第1章 ポルト・ブレイザー

第6話 海賊令嬢と山賊

 ガタゴトガタゴト……。


 ボクはアイリス様と二人、馬車に乗ってポルト・ブレイザーへ向かっている。アイリス様は当然のようにボクの正面に座っている。


 義父となるゴンザーガ侯爵は前を走る馬車に乗っている。


 アイリス様に視線を向けると、アイリス様は微笑んでくれた。頭に血が昇るのを感じ下を向く。ボクといて何が楽しいのかよく分からないけど、苦痛を感じてなくて良かった。でも、心臓に悪い。どうしてこうなったんだろう……。


 ◇◆◇

「アイリス様と同じ馬車ですか? そんな……」


「何? 私と同じ馬車じゃイヤ?」


「そんなことあり得ません!」


「じゃ、いいじゃない」


 そう言うとアイリス様はボクの手を取って馬車に入ってしまった。ボクも促されるままに馬車に乗ってしまい今に至る。


 こういう場合、男が先に乗って女性に手を差し出すのがマナーなのに……逆じゃないか! 形だけでもアイリス様の婚約者らしくしなければならないのに……!


 よし! 前世で読んだ異世界ファンタジーではこういう時に山賊とか暗殺者が来る話があったはず! ボクがアイリス様の盾にならなければ……。


 と思っていた時期がボクにもありました。



「イアン! 貴方は中に居て! 今の貴方では足手まとい!」


 山賊らしき集団に囲まれたとき、アイリス様はそう言って馬車の外に出て行った。


 紐に重りを結びつけたような武器を振るって、アイリス様は山賊たちを転倒させ、転倒した山賊たちを騎士たちが取り押さえている。


「汚物は生け捕りだーーー!」


「ゴンザーガ侯爵家を舐めんじゃねーーー!」


「ヒャッハー! 何だそのヘッピリ腰は! ヒャッハー!」


 こうして現れた山賊たちは護衛の騎士(?)たちにあっという間に拘束されて、今では馬の代わりに馬車を引いている。


「おらぁ! アリの方がまだ速いぞ!」


「頑張り次第では縛り首だけは勘弁してやる、とお嬢からのお達しだ!」


「ヒャッハー! そのかわり、3年間うちの奴隷だ。ヒャッハー!」



 うーん? どっかで聞いたことがあるノリだな……。ゴンザーガ侯爵家は海賊から成り上がったから、海賊の気風が抜けていないって話は本当だったんだな。アイリス様もノリノリだったし。

 そして、そんなアイリス様にボクの眼は釘付けになっていたんだ。



 ◇◆◇

 少しやらかしてしまったことを後悔しつつ、私は正面に座るイアンを見る。特に気にしていない様子に安心する。

 いや、さっきよりも顔が赤い。荒事には慣れていないのかも知れない。


 山賊の襲撃に遭った際に私と父は騎士たちを指揮すべく外に出た。イアンにはまだ早すぎるし、イアンの実力が分からない状態ではこちらの動きに支障が出るので馬車にいてもらった。


 手袋をはめ流星垂で山賊どもを転倒させる。

 私の流星垂は紐に金糸、銀糸、鋼線、母の髪を香油に浸してからり合わせ、両端には隕鉄を含んだ鋼で作られたおもりが付いている。

 この隕鉄は、かつて勇者たちが大悪神と戦った際に召喚された流星の欠片だと云われており、私のお気に入りの武器だ。


 イアンが馬車にいるということもあり、張り切り過ぎたのだろう。私も含め、父も配下たちも本性が出てしまった。


 一応、貴族ではあるが、ゴンザーガ侯爵家の本領は海にあり、その本質は海賊のままなのだ。このため、王都の貴族たちから海賊扱いされることに対しては事実を言われているに過ぎない。


 まあ、必要に応じて貴族らしい立ち振る舞うことができるが、正直肩が凝る。たまに貴族の位を得るべく行動を起こした先祖を恨めしく思うこともある。先祖がポルト・ブレイザーを占拠せず、一連の謀略を駆使しなければ、今頃私は何も気にせずに海で気ままに生きているというのに。


 しかし、貴族として領地と領民に責任を持つ立場になってしまった。それが煩わしいからと出奔するには、私は生まれた地と周りの者たちを愛し過ぎている。


 近頃、ゴンザーガ侯爵家の力を削ごうという動きが出てきている。このため、中央の貴族との関わりを持つために結ばれたのが今回の婚約だ。まあ、私の両親とイアンの両親の様子を見る限り、他の婚約者候補たちは目眩しで初めからイアンと婚約させるつもりだったのではないかという疑念が湧いたのだが。


 今のところ、婚約者のイアンからは悪い部分は見当たらない。歳の割に落ち着いているし、私を尊重しようという意志が言葉の端々から窺われる。私との婚約が決まってから、勉学・修練を熱心にしているという話も聞いている。婚約が決まってから今日まで忙しかったというのに。


 そんな彼に私たちの本性を垣間見せたことで彼の私の見る目が変わることが少し怖かったが、私が恐れていた変化ではなかったようで安心した。


 ただ、イアンの顔が赤い。それが気になった私はイアンの隣に座り、手を額に当てる。


「イアン。顔が赤いようだけど……、熱はないようね」


 イアンに熱がないことに安心した私に悪戯心が芽生える。


「疲れが出たようなら眠りなさい。私に寄りかかっていいから」


 そう言って私はイアンを私の肩に寄りかからせる。


「ア、アイリス様……!」


 明らかに狼狽したイアンを見て私は悪戯に成功した子供のような気持ちになる。


 ガタッ


 バランスが崩れ私たちは軽く抱き合う形になる。私たちは手を繋いだり、額に手を当てるというようなことはしているが、抱擁まではしていない。イアンが顔を赤くして避けるからだ。

 私もそういうことは雰囲気のある時にしたいと思っているので、揶揄うに留めている。私が抱きつくそぶりを見せると見ていて面白く感じるほど狼狽するのだ。だから、もう少し先でいいと思っていたのだが……。


「ア、アイリス様、も、申し訳ありません!!」


 思った通りイアンは狼狽している。それを見て私は思わず笑ってしまう。近い将来、これ以上のことをするというのに、これくらいで動揺していては何も始まらない。しかし、これも悪くないと思いながら、イアンの手に私の手を添え、自分でも分かるくらい楽しそうな笑顔をイアンに向けていた。

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海賊令嬢との日々 万吉8 @mankichi8

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