第十九話 誘拐


 

 目が覚めると、そこは暗闇の中だった。でも、何も見えないと言う訳ではない。目の前に人影が見えるのだ。

 その人影を眺めていると、暗闇が少しずつ明るくなっていく。と言うか、目が暗闇に慣れたのだろう。


「あ!起きた?」


 目の前の人影がこちらに近づいて来る。

 そして、そいつは近づいて来る事でだんだんと姿がはっきりしていく。


「あ……さっきの………」


「そうだよ!私だよ!」


 聞き覚えのある声、薄紫色の透き通った色の髪に、右目が黒で左目が白のオッドアイ。そして、俺と大差ないくらいの身長。

 見覚えのあるその姿に俺は声が漏れる。

 そう、目の前にいるのは先程抱きしめて来た少女だった。


「あの、…ここ………どこ…?」


「ここは私とあなたしかいない楽園だよ♪」


 そう言って、彼女はじりじりと近づいて来る。


「ひぃっ!……」


 俺は恐怖を感じて後ろに後退りをしようとしたら、ジャラッと金属の鎖がぶつかる様な音がした。

 恐る恐る音のする方向を見ると鉄の鎖がベッドの端から自分に繋がっており、逃げ場をなくしていた。


 ………てか、楽園だよ♪じゃね〜よ!ここ、どこだよ!


「安心してね〜!大丈夫だから〜♪」

 

 大丈夫じゃ無いし!自分の目を見てから言ってくれ!それは!俺は心からそう思う。

 その少女の目にはハイライトが入っておらず、やけに不気味な笑顔を浮かべている。


「ううぅぅぅ!」


 俺が鎖の根本を引っ張ると、いとも容易くベッドから鎖が離れ落ちる。

 それを見た少女は驚いて一瞬固まった。何故ならば、自分と同じくらいの少女にそんな怪力が出るとは思わなかったからだ。


「え………」


「あ……ごめん」


 普通の人ならここで逃げ出すと思うのだが、レイは違かった。レイは逃げ出す事よりもベッドを壊してしまった事の方が脳内を占めており、どう謝罪すれば良いのか等を考えていた。


「あ…うん。」


「本当にごめん!」


「うん……。いいよ。」


「あ…あぁ……うん。」


 心が絶望の海に沈んでいく……。どうすれば彼女は許してくれるだろうか。彼女は良いよと言ったが、きっと内心は怒っているのだろう。声でわかる。


「本当に!ごめん!弁償でも、何でもしますから許してくだい!!」


「……わかった。弁償してもらう。」


 よかった。彼女は弁償を後回しにして忘れた頃に「払って」と言う面倒くさいタイプでは無い様だ。


「それで……何円なんでs「体で。」…え?」


 うんうん、きっと俺の聞き間違いだろう。そんな台詞、こんな少女から出ると思わないからな。


「で、何えn「体で(圧)!」……え?」


 最悪な事に、聞き間違いでは無いらしい。

 そうか、彼女もまた魔族だったのだろう。きっと、彼女は俺の事を魔族だと知っていて、俺の素材を売るために体で。と言ったのだろう。ただ金を払わせるだけでなくその部位を使えなくするために────


「…………どこの部位ですか?」


「え?部位?」


「腕ですか?足ですか?それとも………は!」


 急に俺はある事実に気づいてしまった。

 俺って被害者だから賠償しなくて良いのでは?

俺って、初対面でこの少女に誘拐されている訳だし、俺の方が被害者だよね。しかも、別にベッドを少し壊しただけだし悪くは無いよね。


「えっと、どうしt「さようなら!!」」


 俺が被害者だと分かれば、後は簡単だ。

 もう一つの鎖も空いた手で破壊し、即座に立ち上がる。そして、壁に向かって体当たりして破壊をする。

 破壊した所から太陽の明るい光が見えて来たので、俺は外へと駆け出した。この間、僅か3秒の出来事である。


「え、えぇ………」


 少女は今起こった出来事やレイの急な態度の豹変を理解できず、物理的にも、精神的にもその場に取り残されてしまった。




***





「レイはどこに行ったの………。」


 現在、胡桃は家にレイが居ないことに気づき、レイ探しを初めて2時間が立っていた。

 既に、冒険者組合、ダンジョン前、服を買った店の前、全ての心当たりのある場所を探しているが見つかっていない。焦りと同時に不安が溜まっていく。


「レイ……。もしかして、僕を探しに出て行って……」


 レイは僕を探すためにすれ違いでダンジョンに入ったのかも知れない。そんな予感が胡桃の脳をよぎる。

 

「……行かなきゃ。」


 そして、僕はダンジョンに向かって走り出した。そこでレイが一生懸命、僕を探しているかも知れないから……


 走ること20分。僕は、視界にダンジョンの入り口が映し出される距離まで近づいた。


「きっと、この中に…」


 僕が再び、ダンジョンに入ろうとしたら横の焼けた木々の中から何かが走り出して来た。

 受け身を取ろうとしたが、それは予想以上の速度でぶつかって来た為、上空に体が吹き飛ばされる。


「ぐはッ!!ひ、ヒーrヴッ!ッッッ!!」


 上空でヒールを唱えようとしたができなかった。

 ニュートンのゆりかご、とでも言えばいいのだろうか。衝突した時の速度が僕に乗っている為、地面に足がつくことはなく、そのまま後ろの木に衝突する。


「……げほッ!ごほッ!」


「あ、あ、あぁ……ごめんなさい!ごめんなさい!」


「ヒール……」


 僕はヒールを再び唱え、怪我を治す。

 そして、ぶつかって来たであろう声の主の方を向く。


「あ、あの、ごめんなさい!」


「えっと、レイ?」


「え?あぁ!胡桃いた!!」


 その声の主はレイだった。


「レイどこにいたの!心配したよ!」


「私の方が心配した!レイ!どこに行ってたの!」


「ごめん。ちょっと出掛けてた。」


 レイにどこに行ってた。と聞かれても正直に答える訳には行かない。「レイのために強くなりたかったからダンジョンに行ってた。」なんて言えばレイがより辛くなってしまうだけだから……


「それじゃあわからないよ!」


「じゃあ言うよ!レイの仲間を探しに行ってたんだよ!」


 僕はここで人生初めての嘘をついた。でも、それは悪いことだなんて思ってもいない。逆にここで隠せればいいことだと思ってもいる。


「……それなら、一緒にしたかったのに……。」


 でも、レイのこの一言で嘘をつくのはもう2度としないと自分に誓った。理由は簡単。レイが悲しそうな顔をしているからだ。


「…じゃあ、明日一緒に探しに行こうか。」


「明日じゃない……。仲間が見つかるまで…、じゃ無いと許さない。」


「……わかった。」


 一ヶ月間、ダンジョンに潜ろうと考えていたが、レイにも悪い事をしてしまった為、仲間が見つかるまで一緒に仲間を探す約束をした。これは僕への罪だ。


「所で、レイはどこに行ってたの?」


「えっーと、私はッ…………」


 レイが話し始めようとした時、レイは急に後ろを振り返った。


「レイ?」


 レイは僕の声に無反応だ。更には、後ろ向きの状態で、後ずさるかの様にこちらに近づいて来た。

 まるで、何かに怯えている様に……


「レイッ!!!」


 自分でもビックリするくらいの大声で、レイを呼び、レイがこちらを振り向いた瞬間、レイの手を掴み、その場から走り出す。

 あの時、怯えたレイの見ている方を見たら、誰もいないはずなのに強い殺気が感じられたからだ。


「レイ!僕がいない間!何があった!?」


「誘拐?」


「ちょっ!?その話、後で詳しく聞かせてもらうからね!!」


 そして、僕とレイは全速力で走って家に向かうのだった。しかし、それが悪手になるのを僕は予想していなかったのであった。

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