第6話 エクスタシー

「僕と踊っていただけませんか。レディ」

「は?」


 俺の目の前に現れたのは、それはもう完璧なイケメンだった。まだ若いが某金髪の孺子こぞうのように線が細く黒服も豪奢、そしてなにより優雅だった。


 両親に意味不明のアイコンタクトを送ったが父は白目を、母は点になっているため、この誘いに乗っていいのか分からない。ていうか、どなたでしょうか。


「オホン」

「オホン」

「オホン」


 痺れを切らしたのだろう、彼とロッドの父、司会者までも咳払いをしている。

 周りの空気から察するとこれは受けるのが正解のようだ。


 ただこのイケメンに汚染されたのか周囲のテーブルのボーイたちはニヤけ、ガールたちは明らかに不機嫌になっている。

 俺たちに目もくれず母親に甘えているロッドくんの豪胆さが羨ましい。



「えっと、喜んで」


 俺はイケメンの手に乗せ、中央のフロアまで引かれていった。

 正直、かっこいいとは思うが顔スペックが高すぎて、はた迷惑以外の何物でもない。オッサンなので当たり前だけど。


 正対すると相手の礼に合わせカーテシーで応える。

 左手の動きに右手と右足を軽く合わせた。腰の後ろに存在を感じ、緩やかな奏でに身を任せる。


 俺をここまでリードする技量に正直驚いた。物凄く踊りやすい。

 十三歳にしてなんてスケコマシしで罪な少年だ。

 

 ビシバシと”嫌な予感君”が警報を告げる。



「ジリアン嬢だったよね、ジルって呼んでいいかい?」

「えっと、勘弁してください」



「あははは。面白いひとだね。僕はアルバート。アルって呼んで欲しい」

「ア、アル。よろしく。ところで貴方はどちらの……アルなんですか? 猛烈に嫌な予感はするんだけど」


「いい勘だね。アルバート・フォン・バルメア。この国の第四王子といったほうがいいかな」

「ははは、王子様とは。頬を引っ叩いてくれます?」


「あははは! 踊りながらできないよ。本物かどうか……鑑定持ちならしてみる? 本当は不敬だけどね」


 彼は器用に鑑定阻害の指輪を外してくれた。

 貴族はお互いの身分証明ができるように簡単な鑑定の指輪と逆に深堀を嫌う鑑定阻害の指輪をつけている。



「ステータス、アル王子」


 名前 :サキストラル・アルバート・フォン・バルメア(愛称アル)

 生まれ:1688年生まれ 13歳(男)

 続柄 :フランゼール国バルメア王家継承権6位

 種族 :ヒューマン

 職業 :王子

 状態 :興奮

 統 率:D

 武 力:C

 知 力:D

 内 政:D

 外 交:C

 魅 力:A

 魔 力:B

 スキル:礼儀作法5/帝王学3/火魔法3/身体強化2/弁舌2/毒耐性1

 ギフト:舞踏/魅了

 性 格:好奇心旺盛/好男子/親身



「僕はお眼鏡にかなったかい?」


「あーー本物でした。そ、それよりなぜ私なんですか?」



 王子に誘われたのは嬉しいが、俺が求めているのはリシュリューや北条氏康みたいな内政の鬼が欲しい。

 しかも”婿”限定。王子は重すぎる。彼とのおしゃべりは終わりだ。

 ここは無難な会話で乗り切るか。



「従者から君が今日一番の美女と聞いていたからね。周囲のゴリ押しさ」


「そのあたりは正直で好感が持てますね。……で、実物はどうでした?」



 貴族の子女の中から、一人を選んで躍るだけの余興の話は聞いていたがまさか俺が名指しされるとは思ってもみなかった。

 


「普通のなら泣いて喜び、ダンスにならないからしっかりリードしてあげなさいと師や母から言われていたのに参ったよ。思った以上に素敵な人だ。それに口は悪いけど舞踏がとてもうまい。ははは」


「……それはありがとうございます。私も楽しかったですよ」


 

 ターンが入り、ここで離れる。

 そして静かに終わった。


 万雷の拍手は鳴りやまない。嫉妬と怨嗟ももちろん含まれている。

 アル王子はそのままひな壇の前に俺を連れていく。

 鎮座する爺は祖父の公爵か? とお隣はアルの母親のお妃様? に礼をした。


「二人とも息が合った見事な舞踏、久しぶりに楽しめた。そなたは……ブライ卿の息女ジリアンで間違いないな?」

「はい、公爵閣下」



 ふぅ。たしなめはない。やっぱりここの主催、この国の重鎮、公爵と娘の妃で正解のようだ。

 俺のことを知っている時点でかなりヤバい。脇の下まで汗をかいている。染み出す前に早く逃げたい。



「ジリアン嬢、折角素晴らしいものを見せてくれたのだ、かわいい孫をくれてやるわけにはいかぬが何か欲しいものはないか?」



 周囲からどっと笑いが起きる。

 子供の余興として完成されているのはいい。なかなか趣があるし社交界って感じだ。

 

 たぶん、ここで所望するご褒美は王城から星空が見たい、とか、公爵家の花壇を愛でたい、とか? ありきたりに少女趣味を重ねたほうがいいのだろう。


 そんなものに興味はないし、美味いものが食べたい、果物増やせ、とか?

 あまりに夢がないのは却下だ。


 ひとつ候補があるとするならさっきから視界にちらちらと入ってくる刺激。

 気になって仕方がない。ぜひそちらを褒美に欲しい。



「公爵閣下。それではひとつ、迷える乙女の願いを聞いてくださいますか?」



「ふむ。聞こうか、夢躍る乙女よ」




「娘さん、王妃殿下を舞踏にお誘いしたい」


「へ?」



 しばしの沈黙。ダメか?



「「「「「わはははは!」」」」」



 大爆笑。

 笑いは止まらない。

 俺は真剣なのに。


 公爵の娘、現国王の第二王妃。アルの母ちゃん。

 

 傾国の美女、いや絶世の美女とは彼女にこそ相応しい。

 こんなに美しい方がいらっしゃるのに誘わないのは不敬だ。

 皆はなぜ誘わないのか。

 どう見たって一番のご褒美は王妃様だぞ。



 それにしてもなんて美しい人なのだろう。

 黄金の髪は豊かに流れ、付けている宝飾が彼女に寄り添う妖精にみえる。

 藍玉のような澄んだ瞳と僅かに濡れた唇。白い首に続く広く開いた胸元。

 高貴の中に俺を揶揄う余裕と聖母愛を感じる。

 まさに至玉、至宝。


 この女を抱きたい。


 性欲に体が伴っていないのが残念だが、抱きしめたい。いや抱いてもらいたい。頭をナデナデしてもらいたい。

 スケールダウンするなよ俺。



「お父様。このお嬢さんは本気のようですわ。わたくしでよければ喜んでお相手しましょう。因みに私は第二王妃ですのよ」


 俺の中ではNo1。王女様だ。

 当惑している公爵が僅かに頷く瞬間を見逃さなかった。



「ありがとうございます! 公爵閣下、第二王妃殿下をお預かりいたします。アル王子、お母様をお借りししますよ」


 今度は一斉に珍妙で奇抜な俺を哂う空気に混じり、下品さ、蛮勇を非難する声が飛び交う。


 ふふふ。羨ましいだろう? 罵声に隠れ、羨望の眼差しが増えていく。無視無視。



 俺は回りの雑念を払い、手を差し伸べ導く。

 正対し、カーテシーの彼女に合わせ、最高の礼で応えると周囲が静かになった。

 

 彼女は身長差を気にして大胆にヒールを蹴飛ばして脱いでいる。

 一気にボルテージは増した。


「だ、第二王妃殿下……?」

「うふふ。一度やってみたかったのよ。これでもまだ少しだけ高いですけど……少しはマシになったようですね。私を満足させないと名前は呼ばせませんわ。さぁ踊りましょう」



 俺はもうすでに感極まっている。

 美女に「踊りましょう」といわれたのだ。


 彼女の微笑に白眼や嘲笑などない。真心からの返礼だ。

 そして、この行為は身長差なんて関係ない。立場も関係ない、楽しみたいという彼女の宣言だ。


「手を」


 身体を寄せ、俺に預ける。

 上気した首筋が目の前に、豊かな胸は赤く染まっていく。音楽に合わせたのは最初だけ。あとは自然に任せる。

 薔薇の香り。触れる汗。環流に身を任せながら視線を絡め、ほころぶ笑顔は語り掛ける。


 楽士たちも俺に合わせ競う。

 王妃は音と俺に絡みつき、誘うように離れ、また煽情的に絡む。


「いいわっ! もっと!」


 喜悦が嫉妬を誘い、羨望がより眩く魅せる。

 淫猥な香りに気が付かせまいと乙女のように恥じらうが、俺の匂いだったのかもしれない。

 

 テンポは緩く、ときに激しく。

 情愛を込め、わざとらしく靡く指先をたたいてくる。

 

 彼女は天使のような微笑と女神のような慈愛、悪魔のような堕落した姿を俺だけに魅せてくる。

 会話は無粋、恍惚の、逝きそうな目をみれば分かる。


 時を忘れるが刻は早い。

 彼の地にみえる潮目に向かっているのは俺だけじゃない。


「ああああっ!」


 息が上がる。腰を引き寄せ呼吸をぶつける。

 最高潮を迎えてもまだ激情はたぎる。

 女の匂いがお互いから湧きたち、潮に溺れていく。


 いつまでもこのままで。


 やがて楽士たちから叶わぬ前触れが告げられる。

 音は先に静かに引いていった。


 余韻は引き寄せた身体を静めていく。

 俺たちも足を止め、呼吸を整える。




「はぁ、はぁ、はぁ」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」




 静寂と入れ替わるように耳障りな拍手と喝采が沸き起こる。


「見事!」

「すばらしい!」

「第二王妃殿下万歳!」


 俺も彼女への賞賛は惜しまなかった。

 言葉はいらない。

 余韻を楽しみたいから別れる。


 指を離すのが辛い。


 鳴りやまない拍手の中、感涙を溜め娘を讃えている爺と呆然としている王子、きゃーきゃー言っている女の子の側にいき、それぞれに礼をとり、ゆっくりと席に戻っていった。


 名を告げない第二王妃と最後に目が合う。戯れの時間は終わった。

 

 彼女はやがて母の顔に戻っていた。さすがだな。



 その後、全体的に落ち着きがなく、予定時間を大幅に超えたお披露目会は無事に終わった。

 

 ただ俺は数人の男の子と何十人かの女の子と踊る羽目になり、異例のトリまで務めさせられ、くたくたの状態で屋敷に戻った。


 何人か有望の男子は唾を付けておいたので後は両親に説明しながらお茶会で狙い撃ちすることにした。

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