ハーピーの幸山さんは鶏肉を食べない

いずも

幸せの青い鳥

 ハーピーの幸山さちやまさんはノートを取らない。人間の腕に相当する部位が翼になっているから。どうしてもメモをとる時は脚を使うため、机の上に足を広げた不良みたいな格好になって威圧感が凄い。

 ハーピーの幸山さん学食を利用しない。昼休みは決まって屋上に陣取り、飲み物を両翼にボーっと空を眺めている。

 ハーピーの幸山さんは鶏肉を食べない。宗教上の理由とか、共食いになるからってわけじゃなく、鳥を飼っているから。だから彼女のお弁当に入っている唐揚げを食べるのは僕の役目。


「はい、あーん」

 器用に足先で楊枝に刺した唐揚げを差し出してくる。僕は視線を泳がしながらそれを食べる。いくらスカートの下がスパッツだからって不用心すぎる。

「……餌付けされてるみたいだ」

「おっ、だったらピーちゃんの隣に置いてやろうか」

「やめてよ、幸山さんが言うと冗談に聞こえないから怖いって」

 ハーピーの脚力は人間よりも強い。手が使えない分足先は器用だし余裕でりんごも握り潰せる。力の加減が難しいと彼女はよく愚痴っていた。

 長く伸びた美しい銀髪に切れ長の目、大人びた顔つきに威風堂々たる態度。鋭い目つきに低い声、メモを取れと言われると机に両脚を乗っけたことから初日についたあだ名が女番長だった。時代が時代ならレディースの総長にでもなっていたかもしれない。

 その実態は朝が弱いだけのハーピーだった。


「ほらミチルー、今度はアタシにも」

「あっ、うん。はい、あーん」

「あーん……美味しー」

 これが僕と幸山さんの日常だ。



 とある日曜日。幸山さんからメッセージが届く。


『トリにげた』


 スマホ操作の苦手な幸山さんから送られてくるメッセージはいつもシンプルだ。トリとは彼女の飼っているピーちゃんのことだろう。青い羽の可愛らしいインコだ。動画を見せてもらったことがある。

 電話で確認すると、鳥かごの一部を変形させてしまい、その隙間からピーちゃんが逃げ出してしまったらしい。ハーピーの脚力恐るべし。

 僕もピーちゃんの捜索を手伝おうと外に出る。

「ミチルー」

「えーっと、幸山さんの声はするけど……」

「こっこだここー」

 隕石が落ちてくるような猛スピードで幸山さんが空から降りてくる。

「アタシ一人で大丈夫って言ったのにー……」

「二人で探した方が効率がいいよ。僕は下から周辺を探すから、幸山さんは空から探してみて」

 手分けしてピーちゃんを探す。


「ここか! 違う」

 ゴミ置き場を漁る。

「ここはどうだ! ……いない」

 ゴミ箱の蓋を開けて中を見る。

「だったらここは……って、これじゃカラスを探してるみたいじゃないか。ピーちゃんはもっと小さなインコみたいな鳥なんだから、足元を探したほうが良いか」

 飼育されていた鳥が大胆にあちこちを飛び回ったりはしないだろうという当たりをつけ、公園や人目につかない路地裏などをくまなく探すも見つからない。


 随分と探したけれどピーちゃんは見つからない。もうすぐ日が暮れる。幸山さんはどうだったのだろう。スマホを見ると何度も着信があったが、探すのに必死で気が付かなかった。しまったと思いつつよく見るとメッセージも入っていた。


『トリあえず。ミチルもいない』


 そうか、しまった。僕も鳥を探すために人目につかない場所に行っていたため幸山さんが見つけられなかったのだ。それで返信もしていないとなるとますます心配させてしまう。今日は捜索を打ち切って、明日の放課後にかけるしかない。

 一旦彼女と合流しよう。とりあえずこの付近で目印になるのは――と、ふと見上げた街路樹に、不釣り合いな青い何かが動く姿を見つけた。

「ピーちゃんだ」

 怪我でもしているのか、その場からまったく動こうとしない。頭だけを左右に回し周囲を警戒しているようだ。

「木登りは得意じゃないんだけどな……」

 手を伸ばしてもちょっと届かない位置にいるピーちゃんを保護するため、僕はその木によじ登る。幹の丁度いい位置に藁が巻かれていたため足場となって高い場所まで登ることが出来た。

「よし、もうちょい……ピーちゃん……」

 ギリギリまでぐっと腕を伸ばし、枝先でうずくまっているピーちゃんを救い出す。

「よしっ、――えっ」

 ボキッと枝が折れる音がすると視界が揺らいだ。体がふっと軽くなって落下する。支えていた枝が折れたのだとようやく気付く。

「――……っ」

 地面に叩きつけられる痛み――は感じず、すんでのところでエレベーターのように体がガクンと揺られる。

「ミチル!」

 僕は仰向けのままゆっくりと目を開く。逆光で眩しい。その眩さの先に夕日に照らされた銀髪と美しい羽がなびく天使の姿があった。


「まったく、なんて無茶をするんだ! アタシだったらそのまま捕まえられたのに」

「あはは、ごめんごめん。また逃げられちゃうと思ってさ」

 なんて嘘だ。飛べないだろうと予想してたくせに。どう見たって格好つけようとしてドジを踏んで、彼女に助けられただけだ。

「でも、見つかってよかった。ピーちゃんも、ミチルも」

 そう言って彼女は微笑んだ。


 ハーピーは半人半鳥の怪物だと恐れられているが。それは誤解だ。だって今僕の目の前にいるのは気高くも美しく、それでいてとても愛らしい天使なのだから。

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ハーピーの幸山さんは鶏肉を食べない いずも @tizumo

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