幕間 ある性奴隷のケジメ2

side:エル


 ある日、私は西の村に巡察に出かけることにした。

 見習いの立場でも私はジル様直属なので比較的自由が利く。


 ある噂を確かめるべく、自警団の三名を借り村に向かう。

 きちんと先触れを一刻前に出し、のんびりと時間をかけその村に到着。



「これはこれは従士様、巡察ご苦労様です」


「出迎えご苦労。歓迎に感謝します。……本命はここではなく奥の村なので、明日の朝いちばんに失礼しますよ。どうかいつも通りに過ごしていただきたい」


「お気遣い感謝します」


 村の中を簡単に案内され、そのまま村長の家で軽い歓待を受ける。予告通り翌日、早々に出発した。


 噂には一切触れず、のんびりと歩く。


「エル殿、よろしいのですか?」

「ええ、そのまま行きましょう。下手を打つと危険ですから。それよりも予定通りに」


「はい」


 馬は私しか乗らず、馬牽きの者と間隔を開けて前後を挟んで二人を徒歩で追従させる。

 次の村へ向かうべく、完全に魔物が間引きされた安全な森をゆっくりと抜けていった。



◇◇◇



side:エスパニア脱走兵 ゾット


「巡察団は次の村に向かったようです。カイが確認しました」


「ふう。ギリギリ間に合った。先触れがなかったら危なかったな」



 俺たちがこの村に辿り着いたのは二か月前。

 元々は森を挟んで西にあるエスパニア王国の指揮官と兵士たちだったが敗戦の責を問われ、情けない話だが逃亡した。


 北の野蛮人ノーザンブリア王国どもの奇襲戦、俺の部隊がいた小さな砦は相手にされなず無傷だったため、囚われた貴族を救出するか、責任を取って身代金を払うか、兵士には酷な二択しかなかった。

 

 ところが普段から迫害を受けている我々の部隊はありえないもう一択を俺に選ばせた。そう、亡命という名の逃走。



 虐げられ続けた歴史で忠義心などない滅びの部族が集まったこの部隊は、毎度、前線をたらい回しにされ、真っ先に敵陣に突っ込む役を常に繰り返している。


 今回のエスパニアの措置で皆の限界が弾け、俺たちの人質家族は慮って集団自決した。



 枷が外れた俺たちは軍を抜け出し東を目指し、追手を撒くためフランゼール国境に跨る魔の森へ入るしかなかった。

 

 道中、多くの兵士が魔物に喰われ、逆に俺たちも食ってなんとか生き延びた。


 彷徨い続け、一年近くが過ぎたころ、百人近くいた俺たちは部隊は三十人に減っていた。


 そしてこの村に辿り着く。

 言葉は通じず、国も立場も違う。それでもこの村の人々は暖かかった。



 食事をいただき、仕事を任され、仲間たちも一時の休息を楽しんだ。

 中にはここに住みたいと言い始めた者もいる。



 だが俺はそんなに甘くないことを知っている。




 ある日、ここの領地の貴族が奥の村の視察をするためにこの村を通るというきな臭い前触れが訪れた。


 兵士たちは通過点に過ぎないことを知り、安堵していたようだだが俺は違った。

 すぐに兵士たちを集め、昔のように戦闘態勢と森への潜伏を命じた。


 俺もこの国の言葉を覚え始めたが、難しいことは話せず、同程度の村長の娘となんとか意思を交わせる程度。


「アナタタチニ、メイワクハカケナイ」


 村人たちは俺たちの痕跡を消し始める。

 どうやら俺たちの味方になってくれるようだ。


「……」


 それから半日ほどして、森の中をゆったりと馬上を進む金髪の女と前後を守る男たち三人が村へ到着した。

 あまりよく見えなかったが、田舎では出会うことのないあか抜けた印象と信じられぬほどの美しい顔をしていた。


 ただ違和感もある。

 周囲の男たちはいかにも厳つく帯剣をしていたがバランスは悪い。おそらく素人だろう。


 だが杞憂だった。

 彼女たちはその日しか滞在せず、用がなかったのかあっさりと早朝には村を出て行ったのだ。

 結局、警戒していた割にはなんら変わりなく村の日常が戻ってきたのだ。



「ふぅ。カイ、念のため、彼女たちを追跡してくれ。村長に御礼と詫びをしてくる。お前たちは引き続き手伝いをしてやってくれ」

「はっ!」



 村長の家のドアを叩くと、少し様子がおかしい娘が真剣な眼差しで俺の腕を引っ張り中へ導いた。


「何事で―――貴様! 行ったのではなかったのか!」


 腰には小型のナイフしかなかったが、この狭小ではこちらの方が役に立つ。

 抜剣すると目の前の金髪の美女は、驚きもせず両手を上げながら俺を見ていた。



「お初にお目に掛かります。私はフランゼ―ル国、ブライ伯爵家従士のエブリィと申します」


 女は見事なエスパニア語を操り、仰々しく貴族の礼を取った。

 

 どうやらまた難しい選択を迫られるようだ。

 強行突破は簡単だろう。

 だが、どこへいく?



「ご安心を。村長や村の皆はあなた方を売ったわけではありません。危害を加える気も罰則を与える気もありませんのでご安心ください。ただの噂を確かめに来ただけです」


「噂だと?」


 俺以外にもいることは気が付いているのに両手は上げたままで態度を変えない。

 すでに相手にイニシアチブを取られた。

 無手の女に手を出すわけにもいかず、俺は疑問を解消したくてたまらなくなっている。



「ええ。噂は二つ。『ここ一年、村に魔物の被害がない』と『森に獣が戻った』というものです。それぞれ各方面から集約したものです。ご存知ですか?」



「ま、待て、それだけでわざわざ見に来たのか? 誰かの手引きじゃ……」


 彼女はおかしそうに大仰に笑っている。それが演技だとしても、その奥にある冷めた空気感が気になる。



「それだけですよ。この村を含めたルートは魔物の被害が多い地域なんだそうです。人口が少ないとはいえ一年以上も被害がゼロ、ということは過去調べても出て来ませんでした。家畜にすら被害が出てないなんて……森に異変があった、とみるべきでしょう?」


「……」


 魔物の間引きは俺たちだ。

 この村に来るまで、そしてこの村を守るため、俺たちは魔物を随分と倒した。


「そこで、私の知り合いの凄腕の狩人に聞いたのです。獣が増えた、という噂でなく『獣が戻る・・』とはどういうことか、と」


「……」


「その人はいいました。本物の狩人や猟師は獣に悟られないように近づき仕留める。だから”減らす”のはプロ。獣を”散らす”のは魔物か素人、戻ったというなら散らした阿呆がいる、だそうです」


「そ、それが俺たちとどう関係するんだ?」


 答えは言わずもがな出ている。女が楽しそうにしているのは俺に付き合ってくれている訳じゃない、その凄腕の狩人に心酔しているように見えた。



「それらを推察すると獣を仕留められるほどの技術を持たず、散った獣が戻ってくるほど魔物を一掃する強力な能力がある、のではないか。私は訓練を受けた戦闘員の仕業、しかもエスパニアの脱走兵と結論付けました」


「なるほどな。それなら尚更従士様が僅かな供だけを連れてくるには危険じゃないのか?」


「ええ、その通りです。ですから前触れを出したのですよ。村長が脅されているようでしたり、違う者が対応した場合は軍を派遣するつもりでしたから」


「はははは! 完敗だよ。エスパニッシュエスパニア語も凄いな。同郷なのか?」

「どうでしょう。貴方はあのグランチェ族ですか」


「!」


「ご安心ください。この村の慈悲、振る舞いをみても分かる通り、ブライ伯爵家領には民族差別などありませんし、困った人に手を差し伸べ受け入れます。それよりも村長にご迷惑になるので交渉を急ぎませんか?」


「わ、わかった。他の者たちを集めてもいいか?」

 

 彼女は少しだけ思案した様子で続けた。

 俺たちの正体・・を言い当てられた。今更否定しても無意味だろう。



「いいですよ。結論は一つじゃないと思いますので」


 参ったな、何もかも読まれているようだ。

 



 俺は仲間たちを広場に集めた。村の住民も参加させたほうがいい、とあの従士が言ったからだ。


「それでは交渉を行います。私は両言語がわかるので包み隠さず平等に訳します。聞かれたくないことはあなた達だけの言語を使ってください。宜しいですね」


「ああ」


 俺はこの現状に至る経路を正直に話した。

 従士がどこまで村人に話すか分からなかったがすべて伝えたと感じた。なぜなら数人の村人たちは不安な表情をしていたからだ。

 それでいてここの領主も慕われているのか、複雑な表情を皆がしていた。


 まずは女に伝わるように現状を整理する。


「この村に来てから毎日偵察に出ているが、追手の影はない。だが絶対に追って来ないという確証はない」


「それについては大丈夫でしょう。失礼ですが出奔したのが貴方たちグランシェ族なので。迫害を受けている立場も村人たちに伝えて安心してもらっても?」


「痛み入る」


 彼女が伝えると明らかに安堵と同情の表情を何人もの村人が浮かべている。

 何か言いたいことでもあるのか、数人の親しい村民はこちらをみて頷いている。


「次にあなた達の処遇についてです。”他国兵士の亡命”は領主ではなく、フランゼール国の判断と国軍に任せることになり私たちは口出しができません」



 わかっていたことだ。わざわざ火種を抱えたくないだろう。ましてや捨て駒として使える俺たちを大義のためにいかようにも使える危険分子。


 村民を巻き込まないためにも早々に連行されたほうがいい。エスパニアより待遇はいいだろう。


「……相分かった。覚悟はしている。ただ助けてもらったこの村の衆に被害がないようにしてもらいたい」




 通訳してくれたのか、村人たちは騒ぎ始め俺たちの前に立ちはだかった。

 彼女に詰め寄る者もいる。

 それでも従士の女は表情一つかえず、淡々と何かを語っている。

 同じような話をそれぞれ問いただしている村民に伝えているようだ。


 一刻程俺たちはそのままだったが、村人たちはひとり、またひとりと農作業に戻っていく。

 一体何を話したのだろうか。




「待たせましたね。まず結論から。全員、商人になってもらいます」


「「「「はぁぁぁ?」」」」



「商人、っていったのか?」

「そうです。あなた達グランチェ族の元は流浪の民。大道芸人や商人、傭兵が多いですよね?」


「ああ、そうだが……」


 だからと言ってすぐに商人になることなどできない。俺たちは戦士だ。


「ごめんなさい、続きがあります。商人に扮して私の主に雇われて欲しいのです」

「あんたの主、伯爵様に仕えよと?」


「いえ、違います。伯爵令嬢のジリアン・ブライ様が創設される私団です」


「すまん、詳しく教えてくれ。よく理解できない」


「ではまず建前から。合法的な抜け道の提案です」


 彼女の説明によると、俺たちはこの国を跨ぐ前に兵士を辞め、農民になると宣言したことにする。

 村を興そうと開墾したが上手くいかず、流民になりどこの国かもわからぬ、ある村に辿り着く。

 

 この村で農民として暮らしていくことにしたが、近くの町で商人の見習い募集に応じて商人になることにした、という筋書きだそうだ。


 当然この村に残っても問題ないし、商人見習いになってもいい。

 だが一度は必ず建前上商人になる。

 

 そうすればこの村に迷惑はかからず、亡命ではないので国に徴収される心配もないそうだ。


「商人の真似事はしてもらいますが……私兵団と諜報部隊を創設します。その戦闘員になって頂きたい」


「はっきり言われるのは嫌いじゃない。だがそれも待遇次第だ」


 差別を受け続けている俺たちは温情には報いるが、忠誠を誓うばかなことはしない。すべては待遇と契約だ。


「衣食住すべて保証します。戦闘行為ですが現在は魔物中心、いずれ対人もあるでしょう。フランゼール金貨で最低月三枚お支払いします。戦闘の成果で別途報酬を出しますし、これは諜報部隊も同様です」


「「「おお」」」


 月三枚なら真っ当な暮らしができる。根城や飯もある。

 こんな上手い話、信じられるだろうか。



「信じ難いでしょう。ではあなた達がここに到達し、周囲の間引きした魔物の素材や魔石を即断で買わせて頂きます。それを最初の報酬としてお渡ししましょう。そして儲けの半分をこの村に寄贈します」


 この提案は凄まじく魅力的だ。

 大量の魔石と素材を金に換える手段がない。出何処がバレるとこの村が危ない。

 周囲の兵士たちも目の色が変わっており、すでにこちらに交渉の余地がないことに気が付いた。


「それだけではありません。ここでの定住を望まれる方のためにフランゼール語とエスパニア語の教師を半年間付けます。もちろん無料ですよ?」



 この一押しで決まった。

 この村に残る四人は村の娘たちやその両親に気に入ってもらっている。きっと定住し、幸せになれるだろう。

 俺は裏切りのない契約の世界で剣が振るえるなら喜んで身を投じる。


「来週、教師と商人がここに来ます。素材と魔石をその時に売ってください。街ではいつも以上に金を使わず、欲しい物があったら商人を使ってください」


 なるほど、羽振りのいい話をばら撒かない、金を自分の押さえている商会内で循環させるうまい忠告だ。


 契約書を交わしているときにふと疑問が沸いた。


「ところで朝出発したのをみた。うちの斥候の目を掻い潜り、ここにどうやってここに戻ってきた?」


 彼女は美しく微笑んだ。


「昨日晩、村長を説得し、金髪の村の娘さんをひとりお借りしたのです。村を出てる前に入れ替わり、あとは近くで探られないように隊列を広げて歩かせました」


 ふぅ。ここまで先が読まれているのは面白くないな。


「私は面白いです。……はい、これで契約成立です。楽しかったですよ。どうぞエルって呼んでください」

「はははは! 書類までエスパニッシュとはな。完敗だエル殿」



 こうして俺たちは後の彼女の信奉するジル様の私兵団、最初の兵士になった。



 当然だが、後に“国一番の誉”を受けるまで強く大きくなるとは、この時まったく予感もない。

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