トップ争い

ちかえ

昔の学園のお話

 お師匠様の学生時代の成績表を見ながら、私は、つい感嘆のため息をついてしまった。


 すごい成績だ。特に高等部の最後の三年は毎回全教科満点を叩き出している。


 これを見ると、そりゃ、今、魔術師界のトップ二人の中の一人になるのは当たり前だよな、と思ってしまう。

 お師匠様が引退した後は私がその地位につくとか言われてるけど、正直無理だと思う。あの大魔導師様の後釜なんて……。


「……すごいですねえ、お師匠様は」


 ついそう呟いてしまった。でもこの成績表を見た人は誰でも絶対にそう言う。賭けてもいい。


「でしょう。デイビーはすごいんですのよ」


 目の前の女性、お師匠様の奥様のイザベル様が、おっとりと、でも自慢げにそう言っている。そりゃあ配偶者の事を『すごい』と言われたら誰でも嬉しくなるものかもしれない。彼女はお師匠様とは十代の頃からの付き合いらしいので愛称で呼んでいるが、そんな事ができるのは彼女くらいのものである。


 それにしても、全教科満点なのが、高等部の四年の実力試験からというのは不思議だ。お師匠様なら初等部の初めから満点を取ることは難しくないだろうに、どうして?

 その考えが伝わったのだろう。イザベル様がくすくすと笑った。


「ああ、当時の王太子殿下に遠慮をされたのよ」


 イザベル様によると、どうやら主席がお師匠様で、次席がその王太子殿下だったらしい。

 主席の座は譲れないが、主席と次席の差は当初あまり広げないように配慮していたようだ。

 王太子殿下の悔しそうな顔が『あまり引き離さないでほしい』という風に見えて、すごく申し訳なく思っていたそうだ。


 ただ、二人の勝負は学園中から注目されていた。それを知ったお師匠様は、もしかしたら王族相手に逆に失礼なことをしていたのでは、と反省し、きちんと実力を出すようになったらしい。


 その行為が正しいのかどうかはともかくとして、まあ、謙虚な話である。


 納得して紅茶を口に運ぶ。そこで『あれ?』と思った。


 お師匠様はイザベル様の言うような謙虚な性格はしていない。


 かなりの魔術の実力がなければ発動できない魔術式ばかりを集めた本を出版して、『この魔術式を発動出来る事が自分の弟子になれる最低条件』などとのたまう方なのである、私のお師匠様という人は。


 ……お師匠様、まさか当時の王太子相手に舐めプして遊んでいたのでは? その遊びに近い勝負が注目されてるって知ったからやめただけなのでは?

 ついそういう考えが浮かぶ。


 確定のような気がするけど、これは言わない方がいいかもしれない。もうお亡くなりになっているとはいえ、他国の元国王に失礼になってしまう。

 とりあえず、表向きの美談だけ受け入れておこう。


 それにしても表向きの話と現実はあまり違っていて欲しくはない。でないとこっちもどう反応したらいいのか分からなくなってしまう。


 ああ、こんな事知りたくなかった。聞かなきゃよかった。イザベル様も言わないでいてくださればよかったのに。彼女にしたら全部知った上の笑い話なのかもしれないけど。


 私はため息をそっと紅茶と一緒に飲み込んだ。

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トップ争い ちかえ @ChikaeK

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