トリあえず 転移させられたハズレ勇者の俺の物語

卯月二一

焼き鳥

「勇者よ、世界を救うために魔王を倒すのです。さあ、旅立ちの時は来ました!」


 金髪縦巻きロールのお姫様が俺にそう告げた姿を懐かしく思い出す。


 俺は高校の授業中、突然現れた魔法陣と共にこの世界に転移させられた。そう、異世界転移ってやつだ。クラスごとの転移だったからあの時は大騒ぎしてたな。いつも冷静沈着な物理教師が取り乱すのを初めて見たっけ。アイツこういうファンタジー物をよく批判してたこともあって最期まで順応できなかった。訓練中の迷宮で発狂して失踪したまま帰ってこなかったな。


「唯一の大人であった炭火すみび先生が居なくなったいま、僕たちは協力しなければならない!」


「そうよ。光輝こうき君の言う通りよ。私たちが与えられたこのスキルの力を使って、まずは危機に瀕しているこの世界を救うの。魔王を倒すことができれば元の世界に返してくれるって女神様は約束もしてくれた。もちろん命の危険はあるけどお互い協力して戦いましょう!」


「ありがとう、聖奈せな。君の言葉は心強いよ」


 見つめ合うイケメンと美少女を一番後ろから俺は冷めた目で眺めてたっけ。クラスのみんなが凄いやる気になってたのを思い出す。まあ、俺以外だが。


 皆、職業は勇者で、全属性の魔法が使えたり対魔王戦に有効なスキルを与えられていた。魔物を倒す度にどんどんレベルが上がっていくような成長補正スキルなんて当たり前で、すぐにレベル上限に達してしまっていた。


 上限に達した連中はパーティを組み、我先にと魔王討伐へと向かった。


 そんな中、最後まで出発することなく残っていたのが俺だ。


「ステータスオープン」


 俺の呟きに応えるように半透明のウインドウが目の前に現れる。


【職業:トリあえず勇者】

 

 その他のステータスはほぼ村人A状態なので非表示にしている。そう、俺はいわゆるハズレ勇者なのである。魔法適性も無く、剣の才能もない。あるのは一般家庭で重宝される調理スキルと異世界言語理解だけである。これで一体俺にどう戦えと。


 レベルも大して上がらず、言ってみればただ飯食らいの俺を城の連中が追い出しにかかるのは当然で、レベル11に達したところでさっきのお姫様のセリフである。なんか女神様と二人でうんざりしたような顔で話していたから、さすがの俺でも意図は分かる。


「分かりました。お姫様のご期待に添えるよう……」


「フッ」


 糞っ、挨拶の途中でお姫様に鼻で笑われた。


「行ってまいります!」


 俺は悔し涙と怒りで酷い表情になっているのを見せまいと俯いたまま走り出した。気持ちが落ち着いてきたのは、城を出て王都が随分と遠くに見える場所まで来たころだった。


 そのままどこかへ逃げてしまおうかとも考えたが、光輝や聖奈たち最強パーティが魔王を討伐した場合に俺だけ元の世界に帰れない可能性があった。それだけは何とか避けねばならなかった。もしかしたらKAC2024のイベントのお題には間に合うかもしれない。底辺作者ながらも参加することであの興奮を味わいたかったのだ。


 俺は先行するクラスメイトたちを追った。途中、スライムやゴブリンといった雑魚敵に苦戦するものの俺の執筆愛がまさったのか、何とか生き延びることはできていた。強力な魔物に対してはもともと持っていた「影が薄く存在感も希薄で、おまえいたの?」スキルが何とか働いてくれているようで、俺は気づかれずに進むことができていた。


「ああ、こんなところまで来てしまった……」


 もう魔王城が目前である。ここまでクラスメイトに誰ひ【とり会えず】来てしまった。


 俺は覚悟を決めて禍々まがまがしい雰囲気の古城の中へ足を踏み入れる。不思議なことに城を警備している魔王の配下たちは俺の存在に一切気づく様子は無かった。そんなに俺の存在感ってないのかよ。これがアサシンとか忍者みたいな職業ならまだ俺も胸を張っていられるのだけど……。はいはい、俺はどーせ【トリあえず勇者】ですよ。


「デカいな、この扉」


 一際大きな扉の前まで来ていた。背後に気配を感じたので慌てて扉を押して中に入った。


「ほう、まだこの魔王を倒そうとする女神の使徒しとがおったか」


「ま、魔王! なのか……?」


 俺が入った先は王の間、だと思う……。人骨で組み上げられたような忌避感きひかんしか感じられない玉座にふんぞり返るのは、茶色っぽいトリ。胸に青く四角い何かを着けている。見たことがある姿だが……。


「うっ、頭が割れるように痛い」


 これはトリ魔王の精神攻撃ではないことは、俺の本能が伝えている。もっと強大なナニカ、この世界の意志とでもいったらいいのだろうか。謎の力が魔王の正体を隠そうと働いていた。


 このままでは俺はなすすべもなくやられてしまう。


 俺は刺し違える覚悟で一歩踏み出した。


『対象ヲ確認。プレイヤーハ全テノ条件ヲ満タシマシタ。職業ヲ【トリあえず勇者】カラ【トリ・敢エズ・勇者】ヘト進化サセマス』


 頭の中に無感情な機械音が響く。


 ここにきて職業が進化しただと!? 音声ガイダンスがあったなんて聞いてないぞ。俺は慌ててステータスウインドウを呼び出すと確かに【トリ・敢へズあえず・勇者】の文字がある。ステータスも文字化けしておそらく上限突破しているようだ。身体にみなぎるこの力は間違いない。


 すぐさま職業欄をタップする。

 

【トリ・敢へズあえず・勇者】……トリ系魔王に特化した特殊職。古語「へず」とは「耐えられない。がまんできない」の意。そこからトリ系魔王が耐えきることができない攻撃を繰り出すことができる。


「ほう、なるほど」


「ぬ、ぬぅ!? 何だ急に態度を変えよって……」


 俺の手にはしっかりと包丁が握られていた。


「ぎ、ぎゃーーーーっ!」


 



 めでたく俺は魔王を倒し、KAC2024題六回のお題に間に合わせることができたのであった。



 了



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卯月の近況ノートでオチの古語「へず」について触れていますが、せっかくなのでネタの元になった歌を残しておきます。


秋されば おく露霜つゆしもにあへずして

都の山は 色づきぬらむ

(万葉集・巻十五)


秋になったらしっとりと置く冷たい露に耐えられず

郡の山は今はすっかり色づいていることだろう


良い感じの歌ですね。

なぜこれが「焼き鳥」へと昇華されてしまったのか……

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