とりあえず乾杯

於田縫紀

鳥会えずでとりあえずな話

「ビールに焼き鳥で一杯やりたい」


 ギルドから魔竜討伐の褒賞金を貰って帰る途中。

 相棒のヒロタカの口からそんな意味不明な単語が飛び出た。


「何だそのビールとヤキトリとは」


 ヒロタカはふうっとため息をつく。


「かつて俺がいた世界にあった飲み物と食べ物だ。ビールとは麦酒に似ているがもっと苦くてきりっとした喉ごしの酒。焼き鳥とは鶏という動物の肉を小さく切って串焼きにしたものだ」


 ヒロタカは他の世界から来たと自称している。

 その時に神から様々な能力を授かったとも。


 本当か嘘かは知らない。

 しかしヒロタカが戦士として頼りになるのは確かだ。

 そのことは相棒で魔道士の俺、シェイドが誰よりも良く知っている。


「ビールが麦酒に近いものだとして、ヤキトリに使うニワトリとはどんな動物なんだ?」


 この世界で流通している食肉は、

  〇 ミノタウラと呼ばれる牛っぽい魔物

  〇 バフォマッツと呼ばれる山羊の魔物

  〇 オツコットと呼ばれる猪の魔物

が主だ。

 ニワトリに近い名前の食肉になる魔物など俺の知識にはない。


「この世界の食肉とは大分異なる。そもそもこの世界ではまだ、鶏どころか鳥を見た事もない」


 また知らない言葉が出てきた。


「トリとはどんな動物だ? ニワトリとは違うのか」


「鶏は鳥の一種だ。鳥とは羽根があって、ふわふわの羽毛に覆われていて、空を飛ぶ動物だ」


 ふわふわで、空を飛ぶ動物?

 俺の知識では該当する動物は思い当たらない。


「翼竜や蛟竜、翼蜥蜴みたいなものか」


「大分違う。少なくともアントゥノー共和国ここでは見た事がない」


 なるほど、俺にとっては未知の動物か。

 これでも大抵の動物は知っているつもりだったが。


 さて、それでは次の質問をしよう。

 俺としてはより重要な質問を。


「そのビールと、そしてヤキトリとやらは美味いのか」


 ヒロタカは大きく頷いた。


「ああ。かつて俺がいた世界では、仕事が終わって帰る途中などには欠かせないものだった。今のように大きな仕事が終わった後だと、どうしても欲しくなる」


 そうか、それほどの物なのか。

 ならば俺も是非食べてみたい。

 そしてアントゥノー共和国ここに無いものならば……


「無いなら作れるか? ビールとヤキトリ」


「えっ!」


 ヒロタカは驚いた後、すぐに真剣な顔となった。


「一度手作りビールキットで作った。だからやり方は大体わかる。気候的にもホップくらいはありそうだし、麦芽は大麦を発芽させればいい。酵母は市販の麦酒を使えばいいし……」


 ブツブツ言うのはヒロタカが考えている時の癖だ。


「時間はたっぷりある。今受け取った褒賞金だけで3ヶ月は暮らせるだろう。なら北方平原に行ってホップを探し、ついでに何か鳥を探して狩れば……可能か」


 ヒロタカのブツブツが止まった。顔を上げ、そして俺の方を見る。


「シェイド、協力して貰えるか。上手く行くかはわからない。だがひょっとしたら仕事終わりに最高な組み合わせを再現出来るかもしれない」


「仕事終わりに最高な組み合わせか。美味そうだな。充分な理由だ」


「なら明日から材料の採取に行こう。採取すべきものはホップという植物の毬花と、肉にする鳥だ」


 さて、ホップとはどんな植物なのだろう。

 ふわふわで空を飛ぶというトリには出会えるのだろうか。

 そしてビールとヤキトリとはどんな食べ物なのか。

 今から楽しみで仕方ない。 


 ◇◇◇


 3泊4日の探索行から帰った後。

 俺はビール造り、ヒロタカはヤキトリ作り作業を開始する。


 ビールの作り方はヒロタカに聞いた後、麦酒の造り方を参考に俺なりに考えてみた。

 具体的にはこんな感じだ。

  ① 大麦を発芽させ、乾燥させた後砕いて

  ② 温水と混ぜ合わせ、促進魔法をかけて

  ③ 甘くなった温水を濾過して、ホップを加え煮沸し

  ④ 冷やして、コウボという物のかわりに麦酒を混ぜて、促進魔法をかけて

  ⑤ 濾過して瓶につめて栓する


 俺の計算によると、全行程を行うのに必要な時間は1時間少々。

 促進魔法は得意な魔法の一つなので、思い切りよく時短可能だ。


「しかし、やっぱりこの世界には鳥はいなかったな」


 魔法でビールを醸造中の俺の横で、肉をさばきながらヒロタカがそんな事を言った。

 そう、結局ふわふわで空を飛ぶというトリには出会えなかったのだ。

 ホップは大量に採れたのだけれど。


 そしてトリのかわりに肉として狩ってきたのはオツコトだった。

 見たところ頭部分、こめかみから頬にかけての部分を使うようだ。

 

「で、トリじゃなくてその肉で、味は大丈夫なのか」


 俺にとって最大の問題はそこだ。


「問題無い」


 ヒロタカはそう言いきって、そして続ける。


「俺の故郷に近い東松山では、豚のカシラ肉を焼いたものをヤキトリと呼んでいた。鳥に会えないなと思った時に思い出した。だから問題無い、誤差程度だ」


 豚というのは猪の飼い慣らされた種類らしい。

 大昔に絶滅したけれど、オツコットと種は近いとされている。

 なら問題は無いだろう。


「早く食いたいところだな」


「ああ」


 魔法にも力が入る。


 ◇◇◇


 一時間後。役者は揃った。

  〇 瓶に入って密封してある、キンキンに冷えた『ビール』

  〇 串に刺して焼いたオツコトこめかみ肉こと、『ヤキトリ』

  〇 キャベツの葉

  〇 赤い専用のタレ

 こんな感じだ。


 肉には塩を振って焼いてある。

 しかし好みによってこのタレを上から塗るのがヒガシマツヤマ流なのだそうだ。


「豆醤と唐辛子やニンニク、ごま油、酒、砂糖、林檎等を混ぜて作ってある。記憶の中にあるものとほとんど同じ位に出来た」


 なるほど、なら問題無い。

 なおビールの味は既にヒロタカにより確認済み。

 だから後は、ガンガン食べるだけだ。


「早く食べようぜ」


「いや、これを食べる前には儀式がある」


 ヒロタカはもったいぶった顔でそんな事を言う。 

 

「このセットを食べる時は、最初はビールからがお約束だ。『とりあえずビールで乾杯』、という奴でさ。乾杯した後このビールを、ある程度一気にガッと飲む。それからヤキトリという順番だ」


 なるほど。だいたいわかった。

 だからさっさと実食しよう。


「それじゃビールを注ぐぞ」


「ちょっと待て。ビールには注ぎ方というのがあるんだ。泡の比率が概ね3割になるように……」


 ヒガシマツヤマ流焼き鳥とは儀礼的な食事なのだろうか。

 わからないけれどとりあえず従っておこう。


「よし、これでいいだろう。それでは杯を持って、乾杯!」


「乾杯!」


 俺はヒロタカの真似をして、ビールを一気に喉へと注ぎ込んだ。


(FIN) 

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