第28話「黒熊侯爵ゼネルス、異世界人を挑発する」

 ──その後、黒熊候こくゆうこうゼネルスは──



「……お前はどうしてここにいるのだ? 異世界人サイトウよ」


 ゼネルスは部屋のすみに視線を向けた。

 そこにいたのは異世界人の魔法使い、サイトウだ。


 彼は十数分前に、ゼネルスに呼び出された。

 ゼネルスが酒を飲み終わるのを待ち、その後はカナールとの話を終えるのを待っていた。

 その後、ゼネルスがなにも言わないので、だまっていたのだった。


「私は……ゼネルスこうのお呼びで、ここに」

「ああ。そうか。そうだったな。お前に言うことがあったのだ」


 やっと思い出したかのように、ゼネルスは言った。

 それから、冷たい視線でサイトウを見て、


「お前は、英雄になりたいのだったな?」

「い、いえ、私は……」

「王宮でのことを覚えているぞ。お前は『大戦士』のジョブを持つ異世界人をうらやんでいた。そのときに言っていたな。確か『自分は20代で管理職補佐になったほどの人間だ』だったな。それが一般魔法使いなんてありえない……そんな話だったと思うが、違うか?」

「も、申し訳ありません」

「なにを謝る?」

「……い、いえ。それは……」

「謝るということは、お前は間違いを認めるのか? 自分がとるに足らない人間だと? ああ、そうか。お前は『大戦士』以下で、灰狼にいる『門番』以下の人間なのだな?」

「…………う」

「貴様は私をだましたのか? 捨てられるべき人間が、黒熊領こくゆうりょうで高い地位についていたのか?」

「……わ、わたしは」

「お前が灰狼領はいろうりょうに行けばよかったのだ!!」


 黒熊候ゼネルスはさけんだ。


「お前が灰狼領に行けば、『門番』が黒熊領に来ることになっていたはずだ! そうすればすべてはこれまで通りだった!! 我が領地がこんなことになっているのは、お前の責任だ!!」

「お、お許しください! ゼネルスさま!!」


 異世界人サイトウは床にひれした。


「戦います! 私は、魔物を倒すために戦います!! あの『門番』に負けないくらいの働きをお見せしますから!!」

「そうか。ならば世間話をしよう」

「……え?」

「この黒熊領には、魔王の再来に備えて作られた武器があるのだ」


 ゼネルスは机の引き出しから金属製のものを取り出し、サイトウに向かって放った。

 銀色の鍵だった。


 きざまれているのは黒熊候の紋章もんしょう

 それと『聖女キュリア』という名前だった。


「武器があるのは屋敷の地下だ。厨房ちゅうぼうの裏に隠し扉があり、そこから地下の倉庫に入ることができる。その先に扉と、武器が納められている箱がある。扉も箱も、その鍵で開けることができよう」

「わ、わかりました。私はその武器を使って戦えばいいのですね!?」

「私がいつ、そんなことを言った?」


 ゼネルスは首をかしげてみせた。

 口だけで笑みを浮かべて。

 眉をつり上げ、きつい目でサイトウを見据みすえたまま。


「私は世間話をしているだけだ。違うか?」

「は……はい。世間話、です」

「ああ。その武器『魔杖まじょうスパイン』は危険なものなのでな。魔王が再来さいらいしたときに使うように言い伝えられているのだ。いいか、危険なのだぞ。わかったな」

「はい。では、それを使うなと……」

「だから私がいつ、そんなことを言った?」


 ゼネルスは同じ言葉を繰り返した。


「ああ。忘れていた。今は緊急時だからな。魔物の軍勢ぐんぜいが立ち去るまでの間、お前の『首輪』は使わない。お前がなにをしようと、『首輪』が火をくことはない。ゆえに、これから行うことはすべて、お前の自由意志だ」

「……ゼネルスさま。あなたがおっしゃりたいのは……」

「私は『魔杖スパイン』のありかと危険性だけを伝えている。これは、ただの世間話だ」


 皮肉ひにくちた口調で、ゼネルスは


「だが、このまま領内が魔物に蹂躙じゅうりんされたら、民はどう思うだろうな? 最高の待遇でやとわれていた異世界人が、いざというときに役立たずだったのだからな。民はお前に、皆の前でばつを与えろと言うのではないか? 侯爵こうしゃくとしては、民の意見は無視できぬのだがなあ」

「…………ゼネルス、さま」


 サイトウは血がでるほど、唇をみしめた。


 彼は優秀な会社員だった。20代で課長補佐にまでなったのだから当然だ。

 なによりも得意なのは、上司のさっすることだ。


 上司がなにも言わなくても、先読みして動く。

 上司がよろこぶように、部下を動かす。


 そうすることで、自分が上司のがわに立つ人間だと実感できた。

 一般の社員とは違うのだと、そう思うことができたのだ。


 そんなサイトウには、ゼネルスの言いたいことがはっきりとわかる。



『魔王に立ち向かうための「魔杖」を、自己責任で・・・・・無断使用・・・・して・・、魔物の軍勢と戦え』と。



 ──ゼネルスは声に出さずに、そんなことを命じているのだ。


承知しょうちいたしました。ゼネルスさま」


 サイトウは立ち上がる。

 頭の中では、警告がひびいている。たぶん、本能的なものだろう。


『本当にそれでいいのか』

『危険ではないのか』

『最悪の場合──』


(──そんな言葉にまどわされるのは、やる気のない臆病者おくびょうものだ!)


 同じ声は、もとの世界でも聞こえていた。


『休みたい』

『こんなやり方はおかしい』

『もっといいやり方があると、上司に伝えるべき』


 ──会社員になってからずっと、そんな声が頭の中で響いていた。


 だが、その声を無視することで、サイトウは出世してきたのだ。

 今さらそんな声にまどわされるわけにはいかない。


黒熊候こくゆうこうゼネルスさまはえらい人間だ。その人に認められている自分も偉い人間だ!!)


 それに、あの『門番』──コーヤと言っただろうか。彼への怒りもある。

 彼は初代王のマジックアイテムを動かしたという。

 高貴な血を引いていて、それがこの世界で発動したらしい。


 彼はきっと、サイトウを見下していたのだ。

 異世界でとまどっているサイトウたちを笑っていたのだろう。


(……思い知らせてやらなければ。私が上だと、わからせなければ!)


 サイトウは鍵を手に走り出す。

 目指す先は、厨房の裏。屋敷と食料庫の間の隙間だ。

 ゼネルスの言葉通り、そこで隠し扉を見つける。開くと、その先は階段だ。


 長く、深い。

 壁がかすかに光を放っている。

 魔法的な力で維持されているのだろうか。埃も塵もない。

 階段を降りると、そこには巨大な扉があった。


 扉の高さは、2メートル弱。

 表面には王家の紋章と、黒熊候の紋章がある。

 さらに、文字が刻まれている。



『聖女キュリアの名のもとに、第3位の魔具を封印する。

 願わくば、まわしき者の骨を宿したこの武器が、決して使われることがないように』



 ──そんな文章を流し読みして、サイトウは扉に鍵を差し込む。


 そうして彼は封印ふういんされた扉を、開いたのだった。



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 次回、第29話は、明日の夕方くらいに更新します。



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