第9話 消えたCIA

 ノックして入ってきたのは、生徒会本部役員、彼方綸おちかたりんだ。


「綸ちゃん。どうしたの?」

「ああ、ちょっと相談したいことがあるの」


 綸は、重めで真っ直ぐ切られた前髪をいじりながら、事務所の奥へと入った。

 ソファに座ると同時に胸ポケットから写真を取り出す。


「彼について調べてほしいの」


 そう言って机の上に置かれた写真に写った少年は、綺麗な二重で、切れ長の目、丸い眼鏡をかけていて、少しだけ癖のある髪をしていた。顔は海にそっくりだ。


「彼の名は、夏畑海なつはたうみ。元CIAだけど、数年前に射殺された」

「犯人は?」

「見当もつかないなあ。向こう(米秀小学校)ではまだ捜査が続けられているけど、何せ忙しい世の中だから、捜査はCIAじゃなくFBIが行っている」


 綸は両手の手のひらを上に向け、自分の肩より下ぐらいで止め、首を横に振った。


「まさか彼が殉職したのは、小6の卒業式とかじゃないでしょうね?」


 紗季の質問に綸は目を丸くした。


「どうして、知っているの?」

「だって、前にパソコンを開くと、彼の記事が写ってたんだもん」


 綸は訝し気な表情で紗季と歩美を交互に見る。


「この事件は、表向き事故として処理され、以後事件の詳細は公安警察のみが持つことが許されている」

「……誰かが、ここに侵入してパソコンにあの記事を表示させたってこと?」

「その可能性は高いわ。公安警察は事件を解決するには手段をえらばないから、たとえ、犯罪を犯しても、うまく世間から隠蔽する」

 

 紗季は綸を見て続けた。


「あなたはどうしてこの事件を知ったの?いくら政治家だからって、こんな詳細に知ってるわけないじゃない」

 

 紗季の質問に、綸はしばらく口を噤んでいたが、重い口を開いた。


「言って良いのか分からないけど、先日公安警察の人が来て、『同じ小学校だったんなら知ってるんだろ』と、いろいろ質問されて、何も分からないと分かったら、この写真だけ渡してすぐ帰った」

 

 紗季は写真を手に取り、「なるほどね」と呟いた。


「で、その公安警察は誰?何て名前?」

「……い、言わない」

「……どうして?」


 歩美が理由を尋ねると、綸は「言ってはいけないと、釘を刺されたの」と言った。その声は少し震えていた。


「脅された?」

「いや、ただ単純に、公安警察ってより、公安警察の協力者って言ってて、協力者の詳細は、門外不出だから」

「そう」


 綸はスカートのポケットから財布を取り出し、千円を机の上に置いた。


「これで、良い?」

「うん。同じ小学校の人に聞き込みと、協力を要請する」


 歩美がそう言うと、綸は胸を撫で下ろし、「ありがとう」とだけ言って部屋を出た。


「米秀小学校出身の人って誰が居た?」

「魚浜尚人と秋原雪。今のところ知ってるので言えば、この二人だけね」

「じゃあ、さっそく行こうか」



 本棟の一階、保健室のすぐ隣に、尚人の店がある。二人はそこに向かった。

 店の真横の階段でタオルを目の上に乗せ、寝転がっている尚人を発見した歩美は、スーッと息を吸うと、


「尚くん!起きて!!」

 と耳元で叫んだ。

「うわあっ!」


 驚いた尚は飛び起き、紗季と歩美の顔を見る。


「……な、なんだよ。お前らかよ……爆弾でも爆発したのかと思った」

「尚くん。たこ焼き頂戴。持ち帰りで」

「ああ。待ってろ。ん?待て、お前ら何しに来たんだよ」


 尚が聞くと、紗季は呆れたように口を開いた。


「あなたに聞きたいことがあって来たの」

「は?」


 尚がぽかんとしていると、歩美が胸ポケットから写真を取り出した。


「彼知ってる?」

「ん?ああ知ってるよ。昔の雪の……」


 なぜか尚が口を動かすのを止めた。


「……え?」


 良く聞こえなかったのかと、歩美は尚人の口に耳を近づける。


「い、いや、昔の雪の友達だったなって」

「雪ちゃん?」



—―でもあたしの正体に関しては自力でたどり着けよ。そこまで難しくないだろうからさ。



 この言葉がふと頭によぎった。


「ねえ、尚人、あなた、何か知ってるでしょ?」

「何も知らない。ただ、二人の仲が凄い良かったのは覚えてる」


 尚は淡々と持っている竹串で、たこ焼きをひっくり返していく。


「気になることがあるなら、あいつに聞けばいい。嘘はつかないと思うが」


 尚は、焼けたたこ焼きを順番にパックに詰めていき、割りばしを介して輪ゴムで止める。それを歩美に差し出すと言った。


「じゃあ、三百円な」

「え?高くない!?」


 歩美はカウンターの下に書かれている値札を見て言う。すると尚は揚々と口を開く。


「協力してやったんだから、その分くれよな」


 歩美は不満げな顔を尚に見せると、財布から三百円を取り出した。


「じゃあ。ありがとう尚、これは単に質問なんだけど、雪とはいつからの仲?」

「あー……保育園かな」

「へえそう」


 そう言って、紗季と歩美はその場を去った。



 雪は小説家だ。そのため、校内に執筆用の部屋がある。

 その部屋に行くと、歩美は深呼吸してノックした。


「入れ」


 雪のその声が聞こえたとき、歩美と紗季はドアを素早く開けた。


「お。お前らか。あたしの正体分かったのか?」


 雪はジト目は変えずに、笑顔で言う。


「いやまだ。それより今日は聞きたいことがあって来たんだ」

「あ?」


 雪はイライラしながら、執筆している机の上に足を乗せた。


「この人知ってるの?」

「……海か。知ってるよ。ちょうど一年くらい前に事故で死んだ」


 珍しく、落ち込んだ顔をする。

 雪は両足をおろし、パソコンのキーボードを打ち始めた。

 そんな雪をよそに質問を続ける。


「本当に、事故?」


 その質問に雪は一瞬だけ、驚いた顔をした。


「警察が事故って言ってるんだ。事故だろ」


 その顔をすぐに戻し、淡々と答える。

 紗季と歩美は互いに顔を見合わせた。


「そ。じゃあ、もういいわ」

「私、今、雪ちゃんが敵か味方か、分かっちゃったね」

 

 それだけ言い、部屋を出た。


 雪は笑顔になり、薄暗い部屋の中で、執筆を続けた。

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