第31話 恋の大会

 ラトレイアーと戦った数日後の放課後。

 歩美たちは事務所で頭を抱えていた。


「雪ちゃんたちが戦ったと言っていたラトレイアーのメンバーは全員焼死体で発見された」

「おそらくは、フォリーと同じで、自爆したのか。これじゃ、生け捕りで情報を吐かせるのは無理だね」


 紗季さきがコーヒーを入れながら言う。そのコーヒーを見ながら、歩美あみが悲しそうに俯いた。


「初めての志望者かな。月城さんと薬研さん。薬研さんのあの顔の火傷の理由、今度聞こうと思っていたのに」

「景音くんに聞けば答えてくれるんじゃない?」

「彼なら、 今マスターの店にいるんじゃない?きっと、雪と二人でお互いの過去でも語り合ってるでしょうよ」


 紗季がコーヒーを飲みながら言う。

 歩美がパソコンを開いて言った。


「でも、しばらく雪ちゃんも、景音くんもラトレイアーにかかわってこないだろうしね。ラトレイアーのメンバーもなんとなく察したはずだから」


 パソコンのキーボードを素早く打つ。その様子を見た紗季が不思議そうに歩美に問う。


「何してるの?」

「いや、FBIについて調べてるの。死亡した人とか、いないかなーって」

「そ。でも、普通に調べたって出ないわ。弟に頼んでおこうか」

「そっか。紗季ちゃんの弟、公安警察だね。頼んでいい?」

「ええ」


 歩美の座っている書斎机の上に先ほど入れたコーヒーを置く。

 その時、コンコン、と事務所のドアがノックされた。


「はい」

「よ、歩美」

「マスター!?珍しいね!どうしたの?」


 歩美がパソコンの画面から顔を上げて目を見開く。その様子を見たりゅうは思わずたじろいでしまった。


「その……依頼、じゃないと思うんだが…………」


 流は自らの首の後ろを搔いている。なぜだか、顔が少し赤い。


「歩美って、つゆと同じ部活だったよな」

「うん。そうだよ。それがどうかしたの?」


 歩美が聞いたとき、流は顔を俯かせて言った。


「今度、俺が出るサッカーの試合、来ないかって誘ってきてほしいんだけどさ」

「……なんで私が?」


 歩美が自分のほうに人差し指の先を向ける。そんな彼女を見た紗季は不思議そうに、歩美の顔を見た。


「なるほどね。でもサッカー部の試合なら、まだ先だと思うんだけど」


 紗季がそう言う前で流が首を横に振った。


「いや、俺が出るのは、クラブチームのほうだ。弟がインフルエンザになって、それでコーチが、『だったら、お前が代わりに出ろ』って言うんで……」

「それで?なんで、私が言わないといけないの?」

「そ、それは……断られたら怖いし……」


 流は自分の両手の人差し指を合わせ、声をすぼめる。

 そんな彼の様子に呆れ、女子二人はため息を吐いた。


「まったく……言うのが恥ずかしいの?まったく、告白じゃあるまいし……」


 歩美がそういって笑う横で、紗季が冷静に流に聞く。


「確か、アンタの弟のいるクラブチームって、私の弟もいたと思うけど。その流れで誘うのはどう?私の弟も一緒なら大丈夫」


 歩美が再び書斎机に戻り、パソコンのインターネットのウェブサイトを見ながら新しいタブを開いた。

 そのタブの検索欄に『日秀町 サッカーチーム 大会』と検索をかけた。

 出てきた一番上のサイトをクリックすると、『五月三日 日秀小学校のグラウンドで開催』と見出しが書かれている。


「日秀小学校だって、懐かしいねえ」

「そういえば、無駄に広いし、遊具も無駄にあったんだっけ?」

「いいじゃん!私たち家近いしさ」


 そう言ってはしゃぐ女子二人を見た男子が大きくため息を吐く。


「まあ、お前らがそういう反応をするってことは、たぶん心配ないよな」


 そう言って事務所のドアのほうへと体を向けた。

 その様子の彼を歩美が呼び止める。


「マスター、なんか企んでるでしょ?」

「ギクッ」


 流は肩を震わせ「い、いや……別に何も?」と歩美たちに背を向けたまま言った。


「ふーん」

「そ、そうだ。そのサッカーの試合、弁当が配られるから、不要だって言っといてくれ。ついでに」


 流がそう言いながらドアノブに手をかけようとした時、事務所のドアが勢いよく開いた。


「何?なんのつもり流?」

「つ、露!!」


 ドアの前には露が立っていた。

 露は少し怒った顔で言った。


「お、お前、なんで怒ってるんだよ」

「なんでって……アンタが部活に来てないからでしょうが!!」


 露は流の胸を人差し指で突き刺しながら言う。


「なっ……なんで俺が部活に来てないの知ってんだよ!!」

「皐月くんが言ってたの。どうせサボってるから、連れて来てくれって」

「余計なことを……」

「今なんて?」


 露が不気味な笑顔で言うと、流は呆れた顔で言う。


「大体、お前ここに何しに来たんだよ」

「綸ちゃんに頼まれたの。この前の依頼を代わりに聞いてきてほしいらしいから来たの。自分は部活で忙しいからって」

「依頼?なんだよそれ」

「知らない」


 紗季と歩美が顔を見合わせる。


「もしかして、うみくんの事かな?この人の事でしょ?」

「ん?」


 歩美が露に海の写った顔写真を見せると、露は瞬きを二回してから言った。


「私この人知ってるよ」

「え!?嘘!!」

「誰だよ。このイケメン」


 顔写真を見た流が不満げな顔をして言う。その様子を見た露は眉に皺をよせ言った。


「小学校の時、子供会の当番で、サッカーチームの大会の受付してた時に来たことあるの。海と顔が似てたから良く覚えてる」

「言われてみれば、眼鏡の形が違うだけで、すごく似ている」

「へえー」


 歩美は顔写真を自分の方に向けると、小さく呟いた。


「へ?なんで?」

「でも、その人と同じ苗字の人、選手にはいなかったから、多分遠い親戚とか、友達の応援だと思うよ」


 露が少しだけ笑って言った。


「それで?アンタはここで何してんの?部活にも行かないで……」

「そ、それは……その……色々話してたんだよ。それより露、今度俺サッカーの大会に出るんだよ」

「それが?」

「えっ?えっと……み、見に来てほしいなあ……なんてな」


 流が顔を赤らめながら言うと、露は笑って言う。


「あーその大会、弟が出る予定だから見に行くよ」

「えっそうなの?」

「うん」


 けろっとした顔で露が返事をすると、流は安心したかのように深くため息を吐いたのだった。


「マスターの取り越し苦労ね。皆で見に行こうか」

「うん」


 皆が笑顔で話しているとき、歩美が複雑そうに笑みを浮かべた。



 その日の夜。歩美は自分の部屋に置いてある写真立てに目を移す。

 その写真立てには歩美と、兄——在人あるとが二人で写った写真だ。もうずいぶん前の写真で、歩美がまだ十歳、在人がまだ十二歳の時の写真だ。

 在人は顔に泥をつけ、ボロボロのユニフォーム姿だ。そのアルトの隣で両手でサッカーボールを抱えている歩美は楽しそうに笑っている。

 コンコン。

 突然部屋のノックが鳴り、歩美が「入っていいよ」と言う。


「姉ちゃん」


 ドアの前には、まだ小五の弟——あかねがランドセルを抱えて立っていた。


「茜?どうしたの」

「今度、サッカーの試合があるんだよ。それでさ、兄ちゃんの持ってたお守りの首飾りどこにあるか分かる?」

「あー……お兄ちゃんに聞かないと分からないね」

「ええ……」


 茜は不満と、残念さが入り混じったような顔をする。


「姉ちゃんは、その首飾り、見たことあるの?」

「あるよ」

「どんなの?」


 茜がそう聞くと歩美は写真立てを持ち、茜の方へ向けた。

 茜は首を傾げる。


「ほら、これだよ。この赤色の宝石のついた首飾り」

「おー綺麗だね」


 さっきまで純粋な少年のようだった茜は突如として大人らしくなった。


「この前、張り込み調査で、これに似たのを持った人を見かけたよ。話しかけようとしたんだが、もう行ってしまったから、どこで手に入れたのか聞けなかったけど」

「張り込み調査」

「大したものじゃないよ」


 歩美は茜の抱える青いランドセルの中からはみ出して見える警察手帳を見て、思い出した。

 もう彼は成人して、警察官になったのだと。


「姉ちゃん。兄ちゃんの居場所が分かったら、俺に言ってよ」

「ああ。もちろん」


 歩美は自信なさげに返事をすると写真立てを元の場所に戻した。

 兄とは仲が良かった。もちろん、弟とも。

 三人でサッカーをすることがよくあった。


 兄がよく言っていたことで、「この首飾りは四年生の時、とても大事な人からもらったもので、自分のサッカーの試合でお守り代わりになっている」と。

 兄が居ない今、その首飾りの所在は不明だ。

 この写真を撮った日、家に帰ってから、兄はこの首飾りをかけていなかった。


「あれ?なんでつけてなかったんだろう?」


 歩美はふとその事を思い出し、写真立てを睨んだ。



 次の日、放課後。

 この日は雨で、グラウンドの調子が悪かった。

 ミーティングだけを終わらせ、皆でグラウンドを直していた。


「はあ……」

「おい流、昨日サボったくせにため息吐くなよ」


 眠そうに作業する流の横から海が彼を窘める。


「いやだって、俺今度小学生ばっかの大会に参加するんだぞ。ため息ついてもおかしくねえだろ」


 流がそう言うと、海が「ああ、その大会なら、俺も見に行くぞ」と言った。


「はあ!?なんでお前が」

「今年成人した弟が試合に出ることになってんだよ」

「へ、へえ」


 流は苦笑いを浮かべて作業を続けた。


「その試合なら、俺の弟も出る」

「うわっ……びっくりした……」


 海とは反対側の横から突然前触れなく声がしたため、流が肩を揺らす。

 皐月が流に話しかけていた。


「あれ、お前弟居たんだな。似てるの?」

「いやちょっとだけ。まあ、俺をちょっとイケメンにした感じか」


 流の隣で皐月が作業する。彼は眉一つさえ動かさない。


「うーん……あんまり想像つかないな。山路はどうなんだよ?来るのか?」

「来ない。そもそもアイツ、お前より部活サボってるし」


 皐月が冷静に言うと、海が笑って言った。


「ヤバいなアイツ、コーチに怒られても知らねえぞマジで」

「うん。ま、俺も明日の試合は見に行かないけど」

「えっ、なんで!?」


 流が驚いて皐月に聞く。皐月はジト目で言った。


「めんどくさい」

「なんか、お前って、しっかりしてそうで、全然そんなことないよな」

「うんまあ」


 海が笑って言うと、それに応えるように皐月が少しだけ笑った。



 夜七時ごろ、伊多いた小学校のグラウンドで、数人の少年たちの声が聞こえた。


「ふざけるな!!あいつらが相手かよ……」

英華えいか町のクラブチームか。はっ、勝てたらこりゃ凄いぞ」


 一人の少年が袋を取り出した。


「大丈夫だ。俺たちには、これがある」

「そんなんでうまくいくかな。それと、全員が本当に弁当を食べるか分からないし」

「ああ、うまくいくさ。数人が試合に出られなくなるだけでも十分だ」


 少年は不敵な笑みを浮かべて言った。


「次の試合、勝つのは俺だ……!!」

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