【KAC20246】秘密の真相、信頼と告白

水城しほ

秘密の真相、信頼と告白

 休日明けの月の曜日の放課後、わたしは通っている「王立アーリエ魔法使い養成所」の担当教官であるハース先生に、かなり真剣な表情での呼び出しを受けた。

 用件が何なのかはわかっていた。わたしと同居している恋人のアルヴァーンが、今朝「休日に負った怪我のため、数日の間は欠席する」と連絡を入れた件についてだ。

 養成所の学生は寮に入っている生徒が大多数で、外部から通学しているのは王都に実家があるなどほんの一握りだ。寮生であれば詳細を聞き取ることができるけれど、わたしたちは門限や消灯時間などの「制限」を嫌い、養成所の近くに二人で暮らす家を借りている。王族の血を引くアルヴァの実家は王城の敷地内だし、辺境伯を祖父に持つわたしの実家は国境に近いド田舎で、お互いに実家を頼れるような環境ではない。

 つまり、アルヴァの状況を説明できるのは、このわたししかいないのだ。

 事情を話すのはためらわれた。なぜならば、アルヴァが怪我をしてしまったのは、わたしたち二人の未熟さゆえだ。養成所での学びがまだ不十分にもかかわらず、自分たちの苦手な分野を克服したいばかりに、闇の精霊の住み処へ足を踏み入れたせいなのだ。

 そもそもわたしが闇属性を苦手とするのは、わたしが「光の精霊」に愛されているからだ。わたしの母親が光の精霊と懇意にする魔術師なので、わたしは生まれる前から光の精霊の祝福を受けていた。相反する闇の精霊に嫌われてしまうのは当然で、それなのに何の対策も取らないまま、不用意に闇の精霊を刺激してしまった。

 おごっていたのだ、と思う。

 昨年の入学試験で首席合格だったアルヴァと、今年の「飛び級試験」を突破したわたし。この二人なら、基本的な「魔法使いの常識」くらいは身に付いていると勘違いをしていた。でも実際はそうではなくて、危機を予見する能力も足りなければ、起こってしまった問題に対応するだけの力もなかった。あまりにも無防備で、無鉄砲で、二人揃って生還出来ただけでも御の字だった。

 正直言って憂鬱だけど、事情を隠すわけにもいかない。お叱りを受けるのは間違いないし、何らかの処分が下る可能性もあるけれど……下手にごまかして後から真実が露見すれば、二人揃って退学は免れない。アルヴァは「絶対に秘密にするんだよ」と言っていたけれど、言うしかない、というのがわたしの結論だった。

 ひとつ大きく息を吐いて、教官室の扉を三度ノックする。返事を待ってから入室すると、そこにはハース先生と、先生の助手である「魔法アウル」のアウルアさんがいた。先生は両袖机いっぱいに書類を広げていて、アウルアさんは先生の肩の上からそれらに目を通しているようだった。

 一見するとただのアウルフクロウなので、魔法と縁のない人は驚く光景だけど、魔法アウルが書類を読めるのは当然のことだ。知恵の象徴であるアウルの、その中でも強い魔力を持つ鳥種――高難度の魔法を平気で操る、正真正銘の魔法使い。見習い魔法使いのわたしから見れば、彼女は大先輩ということになる。敬意をもって頭を下げると、アウルアさんは嬉しそうにホッホゥと鳴いた。


「よう来たのぅ、エルーナと言ったか?」

「はい、アウルアさん。二年生のエルーナ・ファリアッソです」

「うむ、ワシをトリ扱いしないのは非常に好感が持てるな!」

「アウちゃん、ちょっと黙っててね。エルーナはそこに掛けて」


 ハース先生は渋い表情のまま、両袖机の対面に置かれている木製の椅子を指した。入学してすぐに飛び級が決まった時、わたしはここでお褒めの言葉を頂いたけれど……たった半月で失望させてしまうのかと、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 書類をまとめて机の端に寄せた先生は、ふう、と大きな溜息をついた


「さて……何で呼ばれたかは、わかるね?」

「アルヴァ、いえ、アルヴァーン君のことですよね」

「それだけではないね。休日のに何があったのか、正直に話して貰いたいんだ」


 その言葉に、どきりとする。アルヴァの怪我にわたしが関係していることは、彼もわたしも黙っていたことなのだ。

 ハース先生は、何をどこまで知っているのだろう?

 わたしの怯えを見抜いたように、アウルアさんが「怯えるでない」と言った。


「何も案ずることはないぞ、ハースは養成所一の甘ちゃん教官じゃからの。酒場の親父マスターに愚痴を吐くぐらいのつもりで、あらいざらい話してみるがよい!」

「……アウちゃんは黙っててくれるかな……僕の威厳が台無しなんだけど……」

「内面からにじみ出る威厳であれば、ワシの言葉ぐらいで失せはしまいよ。なぁハースよ、張りぼての威厳など何の役に立つのじゃ?」

「わかった、わかったから黙って……」

「ワシはな、そなたを愛すればこそ真理を告げておるのじゃぞ?」


 アウルアさんにタジタジのハース先生は、大きな咳払いを一つして、それからわたしに「ほっぺた」と言った。思わず左の頬に手を当ててしまう――わたしは、自白したも同然だった。


「そう、そこ。左頬に魔力傷の跡がある。魔法使いか精霊と戦ったね?」


 左頬には昨日まで、闇の精霊に付けられた傷があった。魔力で付けられた傷は、身体的ダメージと共に魔力的なダメージも負う。出血するような傷を負えば、同じように魔力が漏れ出す穴も開くのだ。わたしは幸いかすり傷だったので、簡単な治癒魔法であっと言う間に塞がった。しかしアルヴァは背中に大きな傷を負っていて、魔力の傷はどうにか自然に塞がったけど、身体的にはしばらくの療養が必要だった。

 呪文の詠唱を伴う、本格的な治癒魔法を使えば、アルヴァの傷だって即座に治すことができる。しかし「見習い魔法使い」のわたしには、まだ詠唱魔法を使う資格がない。かといって治癒魔術師を呼べば、わたしたちの失態が公になってしまう。アルヴァは「僕は王族の一員だから、公になればエルや辺境伯に迷惑がかかるかもしれない」と言って、他言することを強く嫌がったのだ。

 どうしよう、と躊躇する。どのみちごまかすことはできない、それがわかっているのに踏み出せない。既に一度は覚悟を決めたのに、いざ全てを打ち明けてしまえば、取り返しのつかないことになってしまいそうで――。

 その時、アウルアさんが急に飛び立ち、わたしの肩の上に止まった。


「エルーナ、ハースは決して悪いようにはせぬよ。だが正しく事情を知らねばな、おぬしらをかばうこともできんのじゃよ。わかるな?」

「ですが……アルヴァは、王族です。わたしたちの愚行が表に出れば……祖父に、迷惑を……」

「魔法使いはみな対等なのじゃ。この養成所の学生同士である以上、エルーナとアルヴァーンの立場に優劣などありはしないぞ?」


 アウルアさんはわたしを安心させようとしているのか、ふわふわの身体をわたしの頬に擦り付けてくる。その感触があたたかくて、少しだけ心が緩んだ気がした。黙ってわたしたちを眺めていたハース先生も、目を細めて口角を上げた。


「エルーナ、とりあえず話してごらん。アウルに誓って、何ひとつ学外には漏らさないから」

「そうそう、トリあえずじゃ! アウルだけにな!」

「アウちゃんは黙って……」

「甘ちゃんハースに威厳なぞないわ!」


 アウルアさんは羽を広げてばたつかせ、ハース先生は耳まで赤くなりながら頭を抱えてしまう。そんな二人が面白くて、わたしはつい吹き出してしまった。


 結局、わたしは休日に起こったことを全て話した。

 苦手なものを克服したいあまりに、闇の精霊の住み処へ踏み込んでしまったこと。

 わたしだけが精霊の攻撃を受け、アルヴァはわたしをかばって傷付いたこと。

 転移魔法の込められた指輪を使って、命からがら逃げだしたこと。

 その結果、アルヴァには大きな魔力傷が付き、あやうく魔力が枯渇する寸前だったこと。

 そして、今のアルヴァは背中に怪我を負ったままなこと。

 全てを隠さず話し終えると、ハース先生はとんでもなく大きな溜息をついた。


「エルーナ、君のご両親は僕の教え子だけれどね、君は間違いなくあの二人の子だね……アルヴァーンも大概だけど、君も同類だ」

「どういう意味ですか」

「魔法学が絡むと冷静さを失うってこと。どうせ外部通学を勧めたのも、ナリクとフィアナなんだろう? 昔のナリクは月の研究をしてたから、寮則破りの常習だったよ……はぁ、やっぱりあの二人には、寮則の意味が伝わってなかったんだなぁ……」


 わたしの両親の名を出して、ハース先生はまたも頭を抱えてしまった。アウルアさんが先生の肩へ戻り、落ち込むでないぞ、などと慰めている。


「あのね、頻繁にこういう事故があるから、うちは入寮を勧めてるんだよ。熱意のあまりに無茶をやらかす生徒は珍しくなくてね、あえて規則で暴走し辛くしてるわけ」

「そ、そうだったんですね」

「で、本来なら今回の件のペナルティで、外部通学の許可を取り消すところなんだけど……うちの養成所は王立だから、王様の決裁になっちゃうんだよね。困るだろう?」

「困ります!」


 即答で叫んだ。今回のことが王様の耳に入れば、わたしが罰を与えられるだけでなく、アルヴァだって養成所を辞めさせられかねない。王族は養成所を出なくても、特別な訓練の後に詠唱魔法を使うことが許されているけれど……きっとアルヴァは、魔法と距離を置いてしまうだろう。

 そんなの、嫌だ。

 あんなにも探求心に溢れていて、熱心で、優秀で――何よりも、誰より楽しそうに学んでいるのに。


「どうか、このまま、今の家から通学させてください!」

「そうだよね、僕もその方がいいと思う。ただ、もしまた危険な何かがあったら、本当に大変なことになるから……だからね、僕からひとつ、提案があるんだけど」


 ハース先生が、肩の上にいるアウルアさんへ視線を向ける。首をかしげるアウルアさんに、頼みがあるんだ、と手を合わせた。


「二人の暮らしている家に、アウちゃんも一緒に住んでくれない?」

「ワシが? 二人の恋路を邪魔する役目かの?」

「いや、そんな鬼畜な話じゃなくてね……二人がまた暴走しないように、お目付け役っていうか、守ってあげてほしいっていうか」

「ほう、何だか久しぶりの依頼じゃのぅ?」


 こういう事態には慣れているのか、アウルアさんはしばらく首をくるくると回してから、かまわぬよ、と返事をした。


「ハースと離れるのは寂しいんじゃが……ハースの頼みなら、仕方がないのぅ」

「頼むよ。エルーナもそれで構わないね?」


 有無を言わせぬ雰囲気だけど、構うか構わないかなら、構う。別にアルヴァと二人きりでいるからって、他人に言えないようなことはしていないけれど。それでもやっぱり、他人に見張られてしまうのは、決して気分が良いものではない……いや、アウルアさんは人ではないけれど。まごうことなき鳥類だけど。


「あの……もし、それを断ったらどうなりますか?」

「もちろん王様決裁コース」


 ハース先生がニコリと笑う。拒否なんて選択肢はなかった。


「まあ、何も卒業までずっとというわけではないよ。もっと色々なことがわかってくれば、何が危ないのかもわかってくるだろうからね。今は『とりあえず』というところかな、あくまでも君たちを守るための措置だよ」


 わたしの不安をなだめるように説明をするハース先生は、穏やかな顔で微笑んでいる。授業の際の厳しさが嘘みたいだ。きっと、わたしたちの為なのだという言葉に、嘘やごまかしはないのだろう。

 よろしくお願いしますと頭を下げると、アウルアさんが満足そうに頷いた。


「そうじゃそうじゃ、トリあえずじゃよ! アウルだけにな!」

「……アウちゃん、そのネタ気に入ったの?」

「うむ! 若者の心を掴むには、ジョークのひとつも言えねばならぬのじゃろう? ワシはハースと違って『ふれんどりー』じゃからの!」

「ダジャレはまた違う話だと思うけどね」

「このセンスがわからぬとは、ハースは頭が固いのぅ! ワシがアウル流のジョークを教えてやるわい!」


 わたしのことなど放ったらかしで、仲良く言い合う先生たちがあまりに面白すぎて、抱えていた不安はすっかりどこかへ行ってしまって……アウルアさんとの生活が、次第に楽しみになってくる。

 この可愛らしい大先輩と、ひとつ屋根の下で暮らすのならば、いろいろなことを教わりたいな。たとえば……アウル流のジョーク、とか?

 ハース先生を言い負かし、得意気に羽根を膨らませるアウルアさんが可愛くて――ついついわたしもつられるように、トリあえず、と心の中で呟いた。


(了)

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