KAC20246 トリあえず。その呪いは……

久遠 れんり

トリあえず、焼き鳥とビールは美味い。

 今朝、シャンタクが逃げ出した。


 彼はあまりにも凶悪だったので、そう名付けた。

 種類は土佐ジローという鳥だ。


 土佐地鶏のオスと、ロードアイランドレッドのメスを交配した鳥で、主に食肉用に飼育される。


 四ヶ月以上経ち、ぼつぼつ潰そうかと思ったら、逃げやがった。

 そう、餌と水を替えに小屋へ入った瞬間、奴は意識外からの攻撃を俺に対してやって来た。


 背中への蹴りと、首筋への突っつき。

「うわっ」

 そう驚いた次の瞬間。奴はすでに、羽ばたきながら小屋の外を走って行った。

「ケー」

 とか言いながら。


 周囲を探したが、見つからず。

 幾箇所かに、餌を積んでおいたが、帰ってこなかった。


 翌日、近くの友人宅へ行くといきなり誘われる。

「おう。今晩飲むぞ」

「どうした? 何かあったのか?」

「いやそれがな、大きな声じゃ言えないが、車で走っていたら鶏が飛び込んできて撥ねたんだ。でまあ、勿体ないから食おうかと思ってな」

 いやな予感がする。


「それ、ジローじゃ無かったか?」

 そう聞かれて、やばっと思ったのだろう。


「そう言や、白レグじゃ無く赤かったな」

「多分。家の鳥だ。昨日逃げてな」

 あらまあという感じにはなるが、まあ田舎じゃたまにあること。


「そりゃ悪い。ビールぐらいは出すよ。もう潰したし。夕方来い」

 そう言って、お招き? を受けた。



 そうして、夕方日本酒を抱えてお邪魔をする。


「おう来たか。とりあえず、モモからで、塩胡椒と、たれ。両方だ。ほらビール」

「これ、一升抱えてきた。桂月だ」

「おうすまん」


 煙が香ばしく、鼻腔をくすぐる。

 パクリと食うと、弾力のある身とうま味。

 鼻から抜ける香ばしい匂い。

 そして、噛めば噛むほどあふれるうま味と、皮目の油。

 その甘みが口の中を襲う。

「おおう。塩焼きも美味いな」

「おう。鳥だけに、トリあえず飲め」

 そう言って、冷えたビールがやって来る。


「おっ、ありがと」

 ステイオンタブを、引き上げ。缶の口を開ける。


 一気に、口へ流し込む。

 炭酸の泡が、喉を刺激しながら越て行き、冷たい液体が胃へと流れ込む。

「かーうめえ」

 その様子を見ていたのか、タレ焼きが皿に放り込まれる。


 それを、パクリと口に放り込むと、塩とは違う香りが鼻に抜ける。

 焦げたタレの匂いは正義。

 これだけで、白飯がいくらでも食えそうだ。

 そして、たれに負けないうま味の強さ。

 これこそが、地鶏の系統。


「ああうめえ。やっぱり炭火のもんだな」

「だろ。この四角い七輪、便利なんだぜ」


 そんなことを言いながら、二時間ばかり飲み、ご機嫌で家へ帰る。


 すると、薄闇に、シャンタクが立っていた。


「ありゃ、それじゃあ、あれは鳥違いか?」

 どうも家の鳥と、余所の鳥。取り違えたようだ。

「とりあえず。美味かったし良いか」


 確かに、小屋へ放り込んだが、翌朝には、居なかった。

 それは、嫌みかお別れか。それは分からない。

 昨夜掴んだときに、感じた感触は生身だった気がするが、確かに居なくなった。


「まあ、最後のお別れかな」

 そう思うことにした。


 ほらぁ、トリあえず、焼き鳥とビール。

 口の中には、すでに呪いが……

 焼き鳥が今、無性に食いたくなる呪いが、今……

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