第19話 真相の断片

 歩美たちの下りて行った階段は、雪の下りた階段より長かった。

 長い長い階段を下りると、黒いドアがあった。

 歩美がそのドアのドアノブに手をかける。


「誰かいるのかな」

「さっき会った男は、きっと個々の部屋にはいない。ドアの開く音は聞こえなかった」

「じゃあ、開けるよ」


 歩美は、ドアノブをひねった。

 ガチャ、とドアの開く音が聞こえ、歩美はゆっくり重い扉を開く。

 歩美はドアの先に見た部屋の中を見て、目を見開いた。


「こ、これは……」


 部屋は暗かったが、オレンジ色の、照明がついていて、机の上に置かれているノート、机の壁に貼られた写真や紙も良く見えた。

 部屋は思っていたより狭く、壁には羽のような形のウイルスの写真と海の顔写真と、雪にそっくりな女性の顔写真が貼られていた。


「このウイルスの写真、似てるけど、少し違うね」

「この黒いウイルスは、『リーパーウイルス』というらしい。んで、こっちの白い方は、『ウィングウイルス』っていうのか」

「暗いね。懐中電灯は無いの?」

「待ってスマホのライトを出す」


 紗季はスマホを取り出し、部屋の中を照らした。


「最後に入ったのはいつ?埃まみれだけど」

「机の上の照明は、電池寿命が十年以上でしょうね。部屋の中は比較的暖かいし、電池寿命が短くなった可能性は消える」


 歩美は部屋の横にかけてあったカレンダーをペラペラめくる。


「このカレンダー、二年前の九月で止まっている」

「これは……」


 紗季が机の上のノートに気が付く。

 ノートのタイトルは、『暗殺予定』。

 ノートを手に取ると、紗季はペラペラとめくっていった。

 紗季はそこで、三人の名前が目に留まった。


「あ、秋原雪と、夏田海……」

「え?海くん?」

「この暗殺予定の名前の欄に、雪と海の名前が入ってるの。奴らの目的が何なのか分からないけど……彼らが殺される可能性は極めて高い」

「……あ。紗季ちゃん、あれ……」


 歩美が指さした先には、カメラがこちらを向いていた。



「ほう……健気にもこの男を助けに来たってのか?いい友達出来たんだね雪?」

「ああ。本当にいい友達だぜ……少なくともお前よりは」

「……」


 美菜は雪の方を睨む。雪もそれに合わせ睨み返す。


「ほんと、癇に障るわ、これ以上喋ってたら、マジでりたくなってくる」

「ま、お前のおかげで、あの二人が良い友達に見えるんだけどな。なあ、美菜、お前のことは殺したくない。だからさ、な。身を引いてくれ」

「分かった。また今度にするよ」


 雪は、美菜に向かって言った。


「美菜、お前が悪い友達ってわけじゃないけどな、でも忘れないぜ。こいつを捕まえたこと。多分一生許さない」

「あっそ」


 美菜は拳銃を雪向けたまま部屋を出て行った。

 雪は海の方を見た。


「どうする?この手錠」

「そりゃペンチで鎖を切ってもらうしかないだろ」

「鍵屋に頼むか。なあ、今日帰りにサッカー部見に行ったんだが、人数足りなかったぞ」

「何人?」


 雪は指を一本立てて言った。


「お前を抜いて一人」


 海と雪も部屋を出る。


「一人?普通に風邪じゃねえの?」

「そうかな」


 二人は長い階段を上り、地上へ出る。


「歩美と紗季を待とうぜ」

「あいつらも来てるのか?」

「そうだよ。お前を助けに来たんだろうが」

「へえ。そりゃご苦労さん」


 雪は海の横顔を見る。かつての相棒の海を海に重ねて見ている。

 性格も、声も、何も似ていないのに、なぜか相棒にそっくりのようだ。


「……お前」


 海に呼び掛けられ、雪はハッとする。


「お前って、俺の昔の、相棒にそっくりだな」

「へえ。奇遇だな。あたしも同じこと思ってたよ」

「海くん」


 歩美の声が聞こえ、二人が左側の階段を見る。


「これは、どういうこと?」


 歩美の持っているノートには、『暗殺予定』と書かれていた。


「この中に雪ちゃんと海くんの名前があった。ラトレイアーに、命を狙われてるの?」

「へえ、察しが良いんだな。海の方は知らんが、あたしは、そこに書いてある通り、狙われてる」


 雪が笑顔で言うと、歩美は雪たちの方を睨む。


「なんで黙ってたの?」

「危険になるからだ。あたしの役目は、被害を最小限に抑えることだよ」

「私達に話せば、私達が危険になるの?その仕組み、よくわからないんだけど」


 紗季が雪の方を睨みつける。


「……日秀学園に戻ったら、俺が全部説明する」


 海が歩美と紗季に自分の両手を繋ぐ手錠を見せつけた。


「……分かった」


 二人は同時に頷き、米秀学園の門を出た。



 数分後。

 日秀学園に戻った歩美たちは、海の事務所で話し合いをすることになった。


 海は大量の棚から赤いファイルを取り出し、そのファイルから一枚の写真を見せる。


「俺は、小学生の時に、このウィングウイルスというウイルスを研究していた。その時にカルムってやつから、度々連絡があったんだが、俺はそれを無視し、最終的に相棒の春風雨を殺された」


 雪は写真のウイルスを指さして言った。


「なるほど。あたしが組織に潜入していた時に聞いた奇妙なウイルスってのはこれだったのか。でも、なんか色が違うぞ?」

「さっき海くんを助けに行ったとき、左側の階段を下りて見つけた部屋の先にこれと色違いのウイルスも見つけた。それについては?」


 歩美が海に問う。海はさっぱり知らないというように首を横に振った。


「知らん。それは雪の方が知ってるんじゃないのか?」

「止せよ。あたしが潜入してたのは、Cじゃなく、Bだぞ分かるか」

「B?C?」


 紗季が不思議な顔で雪と海の方を見る。


「ラトレイアーは三つのグループに分かれてる」


 雪が海の座る回転椅子の背もたれに両腕を置き、左手を上げ三本指を立てる。


「一つは主にハッキングや、組織の周囲からの情報を収集したり、組織にとって不利益になる情報を改ざんするA。そして、組織にとって不利益になる人間を暗殺したり、組織が必要とする情報を拷問して吐かせるB。最後は、この訳の分からんウイルスを研究してるC。あたしが潜入してたのはBだ」


 雪は手を下げ、海を上から見下ろす。


「あたしが狙われてるのは、情報の漏洩を防ぐためだ。あたしたちはどっちもBの奴らに狙われてる」

「それぞれのメンバーは覚えてるの?」

 

 紗季は雪の方を見て聞く。


「ああ。でも、知ってんのは、お前に前渡した名簿に書いてある奴らだけだ」


 そう言った途端、歩美は皮肉るような目線で雪の方を見た。


「じゃあ、そんなに多くないんだね」

「悪かったな」


 海が椅子から立ち上ると口を開いた。


「それぞれのチームには幹部というリーダーがいる。Aの幹部はカルムってやつと、Bはフロワって女。Cは今のところ分かってない」

「フロワは知ってるけど、カルム?」

「ああ。前に、ラトレイアーのデータベースに接続することに成功したんだが、残念なことに、再びブロックされた。だから分かったのはBの幹部のフロワの正体だけだ。他はまだ確認してない」


 雪は不満げな顔をすると、海に問うた。


「なんでBから見たんだよ?」

「そりゃ、俺らの敵だしな。確認するに決まってんだろ」

「それで?フロワの正体って?」


 歩美が食い気味に、海に質問する。海は呆れた顔で紗季と歩美の顔を見た。


「綾瀬世莉奈だ。組織の中でボスの次に強い女だよ」

「知ってるわ。三年生の中で一番美しい人。校内三大美女には及ばなかったみたいだけど」

「俺たちが入学する前は、一位だったよ」


 歩美は雪の方に視線を移すと、雪に近づき耳打ちした。


「雪ちゃん、フロワと、戦ったことあるの?」

「ある。強いよ。ま、殺しかけたことはあったが、右肩も動かせる時だったからな。今は無理だ」

「そんなに強いの?」

「舐めてたら、マジで死ぬぞ?まあ、お前らなら、大丈夫か」


 雪は言った。歩美は紗季と海の方を見て、覚悟を決めるような顔を作ると、決意を固めた笑顔になった。

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