第11話 靄から現れたモノ

 足音が近づくともやの中から二人の男が現れる。


「なにもんだ!」

「帝国兵だろ!」


 農具を手にしている男たちは、腰が引けて剣士というにはほど遠い。


 俺とスピカは両手を上げた。


「兵士じゃないです!」

「ちょっと船の修理がしたいだけだ」


 しかし、漁夫と思える男たちは怪訝な表情を浮かべたままだ。


「んなこと言って、俺らを騙す気なんだろ!」


 鎌を振り上げて迫ってきたので、俺は魔力を手に集中させて、魔法を使う準備をした。


「何が起きているのか知らないが、ただ船を……」


 火力ファイアを使えば、難なく黙らせることはできる。


 そのとき、今度は靄のなかから兵士が現れた。革の鎧を装備した辺境の兵士で、帝国兵と言えるほどの頑丈な鎧ではない。


 漁夫たちは気配を察知して、兵士たちと戦闘になった。


「村から出ていけー!!」

「お前たちに村はやらねーぞ!!」

 

 怒声を上げる漁夫。

 振り下ろした武器はあっという間に兵士たちの剣で破壊された。木製の柄の部分を鉄製の剣で切断されたのだ。


「「ひぃいっ!」」


 慌てふためく漁夫たち。

 次に兵士たちが剣を振り上げた瞬間、靄のなかから何かが飛んできた。


 まるで生き物のように曲線を描き、靄に渦を残しながら微かに見えたのは矢羽だ。

 鎖骨あたりに刺さり悶絶する兵士。さらに矢が飛んできて、他の兵士たちにも刺さった。


「ぐっ! 退くぞ!」


 兵士は肩や足を引きずりながら靄のなかへ消えていった。


 いつの間にか、村はもとの静けさを取り戻している。


「何もんだ、おめえたち」


 少しずつ視界が明るくなり、村の広場から大弓を背負った少年が姿を現した。


 髪がボサボサで肩まであり、服は麻の寸胴だ。漁村にいる漁師の子という感じだが、自分の背丈ほどの弓が異様だった。


「兵士じゃないです!」

「俺たちは船を修理したい。金銭も払う」


 だんだん村人が集まり、不思議なことに少年を中心にした輪ができた。


「ここはロキーソっていう村だ。俺はビョール。あんたらが言っていることがホントだったら、大変なときに来たな。いま、この村は悪徳領主と戦争中なんだ」


 ロキーソはベギラス領でもかなりの辺境だ。領主は侯爵か男爵で、ほとんど社交界でも呼ばれないような下位貴族のはず。そういった領地は、ベギラス領といっても体裁だけで、ほぼ放置されている。


 集まっていたのは男ばかりで、女性や子供は家の中にいるようだ。

 ロキーソの状況はいわゆる、一揆いっきというやつで、漁民の反乱が起きているのだろう。曲がりなりも国側のこちらの身分がバレるのは避けた方がいい。


「そうか、大変な時に来てしまったな。まあ、航海できないわけじゃないから、すぐに出ていくよ」

「そうだな、そうしてくれ」


 ビョールという少年は振り返って、村人たちに俺たちのことを説明した。

 俺より五つぐらい若いのに、まるでこの村の頭みたいだ。


「さて、船に戻るか」


 スピカにそう言って振り返るとスピカの横にマトビアが立っている。

 遠い目をして、背筋を伸ばし、妙なオーラを発しているように見えた。

 

 嫌な予感がする。


「話は聞こえました。ここはベギラス領。その民が困っているのであれば、少なからずでも手を差し伸べるべきかと」

「姫様、さすがでございます」


 いやいや……。こっちは追われる身。

 村の人助けをしている場合じゃない。


「俺たちはもう国を捨てたんだぞ。皇族でもなんでもないし、こっちが助けてもらいたいぐらいだろう。早く逃げないと、デウロンが……」

「お兄様。お言葉ですが、私たち皇族の暮らしは民によって支えられてきました。成人して本来は国に仕えなければならない、その使命をまっとうしていないのですよ」


 マトビアの言うことは正論だが、世の中、それだけでは上手くいかない。


 やはりマトビアは未熟で大人の考え方を知らない。

 賢く生きていかないとな。


「その気持ちは素晴らしいが、誰も彼も助けていくわけにはいかないのだよ。優先事項というものがある、今回ばかりは……」

「お兄様! 正しいことをしましょう。……心の中では分かっているはずです」


 目力の入ったマトビアは俺の手を固く握り、力説する。


 しょうがないなぁ……。可愛い妹のため、ひと肌脱ぎましょうか……!


 ため息をつく俺を連れて、マトビアは町の中心に向かった。村人たちが一斉にマトビアの方を向く。


「私はベギラス帝国の皇女、マトビアです」


 何を考えているのか、マトビアは隠してきた身分を突然、村人全員に告げた。


 騒然となる村人たち。

 驚くものや、頭をさげるもの、バラバラの反応だが、少なくとも武器を手にして襲ってくるものはいない。


 帝国内では美人で有名だし、自ら名乗るぐらいだから敵意がないことは伝わる。しかし……。


「状況によっては、牢に入れられるかもしれないぞ」

「そのときは、お兄様よろしくお願いします」


 こっそりとマトビアは、俺にだけ聞こえるように言った。


 そんなことだと思った。

 まあ、妹が頼ってきてくれるのは嬉しいが。


 女神のようなほほ笑みを振りまく中、少年が近づいてくる。


「冗談きついぜ、おばさん」

「……お……おばっ、おばさん!?」

「このガキ! 姫様をなんと心得る!!」


 眉をしかめたマトビアは、鋭い目をして少年を睨んだ。

 人生で初めて見たであろう、女の豹変ぶりを目の当たりにして、度肝を抜かれたらしい。


「え、この威圧感、もしかして……本物?!」


 いったいどこで本物と判断してるんだ……。


「マトビア・ベギラス、18才。本人です!」


 しかしビョールという少年も大したものだ。すぐに気を取り直した。


「その皇女様が、田舎にいったい何の用だ」


 マトビアの皇族オーラで村人は頭を下げているのに、ビョールだけはマトビアと同じ視線で話している。


 村のリーダーとみて間違いない。


 マトビアもビョールに対して俺と同じ評価をしたようだ。


「さきほど話していた、村の決起の件。私に預けていただけませんか?」

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