第10話 食事に変化を

 アウセルポートではデウロンに追い出される前に食料品を先に積んでいたので、食べ物に困ることはなくなった。だが、やはり質という点できつい。


「アウセルポートの海鮮料理は、美味だった」


 客間のテーブルで思わず呟く。


「すみません。腐りにくい材料しかないので、なかなか美味しくできなくて」

「お兄様、ここで贅沢を言っていたらバチが当たりますわ」

「いや、スピカを責めているわけじゃない。こればかりは、慣れというか、俺の方があわせるべきなんだが……はあー」


 とはいえ、アウセルポートを離れて二日間。乾燥パンに干し肉、干し葡萄に酢漬けのピクルス。ずっと同じだとさすがに飽きる。


「もっとバリエーションを増やして、食料品を買うべきだったな……」

「最近、耳の下の顎の付け根が痛いですね」


 固いものが多いので、何度も咀嚼すると筋肉痛になるのだ。


「たしかに痛いな……」


 顎をマッサージすると、スピカとマトビアも同じように顎に手をやる。


「魚を釣るか」

「あ、なるほど」


 新鮮な食べ物が欲しければ、現地調達に限る。調理はスピカができるので問題ない。


「しかし、どうやって釣るのでしょうか?」

「雑貨を使えばどうにかなるだろう」

「でも、私、魚の種類には詳しくないですよ? 捌くのはいいですが、毒とかないですかね?」

「まあ、そこはなんとなく見た目で分かるだろう」

「少し食べてみたらいいんじゃないかしら?」


 昼になって、俺は釣竿を作り始めた。

 余っている室内物干し用の角材を細くして、先端に麻の紐からとった糸を結んだ。そこに裁縫用の針に刺した乾燥パンをぶら下げる。そして重しをつければ完成だ。


「こんなので釣れるのか?」


 魚釣りをしたことがないので、なんとなくで作ったが。


「釣れそうな予感がします」

「まあ、ものは試しじゃないですか?」


 横で見ていたスピカとマトビアが、興味津々に釣竿を触って、結構適当なことを言った。


「早速、やってみよう」


 海に糸を垂らして待ってみたが何の反応もない。


 二人は飽きて、室内に戻っていった。

 

「うーん。こんなことしてる場合じゃないしな」


 視界がひらけているうちは進んだ方がいい。釣りは夜にやろう。

 撤退しようと釣竿をあげたとき、手応えがあった。


「ん? おお!? なんか釣れてる!」


 ゆっくり上に引き揚げる。

 重い。たぶん大物だ。


 声を聞きつけてマトビアとスピカが駆け上がってきた。


「何か釣れたんですか?」

「うあ、竿が折れそう!」


 ぐっと力を込めて竿をあげた。

 海面から出てきたのは、赤い塊。

 ぐねぐねして、魚とは似ても似つかない姿。


「た……タコ!?」


 とりあえず、船の上に……。

 竿先を立てると、振り子のようにタコが移動する。釣りなどしたことのない俺は、タコをつかみそこねて、後ろにいるマトビアの顔にタコが張り付いた。


「イヤー!」

「マ、マトビアー!!」

「姫様!」

 

 うねうね動くタコに触れないマトビアは、その場に倒れた。すぐに触手を剥がすスピカ。


「痛い! 吸盤が痛いです!」

「姫様、我慢して! じゃないと一生タコですよ!」


 マトビアのほっぺたに吸い付くタコの足を、ゆっくりと外す。


「すまなかったマトビア……まさかタコが釣れるなんて思わなかったのだ」


 大陸一の美貌がタコまみれに……。俺は妹の顔が傷つかないよう、祈りながらタコを剥がした。


「とれた!!」


 腕に絡まったタコをスピカは客間の台所に連れていく。短剣を取り出して、タコに突き刺した。


「地獄に落ちろ! タコ野郎!!」


 とんでもない言葉を口にしながら、スピカはタコを滅多刺しにした。


「大丈夫か……マトビア」


 両手で顔を隠したマトビアは泣いているようだ。


「すまなかった。ちょっと、顔を見せてくれ。ケガしてないか?」

「いやですぅ……」


 泣きながら抵抗していたが、そっと手を取って顔を見る。

 ところどころ、赤い斑点がついているが数日すれば消えそうだ。


「これぐらいならすぐに元に戻るだろう」

「そういう問題じゃないと思いますけど」


 マトビアはすねて、そっぽを向いた。


 火力ファイアで沸騰させた海水にタコを入れて茹でると、夜の晩餐のテーブルに出てきた。


「塩味で意外と美味しいんですよ」


 スピカが勧めると、マトビアは身震いした。


「私は結構です」


 食べてみればたしかに、甘味があって歯応えもあり、美味い。


「たしかに美味いな」


 それに釣られて、マトビアもフォークでタコを刺した。

 じっくりとそれを見た後、口に入れる。


「あ」


 と、頷いて目を丸くした。


「美味しい、かもしれません。でも……」

「でも?」

「アゴが痛いです……」

「「たしかに……」」


***


 早朝、まだ陽が昇る前。タービンを回して船を前進させた。


 陸にはもやがかかり、空気が冷たい。周囲を確認すると、ぼんやりと入江に明かりが見えた。


「ん? あれは……港か?」


 こんなところに漁港はなかったはずだが、しかし篝火が並んでいる。

 かなり小規模な港で、漁村といった感じだ。


「地図に載らないぐらいの村か。修繕する設備はあるだろう」


 進路を変えて港に近づく。

 山に挟まれたような村はひっそりとしていて、フジツボだらけの古い桟橋が目に入る。まだ寝ているのか、村人が見当たらない。


 係留してタラップを架けると、スピカが操舵室から顔を出した。


「ここはどこですか?」

「分からん」


 篝火があるということは、人はいるはずだが、その気配さえない。

 船を持ち上げる上架施設があるので、使わせてもらいたいところだが。


「なんか、不気味ですね。モンスターとかでないですか」

「ベギラス領にモンスターなど出ないだろ」


 ベギラスが中立国を侵略する際に、口実とするのがモンスターだ。モンスターのない平和な領地を実現することが、侵攻の大義名分。

 まあモンスターがその地からいなくなったあとは、モンスターより厄介な帝国の使者が残るのだが。


 桟橋の横にある古い家屋が管理小屋なのか。その扉を叩こうとした時、村の奥で男たちの怒鳴り声が聞こえた。

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