海岸清掃
翌日。朝ご飯を食べた後、俺たちは旅館の近くにある海岸に移動した。今日の午前中は海岸清掃をすることになっているのだ。
たった今、海岸清掃を主催するボランティア団体の代表が挨拶を終えたところだ。辺りには清掃に参加する人たちが多く見られ、少しがやがやしているのがなんとなく嫌だ。
「じゃ、みんな、またあとでねー!」
部長は明るい笑顔を浮かべながら小さく手を振って遠くの方へ歩いていく。
「並木先輩、湯浅先生。ではまた」
無藤さんも部長に続き、颯爽とその場を去っていった。その結果、俺と湯浅先生はその場に取り残されてしまった。
その場に立ち尽くしていると、湯浅先生が「……あの、並木くん……」と言って顔を覗いてきた。
「なんですか、湯浅先生?」
「……し、知らない人ばかりで怖すぎるので……一緒に行動してくれませんか……? ……へへ……」
「じゃあ、そうしましょうか」
俺も知らない人ばかりでなんとなく不安だったし、ちょうどよかった。まあ、ただ清掃するだけだから人と話す場面はないんだけど。
俺と湯浅先生は人があまりいない方に歩いていき、清掃を始めた。
この海岸は遊泳期間が終わったばかりらしく、海水浴客が残していった飲食物の容器、ビニール袋などがあちこちに見られる。
なんでごみ放置して帰るんだろう……? 理解できないな。そんなことを思いつつ清掃作業を続けていると、ふと湯浅先生の呟きが聞こえてくる。
「……あ、頭が暑いです……」
湯浅先生の方をちらっと見ると、彼女が自分の頭をぽんぽんと叩きながら少しだけ顔を歪めているのがわかった。
「湯浅先生、俺の帽子貸しましょうか? 汗ついちゃってますが」
俺がそう言った瞬間、湯浅先生はぱっと表情を明るくする。
「……い、いいんですか……? ……あ、ありがたく借りさせていただきます……! ……へへ……」
俺が被っているキャップを手渡すと、先生はすぐさまそれを被る。キャップを被った先生は首に水筒をかけているのもあって小学生のように見え、俺は思わず微笑んでしまう。
「……へへ……な、並木くん、なんで笑ってるんですか……?」
「……え? いや、湯浅先生は小学生みたいだなと思って」
「……しょ、小学生……? ……へへ……た、確かに私、幼児体型ですもんね……へ、へへ……」
湯浅先生はどんよりとした表情でその場にうずくまってしまった。どうやら俺は先生のコンプレックスを刺激する発言をしてしまったらしい。
「湯浅先生、ごめんなさい。先生は大人なのにそんなこと言ってしまって」
「……わ、私、立派な大人に見えてるんですか……! えへへっ!」
湯浅先生は勢いよく立ち上がると、俺に身を乗り出しながらだらしない表情をした。「立派な」とは言ってないんだけど……。先生って、自分に都合のいい解釈をすることが多い気がするな。
その後、二十分ほど清掃を続けていると、ごみ袋の三分の一くらいがごみで埋まった。
そのタイミングで湯浅先生が「こ、これは!」と何かお宝でも見つけたかのような声を出した。
「湯浅先生、なんかありましたか?」
「……へへ……見てください!……とっても綺麗な貝殻がありました! えへへっ!」
湯浅先生は不気味な笑みを浮かべながら俺に貝殻を見せつけてくる。その貝殻は綺麗な扇形をしていて真っ白だった。
「へぇ、確かに綺麗ですね」
「……これ、帰ったらお母さんにあげることにします……! えへへっ」
「ふふっ」
……湯浅先生、ほんとに小学生みたい。先生だなんて信じられないな……。そんな失礼なことを考えていると、ふと近くの砂にエメラルド色の石のような物が埋まっているのが見えた。
しゃがんでそれを拾い、よく見てみると、少しだけ透き通っていた。続けて、指先で感触を確かめてみると、硬くてつるつるしているのがわかる。綺麗だけど、これ、なんなんだろう?
「……湯浅先生、この石みたいなやつ、なんでしょう?」
しゃがんだまま湯浅先生にそう尋ねてみると、先生は俺のすぐ目の前にしゃがみ込み、それをじっと見つめる。
「……へへ……し、シーグラスですかね?」
「シーグラス? なんですか、それ?」
「……えっと……海に捨てられたガラスが、流されるうちに角を削られてできたやつです……へへ……」
「へぇ、初めて知りました。湯浅先生って先生らしい一面もあるんですね」
「……えへへっ! ……並木くん、褒めすぎです……!」
湯浅先生はだらしない表情でそう言うと、軽く肩を叩いてくる。そんなに褒めてないんだけど、まあ、いっか。
嬉しそうにする湯浅先生を見て微笑んでいると、不意にやや遠くにいる無藤さんが俺と湯浅先生を見ながら不満そうな表情をしているのが見えた。なんかよくわかんないけど、ちゃんと掃除しろってことかな……?
俺は無藤さんが何を思っているのかを考えつつ再び手元のシーグラスに目をやる。このシーグラスってやつはどうしよう? うーん、あとで無藤さんにあげるか。まあ、普通に「要りません」って言われそうだけど……。
その後、かなり長い間、清掃を続けていると、持っているごみ袋がごみでいっぱいになった。
そろそろ終わりの時間かなと思い、スマホを取り出して時刻を見ようとすると、画面の上に大きな水滴が落ちてきた。
「ん? 雨……?」
そんな呟きをこぼした瞬間、雨が滝のように勢いよく降り注いできた。やばい、ゲリラ豪雨だ! ど、どうしよう!
「海岸清掃は中止にします! 皆さん、ごみ袋を回収場所まで持ってきてください!」
メガホンを通しての指示を聞き、俺と湯浅先生は急いでごみ袋を回収場所まで持っていく。そして、ごみ袋を置いた後、旅館に向かって駆け出す。
しかし、湯浅先生は回収場所まで走って疲れてしまったためか、なかなかついてこない。
俺は湯浅先生のところまで引き返す。そして、「湯浅先生、失礼します!」と言いながら先生をお姫様抱っこする。
「ふえっ?」
湯浅先生は困惑したような声を出すが、俺はそんな彼女を抱きかかえたまま旅館まで走っていった。
◇
旅館に着くと、扉は開いていた。そのまま玄関に入ると、すでに戻ってきていた無藤さんと目が合った。彼女はびしょ濡れだったが、なぜかいつもより魅力的に見えた。水も滴るいい女って感じかな……?
「並木先ぱ……え?」
「ん?」
「お、お姫様抱っこ……?」
無藤さんはそんな呟きをこぼした後、なぜか俺をキッと鋭く睨みつけてくる。
「ずいぶんと仲睦まじげで……。海岸清掃でも楽しそうでしたし、帽子も貸したみたいですね?」
「え? なんで怒ってるの?」
無藤さんの怒ったような口調に困惑しつつそう尋ねると、彼女は俺から勢いよく顔を背け、黙り込んでしまった。
無藤さんに首を傾げつつ湯浅先生を降ろすと、部長が玄関に入ってきた。
「あははっ! やばすぎ! びしょ濡れになっちゃったー! ……あれ? むとーちゃん、どしたの? なんか怒ってる?」
「な、なんでもないですよ!」
無藤さんは胸の前で両手を振りながらそう誤魔化すと、再び俺を睨みつけてくる。……無藤さん、意味わかんない。俺、なんも悪いことしてないよな?
理不尽に怒ってきている無藤さんに困惑していると、女将さんがやって来て驚いたような表情をする。
「あら、みんなびしょ濡れじゃない! 体冷えてるでしょ? 大浴場行ってきたら?」
「あっ、そーですね! みんな大浴場行こっか!」
「はい!」
「……は、はい!」
無藤さんと湯浅先生はそんな返事をした後、着替えを取りに行くためか、部長に続いて部屋の方に向かって歩き始めた。
俺は三人の後だな……。そう思いながらその場に立ち尽くしていると、無藤さんが引き返してきて、俺に顰めっ面を向けてくる。
「なにしてるんですか? 並木先輩も一緒に入るんですよ」
「えっ? なんで?」
「風邪を引かれでもされたら迷惑ですから」
「……あ、はい」
なんかいつもより厳しい口調だな。でも、一緒に入るって……? そんなの絶対ダメでしょ……。俺はそう思いつつも仕方なく自分の部屋に向かって歩き出した。
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