第23話 無意識の線

side:ジル


「えー、それでは『忍』さんの上司の方からオッケーをいただきましたのでこれより護衛のヒエラルキーを作ります。この結果で頂点に立った者の指示に従うこと。弱者は下野し、腕を磨き直していただくことで了承を得ています。では早速―――」



 一人の青年とその隣の若者が手を挙げる。



「はい、そこの方、何か質問が?」



「私は殿下の影武者、サキストラル・アルバート・フォン・バルメアである。護衛ではないので特別枠にしてもらいたい」


「僕は毒見役のマルクです。僕も別枠でお願いします」



 その後も次々と手が上がり、独自性をアピールしながら逃げの手をうってくる。



「私は身だしなみ、助言チーフです」

「私はしょ、処理係の女です」

「俺様は悪役、難癖つけ役だ」



「はいはい、そこまで。ではこの中で王子殿下に何かあったときに、責任を負わなくてもいい方は挙手してください。その方々は“王子を守る”という役目はないのでしょうから、ここから離れても問題ないですよね?」



 誰も手を挙げない、離れていくこともない。



「はい。そういうことです。全員護衛認定ですね。ではゲームを始めましょう。ルールは単純です。1分間、私の攻撃から王子殿下を守ってください。王子を奪われるか、降参するか、戦闘不能になったら負けです。人数や護衛方法はお任せします。十分後に戦闘開始しますので作戦会議に入ってください」



「「「……!」」」



 俺は仕掛けをいくつも散りばめながら、あえてゆっくりとその場を離れ、彼らの動向を注視していた。

 護衛で大切なのは対策をされないことである。

 要はパターンを作らないことだ。


 ホンモノたちなら、この遮蔽物のないグラウンドの中、の前で話し合いなどしない。


 クラスの席次で斜め前に座っていた男が陣頭指揮を取っているのがみえた。

 さながらシークレットサービス、のようなものだろう。

 同調しているのは俺の席の前の女だ。二人が護衛のトップ2なのかもしれない。



 次々に配置についていくが、クラスの席次そのものが護衛フォーメーションだったようだ。

 正直個別で強敵はいないようだが、組織としての強さは別格なのだろう。

 厳選された雰囲気は感じないが個性だけは豊かである。


 毒見役などどうでもいいような役目は遊軍をやるようで、青い顔をしているところをみると時間稼ぎか、盾役をあてがわれたのかもしれない。



 残り五分を切ったところで、その遊軍から二人の女子がお茶などの差し入れを持ってきてくれた。


「ジルさん、お茶どうぞ」

「ああ、ありがとう。君たちは参加しないの?」

 

「私たちは役にたてないからこうしてお茶酌みです。うふふ」

「ところで、あの大勢に勝算はあるんです?」


 当たりがよく、非常に好感が持てる美女たちだ。

 つい、いろいろと話したくなる。


「うーん、どうだろうか。とりあえず”一口”を乗り切れば何とかなりそうだよ」

「「一口?」」




「これは毒茶と毒菓子かな」


「「くそっ!」」


 時間前だが仕方がない。当て身で二人の意識を奪っておく。

 狩人の俺は毒に詳しい。香水で誤魔化してもプンプン臭う。


 がさごそと柔らかいものを触りまくりながら、露わにしていく。

 右の巨乳はさらに毒手、左の美尻は毒針が至るところに仕込んであった。毒婦を差し向けるとは趣がある。

 


 そろそろ時間だろう。


「おーーーい! いきますよ!」



 さて、勝利条件が王子の奪取の場合、この一対多には断然、体術が有効だ。


 武器はオーバーキルになってしまうし、追い払う、打ち負かす、殺すことには適しているが、捕縛前の無力化に向いていない。

 大人数の乱戦、お互いの距離が近いほど体術は邪魔にならず動きやすい。

 

 弱点は攻防一体なので攻撃した拳や指はそのまま補足されれば痛点になってしまうし、一斉集中攻撃にすこぶる弱い。


 そこでいくつかの仕込みが効いてくる。


 では行こうか。



「は、疾い! なんだあれは……」

「中央に集まれ! 横に広がり過ぎだ!」


「遊撃は盾になるんだ! いそげ!」



 意識の壁がそれを遅らせる。

 俺は彼らから離れる際に、一本の横線をお互いの陣地の前に引いている。


 その線は本丸の王子に比較的近く、王子が下がらなければ正面がやや窮屈だ。

 やってみるといい。競技という性質上、人は律儀にその線に従い、規律を守る。


 そして俺は線だけじゃなく、待ち時間に何度も左右に不規則なジョグを繰り返していた。

 こんな動きをされた上にその線に意識を取られ、横陣のように防御陣地はに広がる。


 目の前の彼らのように。



 そして無詠唱からの風魔法『追い風参考記録』を自分に掛ける。

 初動は反撃を足裏に加えた。

 

 あのジジイはこれで風になった。俺も今日、風になる。

 弓のように引き搾り、加速などしない。


 大よそ距離は100メートル。時速46キロで7.8秒。



 認識と距離感のズレはこの時間では埋まらない。

 もう目の前だ。


「シュッ!」


 余分なことはしない。1分で決着をつけるから。

 触れる距離から直線状の相手だけ無力化し、後は好きにさせる。


 治療を見込み、相手には悪いが膝か脛を一気に砕く。

 先端が弱点にならないように鉄板入りの靴になっている。


 手や指を捉まれないように拳を握り、顎と耳と首、脇と鳩尾を守る。

 卑怯だと言われても関係ない。


 視線ひとつで足元や関節を疎かにするような素人。

 面白いように直線的な蹴りが決まって退場していくのだ。



「さ、させるかっ!」



 巨漢や巨躯の欠点は周囲がみえていない。

 ほんの少し体を動かし、誘ったただけで、他の護衛たちとぶつかり塞いでくれる味方になるのだ。


「邪魔だ! どけ!」


 遠距離の矢や魔法も乱戦に向かない。

 全員を犠牲にするつもりで高威力でも放たないと意味がないし、下手をすると王子にオンゴールする。


 十秒で十人を無力化した。

 

「くそっ! 護衛班下がれ!」

 

 王子を連れた護衛たちが真後ろに下がった。



 広いグラウンド活かし逃げ切る。護衛対象をシンプルに動かせばいい。

 常道が仇になったな。


 これを待っていた。

 俺の勝ちだ。



「えっと、風よ渦巻けトルネード!」



 俺はワザとらしく両手を上げ、魔法を唱えた。身構える時間を与えるのだ。 

 これは『無手スカート捲り』の魔石トラップ型。


「なっ!」

 バシュ!


 小石偽装した魔石を踏んだ王子はロケットのように空へ発射された。


「ぎゃぁぁぁぁあっぁぁぁ……」


 彼らは真っすぐ後ろに下がらせたことが敗因。

 俺がバラまいた魔法を込めた魔石によって風魔法が強化され、遥か空へ。



 のこり数秒。

 


 王子の悲鳴は聞こえるがなかなか落ちて来ない。


「……ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」



 やばい、宣言から時間が過ぎてしまう。

 

 5

 4

 3

 2

 1

 俺の腕の中に王子が落下してきた。


 キャッチ。


 

「あぶな! 時間丁度ぐらいかな」

「あ、ああ、うう」



 あの高さまで飛ばしたのだ。可哀そうに身体が振るえている。


 ウシシ。いい気味だ。

 

 

 負けを悟った彼らは落ち込んでいたがそれ以上に自分たちの不甲斐なさを実感したようだ。


「王子殿下、申し訳ございません。……ジル様、我々の完敗です。このような機会を与えていただき、ありがとうございました。そして神算とご慧眼にあらためて感服いたしました。今後は護衛としてさらに精進を重ねてまいります」


「ああ、そうして。がんばってね」



 怪我人が次々に治療されていく。

 大人しかったオナメガネがやってきた。


「決着はついたようだな。これ以上の時間無駄は避けたい。速やかにクラスに入るように」


 こういうところは意外と気が利くオナメガネだ。

 俺も早く授業を受けたい。



 まだ震えている王子を降ろすと、分かってないと困るので念を押しておいた。


「あのオナメガネは空気の読めない傲慢女だけど、彼女の授業は私にとってはたいへん貴重な時間なんだ。アル、その邪魔をするようなら今度は全員再起不能にするからね? 折角好感度の上がったアルに私が幻滅しないよう、よく護衛たちとよく話し合ってくれ」


「あ、ああ、うん。迷惑をかけた……」



 これで一件落着。





 ……なわけないよな。




 翌週。

 クラスの顔ぶれが変わっていた。

 海千山千のエージェントたちから黄金の鎧と防弾チョッキのような筋肉に覆われたスパルタの兵士みたいな、屈強でむさい近衛兵に入れ替わっていたのである。



「ふぅ。ジル、なんか熱くない?」


「アル、マジで分かってないよね?」


 もう何も言うまい。

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