〖KAC20245はなさないで〗学祭後

月波結

学祭

 学祭が終わった。

 僕らのサークルは教室を借りて展示をした。

 暗幕と黒い模造紙をたくさん使って暗闇を作り、そこに発光する造形物を飾っていく。

 暗幕で仕切られた通路を歩くうちに、造形物がチラチラ光を放って見える、そんな仕掛けだった。


 すべての催し物の時間が終わるアナウンスが流れ、僕たちはみんなでとりあえず床に腰を下ろした。

 みんな、緊張でガチガチだった。


 なんてったって、作ってる時は自分は天才だと思うけど、人前に出す時は「なんでこんな駄作を⋯⋯」と思う。

 美術やる人はそういうとこが多かれ少なかれあると思う。


「キレイだって思ってくれたかなぁ」

「うわ、アンケート、『感動』だって!」

「『感動』ってのはすごいな!」


 早く片付けを始めるよう、アナウンスは続く。僕たちの話も続く。


「うわぁ、『忘れられない思い出ができました』だって! どうするよ? 思い出作っちゃったって」

「こっちもねぇ、あ、鈴のが気に入ったらしいよ。奥にあったピラミッド型のって、鈴のだよね?」

「うん⋯⋯和紙で行灯みたいに作ったの」

「すごく気に入ったって」

 よかったじゃーん、と言われて鈴がはっきりせずにもごもごしてるのは僕のせいだ。


 僕たちは今、手を繋いでいる。


 きっかけは今日の当番が一緒だったこと。

 お昼の時間帯はすごく空いてて、僕たちは自分たちの作ったものを見てみようとその暗幕の洞穴に潜って行った。

 当たり前だけど前方は薄暗く、足元も危うかった。


 そんな中で僕はひとつの賭けに出た。

 もし、嫌がらなかったら鈴は僕を好きかもしれない。


「高梨くん⋯⋯あの、あんまり離れないで」


 それは鈴の言葉だった。

 僕が躊躇している間にシャツの裾を掴まれていた。


「あの⋯⋯その⋯⋯。⋯⋯。すきです」

 僕はその三点リーダーのたくさん付いた言葉で胸が爆発しそうになった。僕みたいに地味な男が。

「あの、だから⋯⋯」

 勇気を持って、手を握った。

 暗闇でもわかる。彼女はハッとして顔を上げた。

「ごめんね、いつ手を繋いじゃおうかって、そればっかり考えてた」

 鈴は、僕の汗でしっとりした手をギュッと握った。


「すき⋯⋯このまま離さないでいてね」


 そして今に至る。

 学祭は終わった。例年通り、バタバタしながら。

 誰かが模造紙のテープを剥がすと、ひと息に目を刺すような光量が入ってきて、目を強くつぶる。


「あっ!」

 誰かが言って、暗幕を外す手が止まる。

「コイツら手、繋いでるぞ!」

 うきゃー、とすごい歓声が起こって、背中を次々にベチベチと叩かれた。鈴は痛いはずなのに、ボサボサになった髪を直しながら、口を開けて笑っていた。

 誰かがどこかで「おめでとう」と言った。

 僕たちの想いはダダ漏れだったのかもしれない。本人同士を除いては。


 これがその年の学祭の思い出。

 鈴が遅れて走ってきて「お待たせ」とするりと手を繋いできた。

「離さないで」か。あの時の言葉を思い出す。

 離さないよ。


(了)

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