第5話 お披露目舞踏会


「いいかい、分かることだけをしっかり伝えなさい。後は笑っていればいい」

「そうです。それと女の子らしく振舞うのよ?」


 その年の冬、俺は着たくないドレス姿を披露しに両親と共に王都へ向かった。

 秋に親族だけのプレお披露目を済ませた俺はなんとか及第点をもらい本格的に社交界にデビューすることになった。


 うちの領都ボルドから王都マレまでの往路5日の間に忘れてしまったもろもろの復習を両親と行っている。


「……はい、お父様、お母様」


 この五年という長き日を掛けて、俺は貴族言葉が巧みに操れるようになった、と思う。

 一人称でたまにボロが出て「俺」が出てしまうが、兄と弟のせいにできるので(どちらも一人称は僕だったが)、完璧に貴族の淑女の一員になった。


「背筋を伸ばし、一呼吸おいてからゆっくりと優雅にカーテシー。そして相手の目を見過ぎないで柔らかく挨拶。ジルは美人なのだから謙らないこと」


「そうだぞ。母さんに似て宝玉のように美しい。お前は今日の主役になれるぞ。黙っていればな」

「ひとこと余計です。ジルなら上手くやりますわ。でも口は閉じてなさい」



「わ、わかっているでおじゃるよ」



「わかってないわね」

「だめだ。引き返そう」


「冗談ですよ、冗談。貴族の嗜みってヤツです!」


 両親の心配もわかる。

 なんせ未来の旦那候補が決まるのだ。俺の最初にして最後の晴れ舞台。

 惜しみない愛情をこのオッサンに注いでくれる両親のためにも俺は政略の道具として受け入れた。 

 なんとか明るい未来を家族に渡してやりたい。



 領地は広大だが開拓する余力がなく、風光明媚な魔物の森が予算を圧迫させている。

 頼みの農業も産業もイマイチ振るわない。いいところなしの伯爵家なのだ。



 金がなければ面倒をみることができる寄子はできず、家令セバスの準男爵と騎士爵の従士が2名のみ。派閥への影響力は皆無で宮廷貴族以下だ。

 情勢に疎く日和見の姿勢が中立派と思われているだけだ。


 現在ブライ家は間違いなく最弱クラスの貧乏伯爵家。


 さらに後継ぎの兄と補佐役の弟が暗い影を落とす。

 武家は王国の騎士団の所属になり、引退後に自領に帰ってくるのが一般的だ。

 わざわざ王都までいって貴族の駆け引きと筋肉だけを鍛え、アホのまま帰ってくるのだ。


 このブライ家が衰退しているのもきっと脳筋のループに陥っているからだ。二人に領地経営を任せていたら俺に安寧は訪れないだろう。


 そこで俺の出番だ。



「まぁまぁ、落ち着いてください。最高の婿を手に入れてきますから」


「「……」」


 俺が両親と練った作戦はこうだ。『淑女の内なる美しさ顔にもの言わせて有効活用し悩殺し将来性のある内政値の高い男子とお近づきになるひっかける作戦』だ。



 両親が認めるほど俺は容姿端麗で絶世の美女になりえる良素材の美少女だ。黙っていれば。

 少々汚いと思うがグラビアポーズで次々と男どもを悩殺し、婚約を次々に申し込ませる。


 美人の伯爵令嬢なんて引く手あまた、ってやつだ。


 ただロリ〇ンだけには引っ掛からないように細心の注意は必要だが。

 俺は両親の慧眼と自分の鋭さに自信を深め思わずニヤけてしまう。


「もうすぐ着くわよ。……ジル、その悪い顔はよしなさいな」



◇◇◇



「アダム・ブライ伯爵、伯爵夫人、並びにご令嬢、ご到着でございます」


 歩きにくい野暮ったいドレスを摘み、絢爛豪華な主催の公爵の館を進む。

 ここまで我が家と違うと、もはや思うところもない。

 アットホームな狭小住宅にくらべるとここはもうイベントホールだ。


 この貴族たちの序列や家名を覚えている両親は心の底から尊敬に値する。

 いろいろ教わったハズなのに一歩ずつ忘れていくような錯覚を覚えた。


 今回は社交デビューの子女が多く、子供たちの負担を減らすためパーティ自体は着座方式になっている。当然俺みたいな無礼者が上位貴族に絡まないようにニアミス防止策はきっちりとされていた。


 要は力関係が同列同士、勝ちも負けもないよう、弱肉強食システムが絡み合った席次になっている。


「これはこれは! お久しぶりですなブライ卿。王都へはいつお着きで?」


 立ち上がって迎えてくれたのは多少勢いのあるなんちゃら伯爵家だ。


「おお! シュチュワート卿。ご壮健でなにより、田舎者なので先週早めに着いておりました」


「ははは。それはうちも同じ。息子もずっとそわそわしっぱなしで……おいロッド、こちらへ来て挨拶をなさい」


 そうそう、スチュワート家だ。

 そのロッドくんこと、金髪のそばかすチビがぐいっと前に出てきた。


「お初にお目にかかります。ブライ伯爵閣下。紹介に預かりましたシュチュワート家長子、ロドリック・スチュワートでございます。ぜひ父と同じようにロッドとお呼びください」


「ブッ!」


 口は禍の元だ。咄嗟に手で押さえたが間に合わなかった。


 何かの冗談みたいな歌手と同姓同名の少年は声まで似せて全力で笑いと取りに来ている。

 肩を揺らす俺を見かねた母が中座を申し入れた。


「あ、あらやだ、ジルったら。どうやら人に酔ったようね。少し席を外しますわ。おほほ」


 惚けている父とスチュワート卿、そしてロッド・スチュワートくんを放置して、俺は母に腕を引かれ化粧室に退避してきた。

社交界デビューは波乱の幕開けのようだ。



「もう! しっかりなさい!」

「すまな……ごめんなさい、お母様。やはり貴族は侮れません」


「シュチュワート伯爵家は勢いのある家なの。今回同じテーブルなのは僥倖よ。ロッド卿とお近づきになるチャンスなのです」

「承知しております。でもあれはあんまりです」


 母はまたため息を漏らすと、突然噴き出した。


「そうよね。確かにファッションセンスはないわ。ちんちくりんなのにスカーフ巻いちゃったら首が無くなっちゃうのに……うふふふ」

「同感です。当人の前で平然といられるお母様はやっぱりさすがですね」


「うふふ。コツがあるのよ。少し伏し目にして顎を見なさい。笑わずに済むわ」

「やってみます。ふー。もう大丈夫です」


 周りの目があるので女性らしく答える。

 だが全身薄緑のカビがはえたようなドレスの母もだいぶ酷いが黙っていた。




 お直しから戻ると丁度、ホストの挨拶が始まるところだったようだ。

 席に着くとロッドくんの視線が俺に刺さる。


 田舎者のアホなフリをするためにニヤけながら親指を立てた。

 あとメンヘラっぽく、変顔と涙を拭くフリでもしておこう。

 これでリカバリーはできたか分からないが、無事に彼からの冷たい視線が生暖かい視線に変わったのはいい兆候だ。


 杯を皆が持ったため、俺も急いで乾杯に備える。


「―――乾杯!」

「かっぁ! ……おほん」


「「「「「「「……」」」」」」」



 一斉に俺への視線が集中する。

 乾杯の合いの手を途中で踏みとどまったのは我ながらあっぱれだが、開眼したときのような雄叫びの『かっぁ!』はさすがに誤魔化しきれない。


 中身が宴会部長と呼ばれていたオッサンはカンパイの発声にすこぶる弱い。


「てへへ」


 案外、殺気を纏って睨んでいるのは父と母しかいないし、意外と大したことなかったようだ。

 周囲の目は気にせず俺はジュースのお代わりをもらうことにした。



 どことなく重ぐるしい雰囲気で食事がすすむ。

 ロッドくんとしか交わしてなかった(実際は交わしていない)挨拶を他の同席者と交わしていく。


 本日デビューするのはおしゃべり勘違い系のぽっちゃりケイトちゃん。

 清楚系だけど語尾がいちいち癪に障るドリル髪のメラニーちゃん。

 そしてロッドくんと俺の4人が同列ってことだ。みんな伯爵家らしいが……このテーブル、さっきから何か変だ。


 シュチュワート家に勢いがあるといっても、なんとなく寄せ集め臭がする。

 弱小お取り潰し間近の伯爵家TOP4が揃っているのではと錯覚させるに十分だった。


 まず身なりが地味で仕立てが酷い。

 伯爵たちの健康状態は武門の父はマシとして、みな貧祖な体躯で夫人達はあか抜けた人はおらず、白く着色しているせいか幽霊のようだ。


 席自体も中央から遠く、なんなら一部の下位貴族に上座を譲っているような場所だ。


「おほほほ。うちのメラニーは裁縫が得意ですの」

(自分たちで縫わないと着回せないからな。うちの兄も裁縫が得意だ)


「それはそれは。ロッドも妻の裁縫をいつも褒めている優しい子なんです」

(こいつはただのマザコンだと思う)


 もうほんとさっきから子供自慢が貧乏自慢に聞こえてしょうがない。

 うちも貧乏だがそれ以上に聞こえてくる。


「ジリアン嬢、君の得意なものはなにかな? 息子に聞かせてやってほしい」


 突如振ってきたロッドくんのお父さんに手本通りまずはウィットに返した。


「あ、はい。空気椅子です、なんちゃって」


「クウキイス? それはどのようなものなのかね?」


 真顔でロンパパにはじき返された。確かにこのギャグは寒いので若干命拾いした感はある。

 だがこの程度で俺の鍛えた貴族流儀は潰れない。かけひき、というやつだ。


「はは、大したことはござらぬ。架空の椅子を練り上げ、座位を維持する相伝体術で――」

「ほほう、体術を習っているのか。さすが武の誉れ高きブライ家だ。わははは!」


 なんて手強いんだ。

 俺までズルすべりじゃなか。

 マジで巻き込まないでほしい。


 スチュワート家確かにやり手だった。

 さて、どうする?


 両親はこの中でイキるのに忙しいし、俺はこのオッサンとしかしゃべってない。


 ここに座っていては内政値の高いお婿さんは捕まえるのは不可能。

 席替えはどうやってやればいいのだろうか。


 日本のように酒樽片手に注いで回ればいいのか?

 悪目立ちしないようにしなければならないが、テーブルを移るしか手はない。


 それにしても進行が遅すぎる。

 誰も酒を注いで回っていないし、酔っ払いもいない。

 ビンゴ大会ぐらいは企画して欲しかったが、なんせ異世界の飲み会は初めてだ。


「まてよ……」


 司会者風の男に向かってクルクルと手を動かし“巻き”のハンドサインを送ってみた。

 怪訝な顔をされたが、丁度進行するようで口の横に手を当てて大声で叫んだ。


「ご注目ください。本年、バルメア王家より二人の若人が皆様のお仲間に加わります。それではどうぞ!」


 彼が下がると後ろのひな壇に同じ年ぐらいの男女二人が登壇し、何かしゃべっている。

 マイクとスピーカーがないので何を言っているのかわからないし、良く見えない。

 まぁ、この席はそういうことだ。

 聞こえない時点でどうでもいいので、周りに合わせて適当に拍手を送った。


 途中、また乾杯が入り、楽士たちが演奏を強める。

 どうやら次は中央の広場で舞踏が行われるらしい。

 やっとイベントらしいイベントに心躍る。


 だがまずは上位貴族からで俺たち貧乏伯爵位はまだ暫くしてからだ。


 舞踏は俺も習ったが、女性側の動きはまだまだ未熟で逆に男性リード側はそこそこ上達している。足の運びが独特で武芸にも通じているのだ。

 やることがない夜中は舞踏の練習にぴったりで体術をはじめ、さまざまな有用なスキルの訓練にもなった。

 使用人たちの間で夜な夜な狂ったように躍る半透明の人影の目撃情報が上がっていたが……犯人は俺だ。



 皆が動き始めたらこっそりあげまん男子を鑑定し、内政値の高そうな男子の青田刈りを敢行しよう。作戦の詰めを脳内でシミュレーションしていると突然周囲のざわめきに気が付く。



 何事かと思って皆の視線の先を追うと目の前に美顔の金髪の少年が立っていた。

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