第7話

残り時間、一時間弱

それまでちょっとくらい遊んだって時間には十分間に合う


なにしろ俺は今

己の体では絶対に似合わない

リボンやレースをこれまでかと装飾した服を着て

ぴったりと絵になるような少女なのだから


鏡や窓に映るこの体を見ているだけでうっとりする

気分が高揚する

自分で言うのも何だがこの酒場のようなレストランに

一輪だけ咲いた花のようだった


取り巻きの男たちも俺の一挙一動から目が離せないようで

誉め言葉がすらすら流れて来た

変な優越感に背筋がゾクゾクした


「アキちゃん、変わったね」


そんなゾクゾクが

一瞬で氷を背中に圧しつけられたような気になった

取り巻きの中に一人だけ冷めた顔をしている奴が居た


「ちょっと前には世界が敵みたいな顔をして

誰にでも笑顔を振りまくようなことなんかなかったのに

どうしちゃったのかな?」


心配しているような口調でも目が笑っていない


「ご飯、こんなに食べて大丈夫なの?

最後に会った時にはもっと細くなりたいって言ってたじゃない?

それがどうしたの

君のお母さんみたいな醜い豚さんになっちゃうよ?」


・・多分、こいつだ


この体の持ち主が拒食症を患うようになったきっかけは

多分、こいつだ


「アキちゃんとお話があるから

二人きりにして貰えないかな?」

その静かな男は他の男たちを笑顔のまま追い払った

そしてテーブルの上で組んだ手の上で俯いた


「さて本題だ、アキちゃん」


何だこのモラハラ野郎と俺は内心で言った

この体でもこいつの頬を張り倒して逃げるくらいなら楽勝だろう

さあ何か言え、張っ倒してやるから

ワクワクしてきた


「お願いいいい、僕のところに戻って来てええええ!」


上げた顔から鼻水と涙が垂れ流しになっていた


・・は?


モラハラ野郎曰く

どこかの雑誌読んだ

好きな子の気を引くにはけなすのが一番だとかいうのを真に受けて

アキちゃんをけなしていたが

数か月、会えなかったことでそんなことをしていたから振られたのだと思い

そこでようやく自分のやっていたことの愚かさに気づいたとかいうことだった


「こんな可愛い子に向かって豚とかお前は何なの

イノシシなの?」


そう言ったらモラハラ野郎が顔をぐしゃぐしゃにしたまま笑った


「僕はゴキブリ以下です!」


アキちゃん本当にごめんなさい

あいつらといると本当の僕になれないんです

ついつい誰も得しない見得張っちゃうんですと

モラハラ野郎はレストランの床で土下座した


「じゃ、誓約書でも何でも書けよ

あいつらとはもうつるむなよ

それにこれからもう一度でもバカなこと言ったら速攻でボコる」


「・・ボコる?」


「即、別れる上に

お前の勤め先にお前はモラハラ野郎だと宣伝してやる」


ぶはっとモラハラ野郎が噴出した


「いや、今日のアキちゃんホント良いわ!

ついでにそのハイヒールで僕のこと踏んでくれない?」


息が荒かった

モラハラ野郎はそんな特殊性癖もあったようだ

はいこれ誓約書とどこから取り出したのか紙にきちんと署名がしてあった


アキちゃんさんよ

拒食症になるまで思い詰めた価値、こいつにないぞ?

でも誓約書か、コレはいい土産が出来たわけだ


うんうんとそんな満足をしていると

聞き慣れない着信音がした

あいつの携帯が鳴っていた


「金は、どこだ?」


今までの良い思いがサーっと音を立てて流れ去って行った

コレはやべえなんてものじゃない


誘拐犯へ向けて、俺は謝り倒してなだめすかした

相手も金が入れば良いのだから、交渉には多少の融通を利かせて貰った

それからこれは慰謝料なとモラハラ野郎からカードを巻き上げた


ぽかんとしているモラハラ野郎をレストランに置き去りにし

モラハラ野郎の口座から

速攻で身代金を引き出した

そして爆速でなと運転手に金を掴ませ

タクシーで指定場所へと向かった


街外れの一角に

運転手は俺を降ろすと速攻で走り去っていった

無理もない、ここは貧民区でも特に治安の良くない地域だ

防犯カメラすら壊されるか売られるような場所


指定された場所の見張りらしき人物が俺の風体をジロジロ見てきたが

とにかく金を持っているため

割とスッと通された


交渉部屋だろう薄暗い部屋へと俺は通された


「あ、あんたは・・・」



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