第22話 穏やかな朝

 朝起きると、オルガの顔が真正面にあってびっくりして起き上がる。オルガは疲れていたのか、僕が動いてもすうすうと安らかな寝息を立てている。


 どうしてこうなったんだっけ。昨日マリアが本性を現して、満里奈さんが殺されて、美海ちゃんと尚也さんが助けに来てて、オルガが庇ってくれて……。いろいろありすぎて、こんがらがってきた。


 にしても、オルガ綺麗だな。普段きりっとした表情をしている分、寝顔は年相応に見える。僕はもう一度横になってオルガを観察した。うわ、まつ毛長い。唇もうっすらピンクで形が整ってるし、鼻も高い。美海ちゃんとは違うタイプの美少女だ。


 しばらく寝顔を堪能していると、やがてオルガが目を開いた。


「おはよう」


「ん……。リナ、だいじょうぶ……?」


 その細い手が僕の頬に触れる。温かい。オルガはぽーっとしながら僕の頬を撫でていたと思うと、目が覚めてきたのか真っ赤になって起き上がった。


「あ、起きた」


「り、リナ、いつから……!」


「僕の頬を撫でてくれたところから?」


 つんつんしてるオルガが見せた甘い一面が面白くて、僕はにこにこして真っ赤になっているオルガを見上げる。羞恥にぷるぷる震えていたオルガはやがて冷静になって、顔を赤くしたままベッドから降りた。


「湯あみ、させてもらうわよ」


「昨日そのまま寝ちゃったもんね。あ、でも配給は?」


「まだ十分時間はあるわ。……覗かないでよ」


「覗かないよ」


 俺をジト目で見て、奥の部屋に続いているドアを開けて入っていく。それを見送ってから僕はベッドに横になる。


 今も美海ちゃんと尚也さんが僕を探してくれている。マリアの実力が未知数だけど、【対魔力】を持っていない僕じゃ相手にならないだろう。経験も二人よりずっと劣っているし。


 でも、今の僕でもできることはないんだろうか。オルガが匿ってくれているから無事ではいるけど、美海ちゃんたちは今も戦っているかもしれない。せめて休めているならいいんだけど。


 トイレなどがある奥の部屋のほうから水音が聞こえる。そういえば、ナチュラルに女の子と添い寝しちゃったんだ。それを思い出して今度は僕が赤くなる番だった。美海ちゃんともしてないのに、自然としちゃったよ、添い寝。


 でもそうしないとオルガが壊れてしまいそうだったから。どうして匿ってくれるのかは知らないが、マリアの娘であるオルガが味方についてくれてるのはありがたい。このまま欺いて、隙を見て攻撃する。僕のプランはそれしかなさそうだ。


 マリアだってダンジョンボスとはいえ一人の魔女。いくらS級でも魔法を連発していれば魔力は枯渇するだろう。それがいつになるかはわからないけど、そうして帰って来たところを襲撃する。そして美海ちゃんや尚也さんも助けるんだ。


 でも。ダンジョンが消えたらオルガたちはどうなるんだろう。こんなに危険なダンジョンなんだ。マリアを倒せば消滅は不可避だろうな。そうしたら、よくしてくれたオルガも一緒に消滅する……?


 それは、悲しい。情が移ってはいけないとわかっていても、最初もマリアが一時的に戻って来たときも匿ってくれた。そんな恩人である彼女を、消すというのは心が痛んだ。


 ドアが開く。長めの金色の髪を布に絡ませながらとんがり帽子を手に持ったオルガが出てくる。ほのかに石鹸の香りがした。


「お湯、残しておいたから使うといいわ。……その、昨日は悪かったわね。考え事をしてたら、暗くなっちゃったっていうか」


「ううん、気にしてないよ。それじゃ、お風呂入ってくる」


「え、ええ」


 オルガは道を開けてくれる。僕は奥の部屋に入ると湯あみ場に入った。大きな桶にたっぷりお湯が入っているのを見て目を細める。オルガはなんだかんだいって優しい。その優しさがしみる。


 僕は手早く体を洗って残ったお湯で泡を流すと、体を拭いて髪を拭きながら部屋に戻るとベッドのへりに座って窓の外を眺めているオルガの髪が太陽の陽ざしに透けてきらきらと輝いている。その美しさに僕は言葉をなくした。


 美海ちゃんももちろん綺麗だけど、オルガの美しさは神秘的なもの。いずれ消える定めだから、綺麗に見えるのかな。部屋に入ってきた僕に気付いたオルガが僕に顔を向ける。そして不思議そうに首をかしげた。


「どうしたの? 私の顔になにかついてる?」


「ううん。綺麗だな、って」


「な、なにそれ。魔女のプロポーズじゃあるまいし」


「え、魔女ってこれだけでプロポーズになっちゃうの?」


 僕が驚いてオルガに近づき、隣に座る。オルガはちょっと距離を開けて恥ずかしそうに唇を尖らせる。


「ここ、男がいないのよ。子供は気の合う魔女同士の魔力をかけあわせて作る。私は長の特別製だから長の魔力からできてる。不純物がないから、これでも魔女の中ではナンバー2なのよ?」


「見える、かも」


「……あは。本当にあなたって不思議。私のことが怖くないの?」


「怖くないよ。オルガは僕を助けてくれたじゃないか」


 オルガは弾かれたように僕を見て、そしてくすくすと笑いだす。そんな姿も綺麗で、僕は思わず見とれてしまう。


「仲間の仇の娘を恩人扱いする人間なんて、初めて見たわ。さぞ大切にされて育てられてきたのでしょうね」


「うーん、十四歳から一人暮らしだけど、その前もみんなダンジョン研究に忙しくて家にいるってことが少なかったから。でもそうだね、みんな優しかったよ」


「やっぱり。育ちがよさそうな感じがするもの」


 そう言ってオルガはまたくすくす笑う。そんな姿が子供っぽく見えて、みんなの前で見せる威圧的な態度が本当は嘘なんじゃないかと思い始める。だって、こんなにかわいく笑える子が本心から他の魔女を見下してるとは思えないから。


 手を伸ばせば届く。そう思ってオルガに触れようとしたとき、鐘が鳴った。


「緊急事態! 緊急事態! マリア様が怪我をされて戻られた!」


 街中に響く不思議な声がマリアの帰還を告げる。僕は二人がやったのだと確信する。今度こそ、満里奈さんの仇を取らなきゃ。


 そう思って反射的に立ち上がった僕の手をオルガが取る。見下ろすと、オルガは首を横に振っていた。


「長は力を使い果たしていない。人間が相当の手練れなのね。治療をしに戻ってきただけ。まだ魔力をここからでも感じるもの。ぐっとこらえて。行くわよ」


 オルガはとんがり帽子をかぶって外に出た。その後を僕もとんがり帽子を目深に被って広場に向かう。魔女たちはもう集まっていて、ざわざわと何事か話しているようだった。


 マリアの髪が焼け焦げ、腕はあらぬ方向にひしゃげていた。複雑骨折をしているのか、ひしゃげた腕の骨が腕を突き抜けていた。


「お母様!」


 オルガはマリアに見せる従順な態度を取ってマリアに駆け寄る。マリアは口から血を吐いていて、がはっ、と大量の血を石畳に吐いた。


「……オルガ、今来てる人間は危険だ。たった二人に、うちがこんなにしてやられるなんて」


「おいたわしや、お母様。さあ、どうぞ」


 オルガが白い腕をマリアの前に差し出す。マリアはそれを見ると、歯がどんどん獰猛に尖っていき、オルガの腕の肉を食いちぎった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る