第10話 敵か味方か

 歩美と紗季は、雪の部屋から出て行き、とある場所へ向かった。

 警察署だ。



 その警察署と呼ばれる教室の前にたどり着くと、ドアを三回ノックした。


「はい、ってお前ら?なんで?」

「公安警察に会いたいんだけど、どこに行けばいい?」


 紗季の質問に今藤が呆れたような顔をする。



 今藤に教えてもらった部屋はB棟の一階から、階段の隣の倉庫にあり、バレーボール部やバスケ部、卓球部が使用している得点版の後ろに、周りの壁とは少し色の薄い部分があった。


「ここで合ってるの?」

「うん」


 歩美は、その色の違う壁の部分をノックした。

 すると、そのノックした部分の壁が横にずれた。

 ズレた先には、一人の男が立っていた。


「……松村……?」

「……」


 背の高いその男は、二人を見下ろすようにしていた。


「こんなところで何してるの?」


 紗季が訝しげな顔をして松村の顔を見る。

 松村は少し困った顔で、


「……今、帰ろうとしてたんだ」


 と言った。


 そんな風な彼の姿に、歩美はため息を吐く。


「じゃあ、中に入れさせて」

「え、なっ、お前も……そうなのか?」


 歩美が呆れて松村の腕を掴んだ。松村は困り顔から驚いた顔に瞬時に切り替え、歩美の方を見る。


「はあ?何の話を……」


 歩美が言いかけた途端、後ろから声がした。


「松村、どいて」


 大人びた声、妖艶で、色気のある声だ。聞き覚えがある。


「何の用なの?」


 松村の隣に来たのは、間違いなく、妃冴香だった。


「さ、冴香ちゃん?」

「何の用なの?」

「聞き込みよ。中に入れて」

「質問ならここで答えるわよ」


 冴香は、中に入られたらまずいというように言う。

 松村は、そそくさと倉庫を出て行った。


「夏畑海についての情報を頂戴」

「へえ。誰の差し金?」

「差し金だなんて失礼な。必要だから調べてるの」

「そう」


 冴香はくるりと背中を向け、奥へと歩いた。

 しばらく経って、冴香は振り返り、二人の方を見た。


「早くおいでよ」

「……」


 二人は顔を見合わせ、通路の中へと歩みを進めた。



 長い距離を歩き続けた結果、明るい部屋へたどり着いた。


「今は捜査に向かってるから、誰もいないわ」


 冴香はそう言って、彼女の机と思われる机の上からパソコンを抱えて持ってきた。

 歩美と紗季は低いテーブルに対してあるソファに座った。

 冴香はその向かい側にあるソファに座り机の上にパソコンを置いた。


「夏畑海でしょ?米秀小学校の名簿にまだ記録が残ってるわ」


 パソコンを開くと、キーボードを打つ。


「冴香ちゃん。その前に質問良い?」

「何?」


 冴香はグッと歩美の方をねめつけた。

 しかし、歩美は怯まない。


「どうして、公安警察なの?ラトレイアー直属の殺し屋なんでしょ?」

「スパイだって言ったら驚く?」

「待って、スパイ!?」


 紗季は驚き、机の上に乗り出す。


「ええ」

「それは、どっちの?」

「あなた達の利益になる方よ」


 紗季と歩美はアイコンタクトをとる。


「それは、公安警察のスパイってことで良い?」

「まあ、半分正解ね。そんな事より、彼についての何が知りたいの?あまり重要事項は教えられないけど」

「彼がCIAだった頃の活動記録なんかは残ってないの?」


 冴香は面倒くさいというようにパソコンの画面に視線を落とした。


「先に言いなさいよ」


 冴香は画面を見せた。


「これ。CIAの局長が記録してたらしいわ。見ていいのは彼の記録だけ。他の人の記録を見たら、すぐに逮捕するからね」


 歩美はパソコンの画面に集中した。

 しかし、紗季は先ほどの冴香の『半分正解』という言葉が頭から離れなかった。


「『四年生で初任務』ということは、"成人"してからすぐにCIAになった。彼には、年の離れた兄弟が居たのかな」

「おそらくね」


 四年生、五年生と読み進めていくと、『五年生で一人目のバディを失う』と書かれていた。


「ここの一人目のバディって誰?」

「教えるわけないでしょ」

「歩美、二、三行あとに、『〃で新たにバディを組む』と書かれている。その後の表記には、『バディを失った』とは書かれていないから、おそらく死ぬまで、そのバディは死ななかったんでしょうね」

「さぞかし腕の良いバディだったんでしょうね」


 冴香は皮肉ったように言ったが、その言葉は皮肉でもなんでも無かった。しかし、言い方が癪に障ったのか、紗季は顰蹙した。

 歩美はそんな紗季に気づかず、読み進める。

 最後の行に目が留まった。


『〃でラトレイアーのBの殺し屋に殺害された』


 そう書かれていた。


「事故じゃ……無かった」

「あなた、いつからスパイなのかしら?」

「教えない。ただ、少なくとも彼を殺したのは、私ではないわ」


冴香は歩美と紗季を同時に見る。


「それと、誤解が無いように言っておくけど、私が殺すのは、この世に不利益をもたらす者だけよ」


 冴香の言葉に、歩美は怒る。


「……馬鹿じゃないの?人を殺すなんて、絶対にしてはいけないことだ」


 冴香は顔を前のめりにし、二人を睨みつけた。


「殺して良いって言われてる人を殺して、何が悪いの?」

「本当に警察?」

「公安警察は、時に人を殺す。ある事態の解決を図るためには、殺しでさえも厭わない。そうでしょ?」


 紗季は、歩美の方を見て言う。


「歩美が言いたいのは、人を殺すことは、禁忌に触れることだという事。その依頼は、ラトレイアーからの依頼?それとも、公安警察?」

「……そのどちらでもないとしたら?」


 冴香は、ソファーに背をもたれさせる。


「まだ、何かあるの?」

「まあ、どうでしょうね。冗談かもしれない」

「これは、ふざけてるんじゃないの。私達に言うべきことがあるなら、今言って」


 歩美は珍しく怒ったように、冷静で、凍てついた空気で部屋を満たした。

 その静けさに冴香は少したじろいだ。


「気になるのであれば、に聞いてよ」

「彼女?」


 歩美が問うと、冴香は一瞬俯いた。だがすぐに正面を向き直して言う。


「それと、松村についてだけど、彼は公安警察の協力者よ」

「知ってる。弟がよく言ってるわ」

「そこで、提案。あなた達も公安の協力者にならない?」


 冴香の提案に歩美は顔を顰める。その様子を見た冴香が付け加える。


「じゃあ契約。私達の協力者になる代わり、あなた達の欲しいラトレイアーの情報を渡す。これでどう?」

「……ちょっと、考えさせて」


 歩美はそう言って、メモ帳を取り出し、パソコンの画面をちらちら見ながら筆記する。


「この人、かいにそっくりね。顔が」

「名前も似てる。でも、関係ない。偶然だろうね」


 歩美は描き終えるとメモ帳を閉じジャケットにしまった。

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