手をはなさないでねっ!!

sayaka

手をはなさないでね


「ああ〜!!!!」


 突然大声を浴びせられて歩みを止めてしまう。


「どうしたの」

「手、離した……」


 亜未果あみかは恨めしげな瞳で見つめてくる。


「今日はずっと手をつないでいようね♡って言ったのに!!」

「言ったけど……」


 わたしは数分前のことを思い出していた。


 お付き合いを始めて一ヶ月目の記念日デート、亜未果はわたしのおうちでゆっくりしたいなと提案してきた。

 両親は仕事中で不在だし、特に異存はないものの肩透かしを食らった気がしていたので、何があってもいいよう心づもりをしておく。

 そして果たして、亜未果はとある条件を追加してきた。

 ずっと手をつないでいたいなんて、かわいいおねだりだなと気楽に考えていたのが浅はかだったのだろうか。


「常にってこと?」

「そうだよ」

「そんなのムリだって」

 トイレとかどうするの、と現に行こうとしていたことを思いながら反論してみる。


「いっしょに行けばいいでしょ」

「それはちょっと」

 やだ、と言いかけて口をつぐむ。


 亜未果が周囲をも凍らせるような冷たい目で見返している。


「怒った?」


 声をかけても反応がない。


「怒ったの?」


 普段はペラペラと喋りっぱなしなので無言の亜未果というのもなんだか凄みがあって良いかも、と呑気なことを考えていた。


「亜未果ちゃん」


「もうういい!」


 プイッと顔を背けられてしまう。

 うが多くてかわいい。


「亜未果ちゃん、機嫌なおしてほしいな」

 少しだけよそゆきの声を出して話しかける。いつもならこれでコロッといくのに、今日の亜未果は強情だった。


鈴唯れいは亜未果のことなんて、その程度だったんだ……」


 声のトーンが普段よりも半オクターブも低い。

 なんだか暗黒面に堕ちそうになっている。


「もう。小学生じゃないんだから、そんなこと言わないで」

「何歳でも同じだよ」


 亜未果は恨めしそうな目をしている。

 迫力があってなかなかに引き込まれそうな雰囲気がある。


「わかったよ」


 わたしは折れることにした。

 亜未果がぱあっと顔を輝かせる。

 こういう顔だけ見ていたいような気もするし、ころころと変わる色々な表情を楽しみたいような気持ちも残っている。


「トイレ行った後でね」


「ええ〜〜〜!!!!!!!」


 なんなんだ。

 そんなに大きな声を出すようなことだろうか。


 それとも、どうしてもトイレにいっしょに行きたいということなのだろうか。

 頭の中を不可解と疑問符が占めている。


「片時も離れたくないっていう亜未果の気持ちは汲んでくれないの?」


「片時って……」


 トイレなんて部屋から出てすぐそこだよ。


「じゃあドアの外で待っててもいいから」

「それじゃ壁一枚分遠いもん……」


 遠いのだろうか、遠いか近いかでいうと後者でいいような。

 わたしは究極の選択を迫られていた。

 尿意を優先するか、彼女を優先するか。自分の意志を貫くのか。

 悩んだ末に選んだのは------










 *


 *


 *


「鈴唯、だいすきだよ。ずっとはなさないでね」

 耳元で亜未果の甘い声がささやく。

 なんだかんだで、手を離さないでずっといるのって器用だなと感じていた。






 < 終わり >

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手をはなさないでねっ!! sayaka @sayapovo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ