第14話 死児之齢

 雪が退院してすぐ、雪はラトレイアーに潜入捜査を行った。

 しかし、後輩が、ラトレイアーの幹部メンバーに、誤って雪がスパイであることを漏らしてしまい、それから、命を狙われることが増えてしまった。


 というのも、当時多発していたCIA連続暗殺事件は、このラトレイアーによるもので、危害を加えた人物のリストに彼女の名と顔写真が含まれており、本来、偽名を使っていた雪だが、以前海を庇ったことが要因で、結果的にスパイバレしてしまったのだ。


 先日海を庇い、右肩を撃たれたことから、肩に弾丸が埋め込まれたまま。手術で取り除くと、麻酔によって本来の右手の動きができなくなってしまう事を危惧し、手術を諦めた。


 それでも、右手は真上にあげることができないだけで、短時間だが、相手に拳銃を向けることも可能。しかし、不便なので、左手でも拳銃を撃つことを訓練した。



 拳銃の訓練場で、雪と海はイヤーマフをつける。海は両手で拳銃を構える。雪は左手で拳銃を構える。

 二人の胸元には、ピンク色の造花がつけられていた。この日は、米秀小学校の卒業式だった。


「おい、海。どっちが点数取れるか、勝負しようぜ」

「うん。良いよ。でも、雪ちゃん、拳銃上手だから、僕きっと負けるよ」


 そんな二人の様子を後ろから見た局長は、紙カップの中にある残り少ないコーヒーを見て不満げな顔をすると、髪を後ろにまとめ、雪の結晶のヘアゴムをつけた雪を見てほほ笑んだ。


「ほどほどにしろよお前ら」


 局長が笑って言うと、銃声が連続で鳴り響いた。

 局長は左手につけた腕時計を見ながら、秒数を数える。

 十秒ほど経って、局長は「終了だ」と言った。

 海を雪は同時に拳銃をおろす。


「あーやっぱり雪ちゃんには勝てないよ」

「あたしの勝ちだ。でも、左手は慣れないな」


 局長は、呆れたような顔をして、笑った。


「新しくコーヒー淹れてくるよ」

「どれだけコーヒー飲むんだ?中学校でも飲んでるんじゃないだろうな」

「来年確認しろよ」


 相変わらず、一つ年上の局長に敬語を使っていない雪。それを見て困ったような笑顔をした海。いつもと変わらない。けど、少しだけ淋しかった。

 米秀学園の真ん中にラインの入った海軍の制服を着た局長を二人は羨望の視線を送っていた。


「あの制服、海ならきっと似合うな」

「雪ちゃんも、あの水色のセーラー服似合うよ」


 イヤーマフを外し、二人で笑い合う。

 しかし、海は気が付いた。雪の身体に赤い小さな光があるのを見逃さなかった。


「……」


 突然青ざめる海に気づかず、雪は笑顔で話を続けようとする。


「早く中学に上が——」

「——っ雪ちゃん!!」


 珍しく叫んだ海に驚いた雪は驚いた顔で後退りをする。

 海は叫んだ瞬間、雪に飛びついた。


「うっ……」

「海……?」


 雪が後ろに転んだ時、海は雪にもたれかかっていた。脇腹を撃たれている。

 しかも、撃たれた場所は太い血管で、動脈だ。すぐに危険を察知した雪は海を抱え、自分の着ているカーディガンを着せる。


「おい!海!」


 彼を仰向けにすると、左手で肩を支え、右手で膝を抱え、狭い訓練場の壁にもたれかからせた。


 雪は周囲を見ると、自分の顔に赤い光が集まっているのに気が付いた。


「……いるんだろ?フロワ?」

「さすが、CIAのエース、秋原雪。気が付いたの?」

「当たり前だろ?」


 雪は頬に汗を伝わせる。その様子を見て、髪を後ろであんでお団子にしまとめている金髪の女は言った。


「今日が卒業式だと聞いて、慌てて駆け付けたの。日秀学園からきてやったんだから感謝してよね」

「フン。高飛車な奴だな」

「余裕そうな振りするのやめたら、アンタの大好きな相棒はそこで死にかけてるじゃない?」

「……誰のせいだよ?」


 雪の顔から笑顔が消えた。海が居なくなった焦りと、目の前にラトレイアーのチームBの幹部であるフロワが立っているという状況で、絶望に打ちひしがれている表情だった。


「おお。その顔。いいねえ。やっと見れたアンタのその顔!!」

「何の話を——」


 雪がフロワに疑問を聞こうとした時、フロワはすぐに雪の背後に回り、手刀を繰り出す。

 雪は「うっ」とすぐに気を失い、倒れこんだ。


「あっ……やっちゃった」


 フロワは、寝たように気を失う雪を見て呟いた。

 フロワはそっと雪に向かって銃口を向ける。


「フ、フロ……フロワ……」

「あれ?まだ生きていたの?」


 海はゆっくりと目を開ける。

 フロワはしゃがみこみ、海の顔を覗き込む。


「君、雪の相棒ね。あー……良い顔してるじゃない?恐怖に歪んだ顔だ」

「僕、は……怖いなんて、微塵も、思ってないよ。ただ、雪ちゃんが、君に殺されるのが……嫌な、だけだから」

「……アンタ、凄いね。そう思えるんだ」


 フロワは立ち上がると、右足で海の鳩尾を強く蹴る。


「ううっ……」

「私、あまり人を傷つけるのは好きじゃないけど、君を見てると、雪の絶望に満ち溢れた顔が見たくなってきた」


 フロワは何度も海の身体を蹴る。


「ガッ……うぐっ……うぅ……」


 フロワが拳銃を握り引き金を引く。

 弾丸は、首元をかする。次々に銃声が鳴り響く。

 肩、膝、腕、頬、それぞれの身体の部位にフロワの打った弾丸がかする。


 コンコン。

 ノックのような音が聞こえ、フロワはハッと我に返り振り返る。

 出入り口には、黒いコートに黒いマスク、サングラスをかけた男がいた。

 その男はフロワに向かって手招きだけすると、フロワは足早に訓練場から走り去った。


 数分後。

 雪はゆっくりと目を開ける。

 ハッとし身体を上げ周囲を見渡す。

 真後ろに、無残な姿になった海を見つけ、雪は驚いた顔をする。


「……海」


 立ち上がると、ゆっくりと海の方へと歩み寄る。

 雪が海の前で座り込んだ時、海は目を開ける。


「あ、雪ちゃん……」


 頭から大量の血を流し、腹部、足部、腕部、それぞれから血を流した姿を見て、雪は目に涙を溜めた。


「な、何を……なんで……!?」


 雪が大きな声で、海に問う。


「……守ってくれたから。雪ちゃんが、僕の事、守ってくれたから……だから、僕も守らなきゃって……」

「おい、嘘だろ……?何を言って……」

「これからもっと、相棒として生きていけると、思ってたんだけど……」

「待て海!!死ぬな!!頼むから……!!」


 雪は海の手を握る。生温かく湿っている。雪はとっさに手を離し、自分の手を見る。その手は真っ赤に濡れていた。


「……借りは返したよ雪ちゃん。代わりに、約束して。これから、絶対に人を殺したりしないで、それと、ずっと……ずっと後でまた会おう。……絶対だよ?」


 海はそう言い切って、一筋涙を流し、目を閉じた。


「……海?おい……おい……!!」


 雪は海の右肩を左手でつかむ。

 一切反応がなく、だんだんと冷たくなる海の肩をじっと見つめ、雪は全てを悟った。


「あ、ああ……ああああああああああああ!!!!」


 雪は死んだ海の前で崩れ落ち、涙を流す。


「うあああああ!!……ああ……!!」


 床に流れていた海の鮮血に雪の涙が混ざり合う。

 次第に雪の咆哮は小さくなっていく。


「……なんで……なんで……!!」


 その声を聞きつけた局長が来た頃には、雪は倒れて眠ってしまっていた。



 雪は先日その夏畑海という、旧友であり、元相棒についての聞き込みを歩美たちにされた時から、この時の記憶が頭から離れない。

 雪は、普通の黒いヘアゴムをつけている。

 ふと雪は指を折って数える。


「……」


 今、海が生きていれば、同い年、13歳だ。

 雪は一人部屋で涙した。

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