第20話 今年の恋

 五月に入り、一年生を迎えた日秀学園は、運動部も文化部も本腰を入れて活動が始まった。

 そんな中、練習の休憩中、疲れたように肩を落とした女子が居た。


「まあまあ、振られたのは、しょうがない。だって、あのりゅうだよ?あんなイケメン、落とせた方が凄いって」

「うう……そりゃ校内三大イケメンだから分かるけど……」


 二人組の女子は日陰にある緑色の帽子をかぶったまま、色あせたベンチに座った。

 泣いている方は黒髪を低い位置で二つ結びにしており、ピンクのユニフォーム姿だった。

 その彼女を励ましているのは、高い位置でポニーテールにしている、同じくピンクのユニフォーム姿の女子——彼方綸おちかたりんだ。


「仕方ない。流は好きな人いるだろうし」

「え、誰?」

「い、いや、あくまで噂でってだけだけど……」


 泣いている女子が顔を上げると、綸の方を見る。綸はたじろいで、視線をその女子から逸らした。


「ああ、マスターの好きな人でしょ?ね、会話に入れてよ」

「……あ、冴香さえか


 いつもはハーフアップの冴香がこの時はポニーテールをして帽子をかぶっていた。

 テニスラケットを片手に持った冴香が笑顔で綸の隣に座る。


「冴香ちゃん、知ってるの?」

「うん。ほら、筝曲部に矢下露やじたつゆっていう元生徒会の会計の人いるでしょ?あの子」

「嘘だ。あれは流が前に否定してたし」


 綸が腕を組んですました顔をする。

 すると、冴香が人差し指を立てて、綸の顔を指さす。


「あれはね、否定してるだけで、本当は露の事大好きなんだよ。だって私が前に聞いた時、顔が赤くなってたから」


 冴香はしたり顔で、先日のバーでの記憶を思い出すようにスポーツドリンクの入ったペットボトルを開けた。


「私、知ってるよ。あの二人幼馴染でしょ?」

「え?そうなの?」

「そうよ。保育園から、今まで、ずっと一緒」


 冴香はスポーツドリンクを飲み、ペットボトルを口から話すと、腕で口を拭いた。


「不器用だからね……早く告白すればいいのに」



 一方、サッカー部では。

 流(マスター)が、校舎の窓に見える、露を見て顔を赤くしていた。


「——……う―—流……流!おい流!!」


 ランニングの途中で足が止まった流を見かねたかいが流の名を呼び注意しようとするが、全く気が付かない。


「どうしたんだ?」

「あ、皐月。流が全然走ってないんだよ。絶対、前に告白されたから、調子乗ってんだよ」

「へえ」


 海に話しかけた、加織皐月かおるさつきは、トラックの内側の一番近くに転がっていたサッカーボールを手に取ると、流の頭をめがけて思い切り投げた。


 ドンッ。


「いってえぇぇぇぇ……」


 見事に流の頭に的中したボールはそのまま掲揚台の方まで転がって行き、流は当たった部分をさすって、涙目になっていた。


「おい皐月!お前何してんだよ!!」


 流は涙目のまま、犯人の皐月に向かって大声で咎めた。


「海が名前を呼んでたのに、校舎の方ばっかり見て、ぼーっとしてたからだろ」

「だからってこんなことすることないだろ!!」


 流は、明らかにランニングに集中していなかった自分が悪いのに、ボールを投げた皐月が邪局だというように責めた。


「んで?何見てたんだよ」

「ああ……別に?なんか……その……で、でっかい蜂がいるなあ……って……思ったから……も、もう分かったよ。ちゃんとやるって……」


 流は二人にそう吐き捨て、トラックを走った。


「……」


 皐月は終始無表情で流の方を見続けた。

 海は流の背中を見届けた後、流の見ていた校舎の方を見上げ、蜂を探した。


「皐月、蜂なんているか?」

「いや、いないな」


 皐月は無表情のまま言った。

 海は不満げな顔をすると、流の方を睨んだ。



 筝曲部では。

 露が窓からグラウンドを見る。

 グラウンドには、流が走っている様子が良く見える。

 露は安心したように微笑む。

 その様子を隣で見ていた歩美は、露の肩を叩いた。


「わっ!!びっくりした……」


 歩美の顔を見た露は、胸を撫で下ろした。


「露ちゃん、何見てるのー?」

「ああ、その……サッカー部凄い頑張ってるなあって思って……」

「ああそっか!!マスターと露ちゃん、幼馴染だもんね!」


 歩美がすがすがしい笑顔で、成程と手を打った。


「いやいや、そんな……別に流が好きだからってわけではないからね!!ほんとに違うからね!」


 露は顔を赤らめると歩美に言った。


「な、何も言ってないよ露ちゃん?」

「……あーそう、そうだねえ……」

「……なんか、隠してる?」


 露は歩美から顔を背けた。


「……いや全然?」

「へえ」


 歩美は、右手を顎の下に当てると、「分かりやすいな……」と小さく呟いた。


「今、分かりやすいって言った!?」

「言ってない言ってない」


 露は顔を赤くしたまま、目の前の机に置かれた爪を拾って指につけた。


「私は、流の、姉みたいなものだから」

「姉?」


 歩美が聞くと、露は優しそうな笑顔になった。


「うん。アイツ、すぐ落ち込むからね」

「へえ」


 歩美も、露の言葉を聞き、笑顔になった。



 筝曲部の隣では、美術部が絵を描いていた。


「そそ、それでね。このキャラは殺す予定なんだよ……んで、そしたら、前に死んだこのキャラが復活し……」

「へー」


 絵菜が雪と机を向かい合わせにくっつけて、自分の描いた漫画のキャラクターに丸を付けて話をし続ける。

 雪はめんどくさそうに自分の小説のキャラクターを絵にかく。


「うおおお、さすがプロ漫画家、めっちゃうまいな!」

「尚、黙って、今雪に聞いてもらってるから」


 尚が二人の間に入り、絵菜の絵を褒めるが、絵菜は尚に向けて掌を向け、雪の方を向き直すともう一度話続けた。


「うん、うん。そうだなー」


 雪が再び適当に返事する。見かねた尚が雪に耳打ちした。


「おい、雪、絵菜の話聞いてやれよ」

「あ?なんで?」


 雪は尚に自らも小さな声で返す。尚が絵菜の顔をちらっと見ると、また雪に耳打ちした。


「だって見ろよ、絵菜の顔、めっちゃ目が輝いてる。プロットの作り方なら、直木賞受賞者の雪の方が上なんだから、真剣に聞いて、アドバイスしてやれって……」


 雪は鞄をあさり、殴り書きされたプロット帳を取り出し、尚の胸に叩きつけた。


「じゃ、それよろしく」

「は、はあ?」

「米秀学園のゲーム会社から依頼があって、プロットとか、脚本を考えてくれって頼まれたんだ。お前、ゲーム得意だろ?」

「うっ……うう……」


 雪はさっきとは考えられないようなわざとらしい笑顔になると、両手の甲を顎の下に置いた。


「うん。そうだな、このキャラは、ここで裏切らせた方が、衝撃感があっていいと思うぞ」

「やっぱりそうだよね!!やっぱ雪分かってるー!」

「ハッ……こいつ馬鹿だな」


 雪は笑顔のまま、誰にも聞こえないように小さく呟いた。


「あーこれは、大ヒットするに決まってる!もしこれで、アニメ化も決まったら……うわああああ!」


 絵菜は自分の描いた紙を笑顔の雪に向かって投げた。


「チッ……」

「もし、アニメ化したら……雪、一緒にインタビューの練習してよ!」


 雪は笑顔から真剣な顔に戻すと、尚の襟元を掴んで指さした。


「だったら、尚にインタビューの練習付き合ってもらったらどうだ?」

「うんあり」

「待て待て、お前何勝手なことを……」


 尚が雪の方を睨む。雪は笑顔になると、尚の襟をつかんでいた手を放す。


「だって、俺は、有名人でも何でもないんだよ」


 尚は雪に顔を近づける。それに合わせ雪も顔を近づける。


「お前、一応、一回取材で、たこ焼き屋の特集組まれた事あったろ?」

「あったけど!!お前、小説で直木賞取った時、インタビュー受けてただろ?」

「ハハッ、良いから、尚が行け」

「いや、雪が行くんだ」


 絵菜は二人の様子を見て、右手を口に当てると、途端に笑顔になった。


「イチャイチャしないでもらえますー?」

「幼馴染だからって勝手にそんなこと言うなよ絵菜。あたしはサッカー部にしか興味ねえんだよ」

「ハイハイ分かりました~」

「おい絵菜!マジでお前いい加減にしろよ!!俺たちは兄妹みたいなもんだよな」


 絵菜は、二人の様子を見て、「確かに姉弟みたいだね」とにやにやしたまま言った。

 雪は尚をしり目に窓際に行き、練習しているサッカー部を見た。


「……」


 その様子を見た尚が雪に近づく。


「な、俺たち兄弟だよな?」

「ああ、お前が兄な」


 尚が雪と肩を組むと、二人を後ろから見た、部長が絵菜に近づく。


「絵菜ちゃん。あの二人って仲いいねえ。双子みたい」

「一楓様!!」


 絵菜は、二年生で部長になった——黒住一楓くろずみいつかに身体を向けると、目を輝かせ言った。


「いや、あの二人は、恋人以上、家族未満ですよ。姉弟です!」

「へえそっか」


 一楓は楽しそうな笑顔で二人の方を見た。

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