第26話 お別れ
オルガは、涙を流しながらも笑って立っていた。僕が視線を向けたのを見ると、オルガは歩み寄って近くで止まった。その間にも、体は薄れて消えていく。
「おめでとう。憎悪の魔女は打ち倒された」
「ありがとう。これは、いったいどういう……」
「ダンジョンボスが討伐されればダンジョンは消える。そこに産まれた者たちも消えるわ。これからどうなるのか、私はわからないけれど」
「そんな……。オルガだけ残るとか、そういうことはできないの?」
オルガは目を閉じて首を横に振る。とんがり帽子が落ちたオルガの表情は、晴れ晴れとしていた。
「昔はお母様と行動を共にしていたの。でも、人間の情に触れるうちにそれがわからなくなって……。だからあなたを助けた。お母様が過ちを犯してどんどん強くなっていって、いつか誰も止められなくなるのが怖かったから」
「そっか。……僕、本当は」
「リオ、でしょ。そこの魔法使いが言っていたもの」
魔法使い、と言われて美海ちゃんが威嚇する。大丈夫、オルガは何もしないから。どうどう。
その様子を見てオルガは口元に手を当ててくすくすと笑った。そして手を下ろしてから少し考えたあと、右手を差し出してくる。握手?
「人間は、こうやって挨拶したり、または友情を確認するんでしょう? ……リオ。あなたと会えて、よかった」
微笑みを浮かべるオルガの頬を涙が伝う。僕は手を伸ばして、握手した。存在を、確かめるように。たった二日一緒にいただけだったけど、オルガとの生活は楽しかった。これでお別れなんて、信じられないくらいに。
握手はオルガのほうから手を離した。そしてオルガは空を見上げる。金色の粒が空に昇って消えていく。オルガの体は、もうかすかにしか見えないくらいまで薄まっていた。
「……私ね。願い事があるの」
「……それは、どんな?」
「生まれ変わったら人間になって、リオに会いに行くの。そして本当の、友達に……」
「オルガ!」
オルガを引き留めようと伸ばした手はオルガの体を突き抜けて、それをきっかけにしてオルガの存在は霧散した。金色の粒が空に昇って、消える。
僕の頬を、涙が伝う。友達だった。立った二日一緒にいただけだったけど、確かにそこには友情があったんだ。普段だったら目くじらを立てそうな美海ちゃんも、今だけは静かだった。
オルガも消えたことでダンジョンが崩壊を始める。景色がぐにゃりと歪み、独特の浮遊感を感じながら、久しぶりに感じる海の近くの波返し護岸に降り立った。当然だけど、ダンジョンに繋がる扉は、もうない。
僕は涙が出そうになるのをこらえた。生きて帰ってこれただけでも奇跡なんだ。それに僕はオルガのことを忘れない。ずっと。そうすれば、僕の心の中にだけでもオルガが生きている気がして。
ダンジョンから出たのを確認した尚也さんがスマホを取り出して電話をかけ始める。帰りのタクシーだろうか。そういえば二人は二日もマリアと戦ってたんだもんね。疲れているだろう。
一方の僕は、マントと服がそのままなことに気付いた。そして、二人にバレないようにぎゅっとマントを握る。オルガが残してくれた、存在証明。僕はこれを、大切にしようと思う。
そういえば、途中から僕はおかしかったように感じる。頭の中がぐちゃぐちゃになっていたというか、■■すことしか考えてなかったように思う。もしかしてな、と思ってステータスを開いて、そこにあった文字列にぎょっとする。
【狂獣化】と、確かにそこに刻まれていた。バーサーカーみたいなもんだろうか。だから傷が毛が生えて治ったりしたんだな。そんな様子を見ていた二人は、どんな感想を抱いたんだろうか。
さっきから僕に抱きついて離れない美海ちゃんに恐る恐る聞いてみる。
「あの、美海ちゃん」
「なに?」
「僕、途中から変じゃなかった?」
「ああ……。新しいスキルが開花したときの話ね。突然血を大量に吐くし、かと思ったらマリアの首を嚙みちぎるわでとんでもなかったのよ、リオ」
見られてました。僕、恐怖の対象だよね間違いなく。おぼろげだけど、二人に攻撃しようと一瞬してたもん。
「怖かったよね、ごめんね」
「いいの。それよりも、体は大丈夫なの? 今ナオヤがマリナと同じ病院に行けるように手配しているのだけど」
「特には……。ダンジョンから出れば全部元通りだし。ほら、怪我だらけだったのもお互いぴっかぴか」
「そういうわけじゃなくて……。はあ、まあいいわ。二日もどう空腹をしのいでいたかもなんとなく想像がついたし。……ん」
美海ちゃんが目を閉じて顔を近づける。もしかしてこれって……キス待ち?
「み、美海ちゃん! 尚也さんが見てる前でそういうのは……」
「ナオヤは知ってるから大丈夫よ」
「そういう問題じゃないよ! き、き、キスなんて」
「ふふ。リオは初めて?」
僕はオルガとのファーストキスを思い出してかーっと顔が熱くなるのを感じた。でもまさか美海ちゃんの前でそんなこと言えるはずがなく、助けてくれた美海ちゃんを無下にするわけにもいかず、キス待ちの美海ちゃんの唇に自分の唇を近づけて──。
「こら。人がタクシーと病院の手配してんのになにのんきに遊んでんだ」
「遊んでなんかないわ。真面目よ」
「ごめんなさい……」
「まったく。満里奈は無事だ。相当残酷な殺され方したらしくて、ここで呆然と座ってたのを近隣の人が警察に通報してくれたらしい。今はちょっと回復して、思い出させないように会話するくらいなら大丈夫だそうだ。姐さんメンタル強いからな」
それって、メンタル強い強くないの問題じゃなくないか……?
それに、守ってあげられなかった僕にも責任はある。あのときリンゴを取りに行かなければそのまま戦闘になって、スキル開花という代償を払うことになっても倒せてたかもしれない。
あと、魔女の森がAランクダンジョンだと言ったリスナー。忘れてないからね。おかげでひどい目にあったんだから。
「リオはメンタル大丈夫か? なんだか知らないけど、魔女に匿われてたみたいだし大丈夫だとは思うけど」
「はい、おかげさまで大丈夫です。……あの、満里奈さんの面会、僕が本当に行ってもいいんでしょうか」
「検査時間かかると思うし、今日はこのまま会わずに帰ったほうがいい。満里奈姐さんも思い出すだろうからな。大丈夫。あの人ダンジョンで何回か殺されてるし、今回がちょっと特殊なだけだから」
そ、そんな感じで済ませていいんだろうか。話してる間にタクシーがやってきて、僕たちは検査のために探索者専門の病院に乗せられていった。
TSしてしまったので、女の子になってもダンジョン配信者続けます。~妹に薬を飲まされて女の子になったけど薬の力でどんどん強くなります~ ぷにたにえん @punitanien
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