第6話語り手は程昱へ。殿、それだけですか?

 おれと呂布は曹操を追い払った。

 領土をおれたちに奪われたので、やつは袁紹を頼るそうだ。

 だから今は飢饉の対応が忙しいが、戦はしていない。できないよな。

 そんなわけで、おれは呂布のお守りをする。

 なんかこいつ、ほっとけないんだよな。

 今だって、おれの隣にあぐらをかいて、いなごが砂嵐みたいに空を飛ぶところをじーっと眺めている。

「なあ、陳宮」

「何だ、呂将軍」

 こいつがおれを姓名で呼ぶのは、おれがやつに従っているからだ。

 呂布はいなごの大群を見たまま、一人言のようにおれに言った。

「おれは、おれの領土を、もったのだな」

「そうだ」

「おれに、治められるだろうか」

 おれは笑って、答えてやった。

「おまえはただそこにいればいい。おまえがいるというだけで、周りは怖がって攻めてこない」

「しかし、調練をできていない」

「いなごの害が治まったら再開しろ」

「おまえは何をするのだ、陳宮?」

 おれは呂布を見て、なぜか、ほほえんだ。

「戦の他の全てを」

 呂布が安心したような笑みをおれに見せる。

 曹操の前にいた時には感じたことのない何かを、またおれは感じた。




 ここからは、曹操の周りに視点を移すことにしよう。

 その前に、やつのもとにどんな連中が集まってきたかを話さなくちゃな。

 程昱、荀彧、郭嘉なんかがそうだ。

 程昱は曹操が呼んだんだ。話してる内に意気投合したっておれは聞いてる。

 荀彧や郭嘉は、袁紹のもとから曹操のところへ来たんだよな。


 程昱はまあ、でかい。

 身長が高いって意味だ。

 頬からあごにかけて生やしてるひげなんか立派なもんだ。

 声もどっしりとしている。そんな声で言うもんだから、「今日は天気がいいな」なんて雨の日に言われたとしても「おっしゃる通りですね」なんてうなずきたくなる。

 おれはあまり、話したことはない。

 気おくれするんだ。

 おれはどうも、見た目が立派なやつの前にいると、自分がみじめに思えてしかたがなくなる。

 さて、ここからは、程昱に語ってもらうことにしよう。





 わしの名は程昱、あざなは仲徳だ。

 たった今、陳宮から、語り手を交代した。

 陳宮、おまえは、呂布にくら替えすると思っていたよ。

 おまえはいつだって、今いる場所で、一番目立つやつの隣にいたいと考える男だからな。

 おまえがどれほどのことができる男かなんて、わしには正直、わからん。

 しかしおまえが考えていることは、おまえの都合だけなんだ。

 おまえにとってわしは「老いぼれ」だろうな。

 だがな。

 年を食ってるというのは、それだけでもずいぶんと、起きた物事に対して選ぶ道を、若い連中よりも少しだけ数多くもてるということなんだ。

 だから今、目の前に、火傷を負って、甲冑も戦袍も汚れて、すっかり意気消沈した君主がいたとしても、その立ち直らせ方やなだめ方、少し元気になった時の尻の叩き方だって、若い文若――若い同僚、荀彧のあざなだ――よりは二つや三つ、思い浮かぶんだよ。

 おいおい。

 董卓討伐の義勇軍を集めたのは、おまえさんだろう?

 三十万人余りいる青州兵を率いているのは、おまえさんだろう?

 それが今はどうだ。

 文若なんか一緒になって涙ぐんで困ってる。かける言葉もないという感じだ。

 わが主君は、わしたちに、顔を上げて、言った。

「ご苦労だった。よく、守り抜いてくれた」

 文若が目頭を押さえた。

 そこでわしは殿に、わざと無愛想に言った。

「それだけですか」

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