KAC20245 君たちと幸せに

狐月 耀藍

KAC20245 閑話㉝:君たちと幸せに

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2024.3.18

KAC20245特別企画!

第743話:生きるよろこびのうた の続きです

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 日差しも柔らかく、まさに春を感じながら行われた結婚式。

 俺は二度目だから比較的、慣れたものだったが、リノもフェルミも、ずいぶんと緊張していた。


 特にフェルミなんて、それまでに何度も練習したというのに、何度言葉を噛んだことか。いつも飄々として俺をからかってばかりいる彼女だけれど、こういう時に、その繊細な神経が見て取れた。


 無事に結婚式を終え、披露宴。リトリィとマイセルとの三人で執り行ったときと同様に、満開のシェクラの木の下に設置した抽象画のような神像の前で、永遠の愛を誓う。


 今度はリノとフェルミ。小さなリノと長身のフェルミが並ぶと、なんだかひどく、イケナイことをしているような気分になってくる。


 いや、大事にすると決めているのだから、何の問題もない……はずなんだけど、みんなも祝福してくれてるんだけど、うむ、なんというか、こう、ついに踏んではいけない線を踏み越えてしまったような。リノの身長的に。


「ふふ、ご主人。ステップがお上手で」

「フェルミ、お前、こういうときにまで冷やかすなよ」


 冷や汗をかきながら、披露宴のダンスを踊ったものだ。リトリィには振り回されるように上手く踊らせてもらえたし、マイセルも上手だから、うまいこと俺の足を避けながらステップを踏んでくれたけど、フェルミもなかなか上手なんだよな。結局、一番下手なのは俺なんだ。


 リノなんて、なんだか小学校の親子参観のような身長差だからどうなるかと思ったら、心配なんて全くの杞憂だったというか……ええそうですとも! 屋根の上をぴょんぴょんと飛び越え、高さ三十メートルの石壁をヒョイヒョイ上り下りする彼女が、ダンスが下手なわけがなかったんだ。


「おっちゃん! リノに振り回されてんじゃねーよ!」


 リノの姉貴分のニューが、ヤジを飛ばす。ええい、お前はもう少し女の子ってことを自覚しろ、いつまでスラムの浮浪児のような言葉遣いなんだ! 兄貴のヒッグスを見習ってだな……!


「おっちゃん! 大事な妹をくれてやるんだから、もっと踊りくらいしっかりやれよ!」


 ヒッグス! お前なあ! むしろ俺が彼女をだね……!


「なんだよ! リノを嫁にやるんだから、オレがおっちゃんの義兄アニキになるんだぜ!」


 ニッと笑ってみせるヒッグス。

 ……考えてなかったっ! 俺はヒッグスを、こんな中学生だか小学生だかの少年を、今後、義兄として扱っていかなきゃならないってことなのか⁉︎


「へへ、そーいうわけでよろしくな、おっちゃん!」

「監督ー! 若い嫁をもらうってことは、そういうことっすよー!」


 くそう、ひよっこどもまで一緒になってゲラゲラ笑いやがって!




「えへへー、楽しかったぁ……」


 実に楽しそうに何度もいろんな爺さん婆さんと踊り、食べ、披露宴を存分に楽しんだリノ。どこか目もトロンとしてきている。瞳が赤みがかっているように見えるのは、今夜が獣人族ベスティリングの恋の夜──藍月らんげつの夜だからだろうか。夜も更けて、いよいよ、今から初夜を迎えるのだけれど……。


 ──リノを抱くのか? あの小さなリノを? これから?


 凄まじい罪悪感が募ってくる。いくらなんでもリノを抱くのはアカンような気がしてならない。

 だがマイセルなんて、「今夜こそ逃しませんよ? 私だって、結婚式の夜にようやく抱いてもらえて、ホッとできたんですから!」と、宣言していたくらいだ。さすがに逃げようがない。


「当たり前です! リノちゃんはずっとムラタさんのお嫁さんになれること、楽しみにしてたんですから! 私は今夜はいいですから、リノちゃんを抱いてあげてくださいね!」


 もちろん今夜は藍月らんげつの夜なんですから、お姉さまもフェルミさんも、しっかり抱いてあげてくださいね、と釘を刺す念の入れようである。マイセル、君はしっかり者すぎるよ……。




 ──で、こうなった。

 すやすやと、広いベッドの真ん中で、俺の服の裾をしっかりと掴んで眠っているのは、今夜このベッドの主役の一人であったはずのリノ。


 一日、緊張と歓喜の中ではしゃぎ続けた彼女は、藍月らんげつの夜であるにも関わらず、睡魔に勝てなかったらしい。一応、起こそうと声をかけてゆすってもみたのだけれど、起きる気配がない。


 まだまだ彼女が色気より食い気、ヤル気より眠気な少女であることを、改めて実感する。


「──どうする?」


 苦笑いが込み上げてくる俺に、リトリィもフェルミも、顔を見合わせて同じように苦笑する。


「起こしても起きないのですから、リノちゃんは、また後にしましょうか?」

「ご主人がどうしたいか、じゃないスか?」


 どうしたいかと言われたら、そりゃ、うん、まあ……。

 今夜抱かなかったとしても、いずれは抱くのだ。なにせ、この微笑みすら浮かべながら気持ちよさそうに眠っている少女は、俺の妻となったのだから。


「……今夜は、起きてくれば、その時に考えようか」

「それでいいんスか? マイセルが怒るっスよ?」

「いや、なんでそこでマイセル」

「だって、マイセルはず〜っと、ご主人に抱かれたいって思いながら、すれ違い続けて、三夜の臥所、ついに処女のまま終わっちゃったんでしょ? 普通なら三夜の最初に抱かれてたはずなのに」


 思わず「い、いやそれは……」違う、と言いかけて、言えなかった。

 リトリィに遠慮してこの世界の風習を踏襲せず、結婚式までマイセルを抱かずにいたこと、確かに自分自身、ほっとしていたのだから。


「そりゃ、ずっと不安だったに決まってるじゃないスか。そんなことをされたマイセルっスよ? 同じように放置されてきたリノちゃんへの同情は、そりゃあ強いってもんスよ」


 放置。放置って、そんなつもりはなかったんだよ!


「……でも、無理に起こしてもかわいそうだとは思いますから、だんなさまのよろしいと思うようになさってください」


 リトリィが微笑みながら言う。


「……わたしたちが愛し合っている間に、起きるかもしれませんし」


 あ、そっち。

 ギシギシ揺れるベッドが目覚ましになると。

 その意図を察して苦笑した時だった。


「だんなさま……」


 リノの声だった。「起きたのか?」と見ると、彼女は眠ったままだった。

 ただ、リノの目元には、一筋の雫の跡が見えた。

 泣き出しそうな寝顔。


「リノ……?」

「……はなさないで……」


 そして、きゅっと、俺の服の裾を掴む手に、力が込められる。

 どうやら、あまりよろしくない夢を見ているようだ。


「……離さないよ、リノ」


 そっとその小さな手に、自分の手のひらを重ねる。

 リノが少しだけ体を動かし、寝顔がほんの少し、微笑みを浮かべたように見えた。


「ふふ、リノちゃん、少し、顔がおちついたみたいですね」


 隣から覗き込んでいたリトリィも、ほっとした様子だった。


「わたしも、だんなさまに幸せにしていただけました。リノちゃんも、幸せにしてあげてくださいね?」


 リトリィの言葉に、俺は頷く。

 俺に拾われるまで、ヒッグスとニューとリノは、三人でともにギリギリの生活をしているストリートチルドレンだった。リノは親によって売られ、捨てられる経験もしている。


 離さないよ。離すものか。


 リトリィ、マイセル、リノ、フェルミ、そして、子供たち。

 君を、君たちみんなを、必ず、幸せにしてみせる──いや、一緒に幸せになってみせる。

 今よりも、もっともっと。

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