第13話 死守

 局長が雪に忠告した日から、数日が経った。

 その日、雪は海とともに任務に向かっていた。

 任務内容は、世界最恐のハッカー集団であるラトレイアーに侵入するための下見だった。

 操作する場所は図書室。そこに、Bのメンバーの暗号が隠されているからそれを探し出せという命令だった。

 雪は海の隣の本棚の下の方をしゃがんで、探し出していた。


「雪ちゃん。君が侵入するんでしょ?」

「ああ、そうだな」


 雪は呆れた顔で、捜査をし続ける。


「気を付けてね。バディが死ぬのは、もううんざりだから」


 海がそう言った途端、雪は捜査する手を止めた。


「……」


 雪は海の方を見る。しかしすぐ捜査し始めた。

 ピピッ。

 無線の通知音が聞こえた。

 海はポケットから無線を取り出し、ピッとマイクのボタンを押した。


「こちら夏畑。どうしました局長」

『上から通達があった。先日からCIAの暗殺が増加している。気をつけろ』

「了解」


 海はそう言って無線を切った。

 雪は捜査を続けていた。一通り捜査を終え雪は立ち上がる。

 その時だった。雪の頬にいきなり汗が伝った。


「雪ちゃん?どうし——」

「海!」


 雪は突然海の前に飛び出した。

 ——飛び出したその一瞬だった。


「……!」

「ううっ……!」


 海の頬と服を雪の鮮血が赤く染める。

 頬についた赤い血が鉄の匂いを発していた。生臭くて、嫌な臭いが、海の顔をゆがませた。

 しかし、それよりも、何よりも、雪が——自分の相棒が、目の前で血を流した情景が、前のバディが死んだときより、衝撃的だった。


「ゆ、雪ちゃん!」

「……」


 雪は遠方から肩を撃たれ、気を失った。


狙撃スナイプ……?」


 海は呟いて、弾丸が飛んできた方角を向いた。

 本の隙間から黒い物体がうごめいていた。

 気づかれたと踏んだ相手はすぐに隠れた。


「……」


 海は目を見開いて雪の顔を見た。


「こちら夏畑。すぐに援護を頼みます!」

「夏畑、何があっ……」

「今すぐです……!早く……!!早くしてください!!」


 海は無線と、雪の身体を強く抱えた。



 数十分後。

 保健室で手当てをされた雪は病室で気を失っている。


「幸い、命に別条は無い」


 紙カップに入ったコーヒーを飲みながら局長が言う。

 海は以前相棒を失った階段の前で立っていた表情と全く同じ顔だった。


「……海?安心しろ。雪は死んでない。彼女は俺の言ったとおりにしてくれた」

「彼女は、どうして僕を助けてくれたんですか?」


 海の問いに、局長はコーヒーを片手に答える。


「さあな。本人に聞かなきゃ分からないが、彼女は昨日、海を助けるつもりは無いとはっきり言っていた。まあ彼女なりに何か理由があるんだろ。聞きたいなら、自分で聞け」


 そう言いながら、局長は海の横を通り過ぎた。


「……」


 病室の前で、海は棒立ちしていた。



 ガラガラ。

 海が、病室のドアをゆっくり開ける。


「雪ちゃん」


 雪はまだベッドで寝ている。

 ピッ……ピッ……と、心電図の音が一定の間隔で鳴っている。

 海はベッドの横にある丸い椅子に腰かける。


「……ごめんなさい。僕、ずっと無視してごめんなさい。だって、雪ちゃん、泣かなかったでしょ?前のバディが死んでも泣かなかったでしょ?きっと、僕が死んでも泣いてくれないと思ってた」


 海の声がだんだんと震えてくる。次第にうわずって、うまく声が出せていない。


「ごめんなさい。僕のせいで……」


 海は左手で雪の手を握る。頭を下げて、嗚咽する。

 時計の秒針しか聞こえなかった病室で、二人きりしかいない病室で、突然、声が聞こえた。


「お前のせいじゃない」

「……!」


 海が顔を上げると、そこには、手を握り返して、身体を起き上がらせて答えた。


「……雪ちゃん。なんで……ねえ、なんで僕を助けたの?」

「……いや、特に理由は……」

「あるんでしょ?何か理由が。ねえ、答えてよ」


 海は雪に問う。


「あたし、前のバディ見殺しにしてんだよ」

「……えっ?」


 驚いている海をよそ眼に、雪は続ける。


「……だって、仲良くできなかったんだもん。きっと、うまくいかない。連携も取れない。だから、死にそうになるのを分かってて見過ごした。だってそうすれば、もっとあたしと仲良くできる相棒を組ませてくれると思ったから」

「で、でも、それは関係ないんじゃ……」

「君なら、仲良くできると思ったから。さっき、あたしに言ってくれたよな。『気を付けてね』って。前のバディはそんなこと言わなかった。他の仲間が死んだとき、いつもみたいに泣けなかったらそいつは、『泣かないなんて、最低だな』っていつも言ってくる」


 雪の声が、次第に低くなる。


「だって、しょうがないだろ。泣けないんだから。あたしは、感情でものをいうやつが大っ嫌いなんだが、君だけは違う。だって君は、嫌いな奴でも、気をつけろって言ってくれるだろ?だから助けた。ただそれだけだ」


 雪は海の顔を見て答えた。


「それだけ?」

「ああ。それだけだ」


 雪は満面の笑みで言う。その笑みを見て、海は胸を撫で下ろした。



 数日後。

 雪と海は仲のいいバディと化した。そして、CIA内で最も功績の良い二人組になったのだ。

 ある日から、雪がラトレイアーに侵入することになった。

 すべてがうまくいっていた。もう少しで、ラトレイアーのボスに接触することができた。


 しかし、物事はそう簡単には上手くいかない。

 一年後に、彼らの身に不幸が降りかかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る