方で逆さになって腕を組んでいる男が見えているに違いない。

 ふと気になって自分の姿を確認する。ズボンははいてる。セーフ!

 寝る前にズボンを脱ぐなどという几帳面なことをしなかったが故の勝利である。


「サトーも来る?」

「歩き方が分かれば、そうしたいな」


 何もない空間で、一人でいるのはあんまり楽しくない。

 さて、歩くためには蹴る地面が必要で。蹴る動作はどうしても斜め上方向になるから、地面の方に落ちていかないと真っ直ぐには歩けないだろう。

 地面の方に落ちるということはその方向に引力が働く必要があって……


 と考えていると、俺は彼女に向って落下していた。

 俺の腹が彼女の頭に当たる形になる。ちょっと苦しいが、股間が当たるよりは良かった。 


「引っ付イテ何したいのさ、えっち」


 ニヤニヤ笑いながらいう彼女。


「いや、万有引力ってあるよなぁと思ったら」

「あー、アイザックのリンゴのヤつ?」

「それだけど、なんか理解に不安があるな」


 体の他の部分も彼女に当たりそうだったので、なんとか身体を回して背中合わせになる。

 セクハラで捕まるのは勘弁だ。警察も、裁判所も滅びてそうだけど。


「質量、つまり重さがある物体は相互に引きあうんだ。その力は、物体が重かったり距離が近かったりするほど強い。世界が滅ぶ前だと、地球がものすごく重かったから、地球の方に落ちていたわけで」

「なルほど、愛だね」

「愛か?」

「つまり魅力アる相手に対してより強く引き寄せられるし、なんだカンだで遠距離は不利」


 真理なのかもしれないが、あいにく語れるほど恋愛の経験は無かった。というかゼロだ。

 アルベルトの言うには『人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない』らしいが。


「遠距離恋愛を成立させている方々に失礼な発言だぞ」

「ダイジョウブ。きっと世界ト一緒に滅んだから」


 滅んだのは、恋人たちか距離か。いや、どっちもか。


「つマり、万有引力的に言うと、地球の愛を失った君は、手近な女デある所の私にふらふら寄ってきたわけだね」

「語弊がある!」


 あくまで、質量のあるもの同士が引き合っただけである。無いとは言えない下心とは関係がない、はずだ。


「冗談冗談。でモ、いいね、それ」


 ニヤニヤ笑いのまんま、彼女は両足を蹴るように動かす。

 俺たち二人は背中合わせで引っ付いたまま、さっきまで右下だったほうにゆっくりを動き始めた。


「こうシていれば自然と他の生き残りのとコろに落ちていけるわけだ。君とイチャイチャしながらネ」

「イチャイチャするのか?」

「落ちルまで暇ダし、サケも無いからね」


 暇つぶしなのかとか、酒より優先度が低いのか、とか色々言いたいことはあったが、とりあえず従ってみることにした。

 万有引力が原因で恋に落ちるやつがいてもいいだろう。アルベルトには悪いが。

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アイザックから、愛をこめて ただのネコ @zeroyancat

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