あえずに食べる

烏川 ハル

あえずに食べる

   

「よう、田中。どうした、そんな顔して?」

 大学の食堂で見かけた友人は、微妙な表情をしていた。

 僕が声をかけると、彼は質問に質問で返してくる。

「トリって……。あえるものか?」


「いや、僕はそのまま食べるけど」

 運んできたトレイをテーブルに置いて、田中の前に座りながら、僕は即答した。

 偶然なのか、あるいは人気メニューだからそうなったのか。田中も僕も、同じ日替わり定食だ。

 今日の日替わりは二食そぼろ丼。卵とトリひき肉のどんぶりがメインで、味噌汁やお新香の他に、ほうれん草の胡麻和えの小鉢がついていた。

「ほら、卵の黄色と肉の茶色が、せっかく綺麗に二色に分かれてるんだからさ。食欲をそそる見た目なのに、それをわざわざ混ぜて食べるのは勿体ないだろ?」

 わかりやすく、あえて説明がましい言葉も加えたのだが……。

 田中はきょとんとしている。僕の方が不思議に思うくらいだった。


「あれ? その意味の『あえる』じゃないのか?」

 彼の質問にあった「あえる」を僕は、食べ物を混ぜ合わせる意味の「あえる」と理解したのだ。

 厳密には「える」と「混ぜる」は微妙に違っていて、元の食べ物がわかる程度の混ぜ方が「える」、ぐちゃぐちゃに一体化するほど混ぜ合わせるのが「混ぜる」……みたいな話も聞いた覚えがあるが、とりあえず大きな違いではないはず。

 特に今は、目の前に「ほうれん草の胡麻和え」があるから余計に、田中の中で「混ぜる」よりも「える」という言葉の方が先に出てきたのだろう。僕は勝手に、そのように解釈していた。


 しかし、田中のこの反応を見る限り、僕は何か間違っていたらしい。

「じゃあ、何の話なんだ?」

「いや、これなんだが……」

 田中が僕に見せたのは、彼のスマホだった。

 そこに表示されているものを認識するより早く、スマホそのものを目にした瞬間、僕は思い出す。

 田中は素人小説の執筆や投稿を趣味としており、彼が利用している小説投稿サイトでは、毎年この時期に大きなイベントが行われているのだ。

 発表されたテーマに従って即興で小説を書いて投稿するイベントで、そのお題発表が十二時だから、以前も田中は食事しながらお題を確認していた。


「なるほど、今年も例のやつか」

「ああ、それで今回のテーマがこれで……」

 彼のスマホの画面には「今回のお題は『トリあえず』」と表示されている。

「……『とりあえず』じゃなくて『トリあえず』となっているのがポイント。そう思ってしまうと、発想が制限されてな」

 ここで田中は、ニコッと笑った。

「ちょっと苦労してたんだが、おかげで助かったよ。『トリ』は鶏肉、『あえず』は『えない』の意味なら、そう難しくないもんな」

 続く言葉は僕に対するものではなく、独り言だったのだろう。

「よし、だったら急いで食べて、早速執筆だ!」


 その「急いで食べて」のためだろうか。田中は自分の二食そぼろ丼を、にかき混ぜ始めた。

 そんな食べ方を見ているうちに、ふと僕は思い出す。

 今年は「トリあえず」で苦労したようだが、そういえば去年の田中は「ぐちゃぐちゃ」というお題で困っていたなあ、と。




(「あえずに食べる」完)

   

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あえずに食べる 烏川 ハル @haru_karasugawa

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