花簑、ないで

藤泉都理

花簑、ないで




花簑はなさ、ないで」

「あるだろうが!クソババア!」




 蓑。

 かや、すげなどで編んだ雨や雪を防ぐ外衣。

 音読、さ、さい。

 訓読、みの。


 花簑はなさ

 花を編み込んだ蓑。

 あの世の住民がこの世に行く時に必要な物。




花簑はなさ、ないで」

「もう!」


 私は地団太を踏んで、もう一度花簑婆はなさばばあの耳元で怒鳴るように言ってやったが、まるで聞こえていないのか、花簑、ないでとしか言わない。

 そのくせ、他のあの世の住民には、さっさと花簑を渡すのだ。

 もしや、金が必要なのか。

 無料だと謳っているくせに、がめつい婆だ。

 けれどここはあの世だ。

 金などない稼ぐ術もない。

 もしや、金ではないのではないか。

 石、か。

 石なら山ほどあるからな。

 ただ、こんな山ほどある石を花簑婆がほしがるだろうか。


「あ~~~もう!今日は彼岸の入りなのに!あいつの!」


 誕生日だから、幸せな姿を見たかったのに。

 もう花簑婆から剝ぎ取ってしまうか。

 生まれた凶暴な思考のままに動いてしまおうか。


(………いや。これは私の問題か。私が悪いから、花簑婆は花簑を渡さないだけか)


 私は寝転がって、花簑婆を見た。

 花簑婆に花簑を手渡されるあの世の住民たちを見た。

 この世へ行けるからだろう。

 誰も彼もが嬉しそうにしている、穏やかにしている。

 私のように苛々している者など一人も。


(そうか。苛々しているのか。私は、)


 幸せな姿を見たい。

 そう思っている反面、私が死んでいるくせに幸せになっているあいつを見たくもないのだ。


(やっぱり、この世に行くな、という事、か)


「花簑婆。あんたが正しかったよ」


 私は花簑婆の肩を軽く叩いて、立ち去ろうとした。が。


「んあ?」


 いつの間にか、私の手は花簑を掴んでいた。

 私は勢いよく振り返って花簑婆を見た。

 気のせいではない。

 行って来いや。

 花簑婆はとってもいい笑顔で言っていた。


「いや。行かねえって決めたから行かねえし」


 私は花簑を三途の川へと投げ捨てた。

 はずだった。






「くっそ。花簑婆め。帰ったら覚えてろよ」


 私はあいつの笑顔を見ながら、花簑婆にあらゆる悪態を吐いていたのであった。











(2024.3.17)



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花簑、ないで 藤泉都理 @fujitori

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