お花に乗せて

桜桃

夢と死

 夢がもう、叶えられなくなった。


「なんで、何でなの。私が、何をしたっていうのさ!!!」


 私はずっと、小さい頃からバスケが好きだった。

 中学、高校と。バスケ部のエースとして、頑張り続けてきた。

 将来はプロになって、いっぱい、いっぱいバスケがしたかった。


 それなのに、なんで私は今、病院で寝ているの…………?


 いや、”なんで”じゃない。

 わかってる。


 私は、部活のために学校へ向かっていた途中、飲酒運転をしていた暴走車が突っ込んできて、轢かれた。


 次に目を覚ました時、目に映ったのは真っ白な天井。

 体は動かない、下半身の感覚がない。


 私の身体には、麻痺が残ってしまった。


 目を覚ましたことすら奇跡に近いと、お医者さんは言っていた。

 でも、そうじゃない。そう、じゃないじゃん。


 目を覚ましても、体が動かなければ意味はない。

 体が動かなければ、生きている意味はない。


 麻痺が残っているって、そんな…………だって。

 これじゃ、バスケが出来ない。


 生活すら危うい中でバスケの心配するのはおかしい。

 わかっている。でも、それでも、バスケは私にとって生きがいだった。

 夢だった、私のすべてだった。


 それなのに、なんで、なんで…………。


 涙が溢れて止まらない。

 息が苦しい、目じりが熱い。


 胸が痛い、拭っても拭っても溢れてきて、意味はない。


 言う事の利かない体、使い物にならない体。

 そんな体で生きていたところで、意味はない。将来なんてない。


 なんで、死なせてくれなかったの。

 こんな体で生きていたって、意味なんてないのに!!


『…………――――泣いているの?』

「っ、!」


 私がいる病室は一人用、誰かがいるなんてありえない。

 でも、今確かに聞こえた幼い、女の子の声。


「だ、誰?」

『私は黒華チリ。おねえさん、カーテンあけてもいい?』

「う、うん……」


 返事をすると、カーテンが開かれる。

 そこには、小学生くらいの黒髪の女の子が立っていた。


『お姉さん、泣いてる。痛い? 大丈夫?』

「…………ほっておいて」


 何でこんな所に子供がいるんだろう。

 親は、どうしたというのか。


『…………お姉さん、死にたいの?』

「っ、え。な、なんで……」


 …………待って?


 そう言えば、ドアが開く音なんて聞こえなかった。

 泣いていたから、気持ち的に冷静ではなかったから。

 だから、聞こえなかったのか。


 それに、この子、どこから声を出しているの?

 さっきから口、動いてない。


『お姉さん、死にたいなんて、思わないで。死ぬのは、苦しいよ』

「貴方は、誰なの…………?」


 よく見ると、肌は透けている。

 私の手を握っている手も透けて、触られている感覚がない。


 私の身体は下半身不全。

 上半身は特に問題はない。それなのに、感覚がない。


『…………私、お母さんをいっぱいなかせちゃったの』


 チリちゃんが悲し気に話し出す。

 でも、私、そんなこと聞いていないんだけど。


『いっぱいいっぱい、ないてた。くるしそうに、ないて。いつのまにか、泣かなくなった』


 それは、悲しみを乗り越えたからじゃないの?


『部屋で、一人。空中で、息をしなくなった』


 ? 空中? どういう事?


『近くには、たおれた椅子と、黒いチューリップと赤いチューリップ。暗い部屋、私の、部屋で、お母さん、つめたくなった』


 ――――っ。

 泣かなくなった、は、泣けなくなったって事?

 つまり、自殺…………って、こと?


『かなしい、人が死ぬのは、かなしいの。だから、死にたいなんて、思わないで。私は、死にたくなかった』


 涙を流して訴えて来るチリちゃん。

 顔を俯かせた時に、赤いチューリップの髪飾りが見えた。


『かなしいよ、かなしいの。生きている時より、かなしいの。何もできないの』


 な、なに、この子。

 なんか、怖い。辺りが冷たくなる。


『死なないで、死なないで。お母さんを、かなしませないで』


 俯かせていた顔を上げたチリちゃんの顔は、酷く爛れていて、さっきまでとは大きく変わっていた。


 目や鼻、口がもう判別できない。

 まるで、顔全体を火の中に入れてしまったよう。


 叫びたくても、喉が焼けるように痛くて、叫べない。

 嫌だ、助けて、怖い。


『それでも、死にたかったら、私と一緒に、行こう?』

「い、やだ。いっ、やだ! し、にたく、ない!!」


 それだけを言うと、女の子だったはずの化け物は動きを止め、顔はわからないが、優しく笑ったような気がした。


『…………ヤ、クソ。ク』


 それだけを残すと、チリちゃんは消えた。

 すぐにドアが開かれ、お母さんと医師が入ってくる。


「夏、大丈夫? 顔色、悪いけど。それに、また泣いていたの…………?」


 お母さんが私の顔を覗き込んでくる。

 そんなお母さんの目元は、赤く腫れていた。


 あぁ、お母さんも、泣いていたんだ。

 私と同じで苦しんで、泣いていたんだ。


 私の手を握るお母さんの手、とても冷たい。

 冷え性という訳じゃないのに。


 それだけ、お母さんも辛いんだ。

 それにまた、さっきまでとはまた違う意味で、涙があふれて来る。


「――――これは、赤いチューリップ?」


 そんな時、一緒に入ってきた医師が何かを見つけ、拾い上げた。


 床に落ちていたのは、一輪の赤いチューリップ。

 なんで、私のベッドの隣に……?


「なんで、赤いチューリップがここに…………」

「先生、赤いチューリップが一体?」


 驚いている医師に行くと、簡単に話してくれた。


 私がいる個室は、火事に巻き込まれてしまった小学生の女の子が、入院していた部屋らしい。


 その子は、顔の判別がつかない程に肉は爛れ、醜い姿となってしまっていた。


 それでも、一命はとりとめたが、こんな顔では生きていけないと、自ら命を絶った。

 小学生で、自ら。


 お母さんは、チリちゃんが自ら命を絶つ前、お見舞いには必ず赤いチューリップを持って行っていたらしい。


 ――――あ、赤いチューリップの髪飾り。

 そうか、あの子、赤いチューリップが好きだったんだ。


 だから、お母さんは毎日……。

 でも、それじゃ、なんで黒いチューリップも子供部屋にあったのだろう。


「これは、私の方で回収しますね」

「あ、待ってください!」


 先生は、私が止めた事で不思議そうに首を傾げてしまった。


「その赤いチューリップ、私が頂いてもいいですか?」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 私は今、プロの人達と共にバスケのフィールドにいる。

 でも、自分の足で立っているわけではなく、車いす。


 今は、車いすでもバスケが出来ると、お母さんが教えてくれた。

 リハビリを頑張れば出れるかもしれないと言われ、全力を尽くした。


 地獄のリハビリだった。

 でも、頑張れた。


 もう、お母さんを悲しませたくなかったか。


「――――ありがとう。私、行ってくるね」


 ベンチにタオルと、赤いチューリップの押し花を置いて、私はフィールドに向かう。


 花にここまでの力があるなんて思わなかった。

 けど、この赤いチューリップのおかげで、私はここに立てている。


「では、これから試合を開始します!」


 私はここで、また新たに自分の夢を掴むために、歩みを進める事が出来た。


 私の強い思いを、赤いチューリップは受け止めてくれた。

 そして今、私と共に、進む。

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お花に乗せて 桜桃 @sakurannbo

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