トリ頭とデスゲーム

陽澄すずめ

トリ頭とデスゲーム

 目を覚ますと、全く知らない部屋にいた。


「う……ここは?」


 すぐ隣で、大学のツレのユウトが同じように寝ぼけた顔で辺りを見回している。


「え、何これ。俺たち一体どうしてこんなところに?」

「知らねえよ。俺も今起きたばっか」


 家具も何もない殺風景な部屋。

 あるのは床に置かれた小ぶりな箱と、天井近くに設置されているモニターが一つだけ。

 俺とユウトは買い物帰りの姿のまま、気づいたらここにいた。


 ザザッ……とノイズが走り、モニターに何かが映し出される。


『やぁ、お目覚めですかな』


 トリの被り物をした謎の人物だ。音声は機械で変換されていて、男か女かも判別できない。


「おい、誰だよお前。俺らをここに連れてきたのはお前か? どういうつもりだ」

『フフフ……これから君たちに、タマのとりあいをしてもらいます』

「球の取り合い?」


 キャッチボールでもさせようと言うのか。グローブもボールも見当たらないが。


 トリ頭は大仰に肩をすくめる。


『いいえ……タマり合いです』

「デスゲームかよ!」


 何その言い回し。


 ユウトはモロにビビっている。


「えっえっ何それ、どっちかが死なないと出られないってこと?」

『その通りです』

「マジかよ!」

『よろしければその箱にある武器をお使いください』


 不自然に置いてあった箱の蓋が開く。

 中には二本の包丁が納められていた。


「関孫六だ! よく研いである!」

『フフフ……それでは健闘をお祈りしますよ』


 モニターは再びブラックアウトした。


 俺とユウトは顔を見合わせる。


「どうするよユウト」

「うん……急に言われてもね」


 命のり合いなんてできない。


 ただ一つだけの扉はがっちりと施錠されている。窓はない。スマホの電波も圏外だ。

 あるのはトリ頭が用意した包丁と、気を失う前に持っていた買い物荷物だけ。


「これからユウトんちでメシ食うつもりだったんだよな」

「そうそう、腹減ったよね。せっかく棒棒鶏バンバンジー作ろうと思ってたのに」


 ぎゅるる!と、どちらともなく盛大に腹の虫が鳴った。お互い、張り詰めていたものがフッとほぐれる。


「何か食える物ないかな……」


 ユウトがエコバッグを漁る。入っているのは棒棒鶏の材料だけだ。


「キュウリにトマト、それからゴマだれ……うわっ、しまった! 鶏肉買い忘れてる!」

「マジか! よりによってメインの鶏肉を⁈」


 二人ともうっかりしていた。しかしどの道、この状況では料理もできまい。

 ユウトが「あっ!」と声を上げる。


「待て、諦めるのはまだ早い。ツナ缶ならあった。これなら火を使わずに棒棒鶏っぽいものが作れる!」

「何⁈ でかしたユウト!」


 ちょうど包丁もある。

 まな板はないが、紙皿を買ったのでそれを代わりにできる。


「よし、ちょっと待ってろよ」


 ユウトは見事な手捌きでキュウリとトマトを刻んでいく。


「おっ、さすがの切れ味」


 そこにツナ缶をあけ、ゴマだれを回しかける。


 トリえずとも、ツナを代わりにすることで、簡単に棒棒鶏風の一品が出来上がった。


 二人してその料理をつまむ。割り箸も買っておいて良かった。


「うおお美味い!」

「良かった良かった。ひとまず飢え死には当分しなさそうだな」

「しかしユウトお前、料理上手いよな。こんな状況でもパパッとありもので一品作っちまうし」

「こんなの誰でもできるよ」

「そんなことねえって。もう嫁に来いってぐらい」


 その時。


『ブフゥッッ!』


 何かが噴き出すような音がしたかと思えば、高らかな拍手と共にモニターが点く。


『素晴らしい!』


 トリ頭は無表情な被り物のまま、何度も頷きながら拍手を繰り返す。


『いやもう……とても、とても素晴らしい! すごく良かった、とても良い……君たちの尊い友情に免じて、解放してあげましょうぞ』


 そうしてモニターは三たび暗転した。

 カチャ、と開錠音。


「おっ、開いたぞ? 出られる!」

「何だったんだよあのトリ頭」

「よく分かんねえけど何かムカつくな。一発殴らないと気が済まねえ」


 俺とユウトは謎の部屋を飛び出し、トリ頭を探しにいくことにした。



  ■



 別室。

 トリ頭の被り物を脱ぐと、私は息をついた。


「ふおおおお……思った以上の収穫ゥゥ!」


 私はBL作家だ。このところネタ切れで困っていた。

 リアリティある閃きを得るため、手近な男子大学生二人を拉致し、特殊状況下での言動をモニタリングしていたのだ。


 ◯◯しないと出られない部屋。

 ストレートにセッ……でも良かったのだが、もう少し捻りが欲しい。

 仲のいい二人に殺し合いをさせたらどんなやりとりが生まれるのか、見てみたかった。武器になるような物は包丁を用意するのが関の山だったわけだが。


 しかし結果はどうだ。


「まさか手料理からのプロポーズに発展するとはね……!」


 事実は小説よりも奇なり。

 素晴らしいヒントを得た。

 殺伐としたデスゲームより、丁寧な生活を送る可愛らしい男と男を描こう。


 今頃あの二人は私を探しているかもしれないが、トリの被り物さえ処分すれば見つかることもないだろう。


 トリには会いに来なくていい。

 私は壁でいい。


 そうして私は執筆を開始すべく、PCを開いた。



—了—

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