第22話 クリムゾンプリンス

side:ジル


 入学式は思春期真っ只中、百五十人の学生が整列して始まった。


 冒頭から波乱ぶくみ、お歳を召した王弟殿下のスピーチの洗礼が待っていた。


「で、あるからして―――なんだっけ?」


 十五分の沈黙中断をふくめ四十五分の地獄のスピーチ試練で数人が脱落。


 だが続くジジイ副院長が会場内の空気を読み、一言で切り上げたのはさすがである。



 例年なら首席の挨拶らしいが、今年は王族が入学しているのでアルバート第四王子が入学生代表挨拶を務めた。


「貴族に求められるのは――」


 眠たかったので聞いてなかったが、盛大な拍手に適当に合わせることは忘れない。

 隣に戻ってきた爽やかな王子にいいスピーチだったぞ、みたいな上から目線の空気感はつくっておく。

 

 時間をかなり押していたため、先生の紹介や学科の案内なんかはクラスで行うことになり、若者たちは順番にホールを後にした。



「ごきげんよう」


 上級生に挨拶を交わしながら廊下を進む。

 おお! これが学校。

 青春のスタートを感じる。



 しかし、クラスに到着すると一変し、混沌が待ち構えていた。



「今日からこのクラスを担当する教授会のモルガンだ」


 クラスがザワつく。

 メガネをくいっと中指で持ち上げた。

 スカしやがって、いちいち癪に障る。


「静かにしたまえ。去年まで宮廷学院の教授をしていたが、縁あって君たちを導くことになった。例年クラスは四クラスだが、一クラス増えたために私が担う。それでは端から自己紹介をしてもらおう。では―――」


 

 今なんていった?

 五組は特別クラスなのか?

 

 教室自体に違和感はない。


 だが、どう考えても不自然な点が確かにある。


 まず俺の隣に堂々と座る金髪の孺子アル第四王子がいる。

 なぜ同じクラスなのかはわからないので多くは言いまい。


 しかしだ。

 前の席の細身のお姉さんと、その隣の飄々としたオッサン。

 なぜこっちに向いて座っているのか。


 二人だけじゃない。

 クラスの大半は学生服を着ている別のなにかだ。 

 

 

「拙者、訳あって名は明かせぬでござる。他者からは『忍』と呼ばれることがあるのでそう呼んでいただこう」


「私はクラウン。只のクラウン。顔は覚えなくていい」


「……私が名乗るのは対峙し、命を賭し戦う敵のみだ」



 次々とお笑い芸人のクラス仲間が増えていく。

 こいつら王子の護衛なのかもしれない。



「えっとジリアンです。ジルって呼んでくださいね、てへ」


 俺はまともな学生がいないこの空気に怯え、ウケ狙いを捨てざるを得なかった。

 自己紹介の後にスベって後悔するのではなく、普通にやってしまった自分に落ち込む。



「そのジルの知り合い親しい者のひとり、アルバート第四王子だ。さっきも言ったがこの学院にいりかぎり、家柄は一切関係ない。気軽にアルと呼んでほしい」


「「「承知しました」」」

「してないよね?」





◇◇◇



 その後は簡単な時間割や生活のルールなどを話し、午後はオリエンテーションだった。

 俺は一番楽しみなのは学食。

 いつでも無料で食える無敵の権利を持っている。

 その食堂がティナの報告通りマトモだったのは嬉しい誤算だ。


 翌日、貴族としての義務、ノブレス・オブリージュを再度学びなおすために丸一日をついやす。

 派閥を超越した観念はすばらしいもので、経済を回す腕、人を動かす脚、発展させる頭と道徳を貴族には求められる。身が引き締まる思いだ。

 


 だが学ぶ以前の問題がいくつかある。

 いろいろ物申したいことはあるが、目障りなのは俺の隣の少年王子だ。



「アル、いい加減にしてくれないかな?」


「え? どうしたのジル? 私が何かしたかい?」

「あんたが何もしていない・・・・・・・から怒っているんだけど?」


「えーー! どういうこと?」


 俺以上に無自覚がいると困る。

 とりあえず指摘していくことにした。


「”えー”じゃない! まわりを見てみろ! なぜ生徒なのにこちらを向いている!」

「それは……その……」


 俺は煮え切らない王子変わり、次々と名指ししていく。


「おい!そこのハゲ! 闘気が漏れてまくりで集中できない! 一流なら漏らすな! 動くな!」

 

「あんた、そう、あんた! 悪いけど刃を研ぐなら家でやってくんない? 煩いから」


 これは数人に言える。カシャカシャウルサイ!


「目の前のオッサンにオバサン! 私が動く度に懐に手を入れるのやめてくれないかな? こっち向いているだけでも集中できないんだけど!」


 一番許せないのは君たちだ。先生に失礼だろが!

 

「はぁはぁはぁ、これでも無関係と言えるのかね? アル」


「……す、すまない。しかし、彼らは私のために……」



 むむむむ。この王子を含め、お灸をすえる必要がありそうだ。


「煮え切らないなぁ! いいだろう。ここは私が解決する。おい、護衛たち! 表に出ろ! ……アルもだ」

「ぼ、僕も?」



 解決方法はいたって単純である。

 俺が王子の護衛を勤める実力があり、且つ彼らでは護衛が務まらなければいいのだ。



「『忍』さん、すみませんが今言った理屈が通るか、大至急あなたの上司に確認してもらえますか? 一番速いのあなたですよね?」


「……王子殿下、よろしいでござるか?」



「ああ、そうしてくれ。ことは急を要する、みたいだ」



 俺は呆然とする先生と少数のまっとうな生徒たちにくわしく事情を説明し、護衛を引き連れた王子の首根っこを掴んで広大なグランドに向かった。


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