【KAC20245】ある一般男子大学生の述懐

千艸(ちぐさ)

ひとけが無くなるまで一人でいた僕が悪いんだけどさ

 突然だけど、花見っていいよね。

 この国の好きな風習ランキング僕調べのかなり上位に入る。

 僕はハーフだけど心は純日本人なので、桜が咲いたと聞くと素直にワクワクし始める。

 綺麗な花を見ながら美味しいご飯やお酒を片手にのんびりした時間を過ごす。贅沢、浪費、それが人間的文化的活動というものだ。

 あと、ピンク色が可愛くて好き。


 花を見てると思い出す。

 あいつが僕の特別になった、あの事件。


 僕が最初に死にたいと思った、あの日のことを。



 えっとあれは小四だから、僕らが十歳になる直前の春だね。

 僕の父親は半分タレントみたいな有名な美容整形外科医。見た目三十行くかいかないかなのに、その頃にはもう五十代だった。テレビは美しいバンパイアだなんだと持て囃したり、全て自身の技術によるものだと称賛してんだか貶してんだかよく分からない取り上げ方をしたり。

 そして彼が後妻に選んだ東欧美女との子である僕は、ただの小学生なのに二世タレントかのごとく注目を浴び始めていた。

 天使のように可愛い金髪の美少年、雷野リノ。

 可愛いと言われるのには慣れていたし、僕も自分は可愛いんだと思ってた。だから髪はその頃から伸ばしていたし、ブリティッシュな服装を好んでた。嫌だな、需要考えて服を選ぶガキ。今はアメカジが好きだからちょっと黒歴史なんだけど、当時の写真を見ると、割とノリノリで二世タレントごっこしてたのでは?と思ってしまう。

 でも、そうやって持て囃されるのは、当時の僕的にはかなり嫌だった。普通の友達を作るのは端から諦めていたけど、大人と仲良くしたいとも思わなかった。

 あいつら酷いんだよ。僕の同級生を金や物でそそのかして、僕のテストの点聞き出したり、僕の休日の予定割り出したり、挙げ句、僕の持ち物を盗ませたりした。

 そこまで行くと、イジメだろ。

 同級生なら口喧嘩で負けない。でも後ろに大人がいると、同級生をなじっても意味がない。出てこいよ、卑怯者共。そんなに僕が気になるんなら、お望み通り暴れてやるよ。

 そんな腐した気分で、その日も下校途中に尾行されてるのを、公園で暗くなるまで時間を潰して諦めさせようとしていた。

 桜が綺麗な頃だったから、花びらが散るのを眺めて、その動きを観察するだけで、割と夢中になれた。


 でもどうやら、その日付き纏っていたのはもっとヤバい奴だったらしい。


 暗くなって子供の気配が他に無くなり、さすがに帰るかと思ってベンチを離れ、植え込みに近づいたところで、僕は襲われた。

 たまに父さんの友人として家に遊びに来る、普段は愛想のいいオッサンだった。

 でもその時は目がギラギラ光っていて、ニタニタ笑っていて、ヤベェ状態だとひと目で分かった。


「リノくん、知ってるよね、可愛いね、騒がないでね、いい子だね……」


 僕が何も言えずにいるのに、そいつはずっと独り言を繰り返してる。言葉を喋ってはいるけど、会話、通じるんだろうか。


「や、やめろ、放せよっ!」

「大丈夫だよ、すぐ終わるからね、」


 やっぱ駄目だ、こいつもうニンゲンじゃない。誰か助けてよ、いつも鬱陶しく付き纏うクセに、今は誰も見てないのかよ。手足をバタつかせて抵抗を続ける。背後をとられたら終わる、と何故かそういう直感があった。


「やだ、キモい、触んなクソがっ」


 振り抜いた足を掴まれ、いよいよマズい、と僕の悪態が悲鳴に近くなった、その時。


「リノ!!」


 忘れるわけがない。

 あの時の、泣きそうなくらいの安堵感を。

 それは同い年の甥、クリスの声だった。

 クリスは僕の声を聞きつけてオッサンに突進したらしい。あいつは小四でも既にかなり体が大きくて、多分百五十センチは超えてたと思う。オッサンはバランスを崩して地面に倒れた。


「っ火事だーー! 大変だ、かーーじーーー!! 逃げろ、火事だーーーー!!」


 クリスが大声で叫ぶ。火事? ああ、そうか。人を呼ぼうとしてるんだ。

 オッサンがもたもたと走って逃げ出す。公園を出たところで、二人の男子高校生に取り押さえられた。僕はそんなのもうどうでも良くて、クリスに引っついてわんわんと泣いた。


 クリスは僕の帰りが遅いのを心配して、一人で探しにきてくれていたんだとか。

 おおごとになって、警察が来て、オッサンが連れて行かれて、男子高校生達が事情を話してるのを、僕は公園のベンチでクリスにもたれかかったまま眺めていた。

 僕の母親は海外遠征中で家にいない。父親は仕事が忙しいから、迎えに来るのに時間がかかる。それで、クリスのお母さんが来てくれることになったらしい。警察の人が、もう少しだけそこで待っててね、と教えてくれた。


 ……あの高校生のおにーさん達、さあ。

 きっと僕が襲われてるの、黙って見てたんだろうな。

 クリスが来て、人が集まりそうな気配を感じて、慌てて『善人』になったんだろうな。

 たまたま通りすがりにだばだば走っていくオッサンを、何となくで取り押さえようなんてしないだろ。

 でもきっと、感謝させられるんだろうな。

 くだらねー。

 僕のヒーローは、クリス一人で十分だ。

 なんで僕ばっかりこんな目に。

 目立つ親、目立つ容姿、目立つ頭脳。

 ギフト?

 いいや、呪いだろ。

 クリスになりたい。

 クリスみたいにカッコよくてまっすぐで強い男になりたい。

 僕より頭が悪いところを馬鹿にしてた今までの自分を恥じる。

 リノは、嫌だ。

 クリスがいい。

 今すぐ死んで、クリスに生まれ変われないかな。

 僕が、この僕であることの幸せなんて、無い。

 オッサンやあのおにーさん達を狂わせてさ、

 僕さえいなけりゃ『善人』だったのにさ。


 僕の肩を抱いてくれてたクリスがぱっと手を離して僕を見た。


「リノ、ところでさー、今日……」

「離さないで」


 僕が反射的に声を上げると、クリスは目を丸くして黙ってしまった。

 ……ああ、話さないで、だと思ったのかな。

 僕はクリスの手を掴んで、僕の肩を抱かせ直した。


「……ん、今日、何?」

「話していいの?」

「いいよ、何?」

「今日うち泊まっていきなよ。一人だと嫌な夢見そうじゃん」

「クリスと一緒にいたって見ると思うけど」


 嬉しい、ありがとう、と素直にお礼を言う前にそんな余計なことを言ってしまうのは、昔からの僕の悪癖だ。


「そりゃそうかもしれないけどさー」


 クリスはちょっと困り顔になる。ごめん、嬉しいんだ、ホントだよ。


「俺が隣で寝てれば、泣いてたらヨシヨシしてあげられるし」

「……今ヨシヨシして」

「よしよし……」

「う、うう〜っ」


 泣き止んだと思ったけど、やっぱ無理。

 泣いちゃう。こんなの。幸せ過ぎて。

 クリスに頭を撫でて貰うためには、

 僕はリノでないといけなかった。


 手の甲に、桜の花びらが乗る。

 花、話さないで、離さないで。

 僕が生きて良いと思えるまで。

 僕がクリスと幸せになるまで。

 一緒にいて、置いてかないで。


「リノ、花びら積もってきたね」


 クリスが僕の肩をトントンと叩く。


「桜は綺麗だからいいよ、別に」

「確かに。リノはピンク似合う」

「クリスは似合わねーよな」

「俺は赤が好きだな! 青も! あ、黄色も好きー」

「信号じゃん、もう花じゃないよ」

「えっ花じゃないといけなかったの!?」

「ふふっ、もういいよ、お前に花なんか似合わない」

「えー? 俺は綺麗なものが似合う大人になりたいけど……」

「へえ? 意外だな、なんで?」

「リノが綺麗だから。」

「……えっ?」


 可愛いとは言われ慣れてたけど、綺麗なんて言われると思ってなかった。

 胸がどきどきする。え、どうして? どうしてお前、そんなこと言うの?


「リノ、大人になったら結婚しよ」

「け、結婚……?」

「俺、リノのことずっと守るから。嫌なことあったら、俺が全部戦ってやっつけるから。だから、ずっと一緒にいようよ」

「なんで、僕……?」


 頭が真っ白になる。

 嬉しいとか幸せとかが振り切れて、理解が追いつかなかった。


「そりゃあ、リノが可愛くて、綺麗で、面白くて、あとえーと、一緒にいて楽しくて、大好きだからだよ」

「僕に……馬鹿にされてたのに。良いのかよ」

「まあリノより馬鹿なんだからそこは仕方ないよなー」

「仕方なくないだろ、怒れよ……変な奴」

「えー、だって仲良くしたいしー」


 ようやく僕の調子が戻って来る。憎まれ口のレパートリーがぱぱっと脳裏に浮かんだけど、今はその時じゃないと冷静になれた。適切な返事を、しないとね。


「……僕も、仲良くしたい」

「えっ!?」

「何だよ……僕も好きだって言ってんの。結婚、いいよ」

「マジで!? えっ!!? じゃあアレしよ、誓いのチュー」

「しねえよ馬鹿! 結婚する時にするやつだろそれは!」

「するって決まったんだから良くないー?」

「駄目! やだ! 僕とお前はまだ友達!」


 そう、クリス、お前だけは、あのオッサンやおにーさん達みたいに狂わないでほしい。

 僕のせいでおかしくなったなんて僕が気付いてしまったら、多分自己嫌悪で死ぬ。

 お願いだから、まだ友達でいて。

 お前の心を、話さないで。

 綺麗な花のままで。

 そばにいて。


 ベンチでじゃれ合う僕らの周りを、ひっきりなしに桜が舞う。

 忘れられない、春の思い出。





「先輩ー! ここにシート拡げちゃっていいんすか!」


 サークルの現役達に声を掛けられ、我に返る。

 医学部生が一人でもいれば、医学部棟のそばの花見スポットを占拠していても何も言われない。引退してからも誘われるとは思ってなかったけど、まあいつも頑張ってる可愛い後輩達のためだし、花見自体も嫌いじゃないから、僕は二つ返事で引き受けた。


「おー。誰も場所取ってなかったら大丈夫」

「こんな穴場があるんですねー」

「工学部の皆はこっちに来ないもんなぁ。毎年使っていいよ」

「下の池より断然こっちですね、人いないし、コンビニ近いし」

「あっちで何十人って規模の場所取るの大変だもんね……」


 そう、うちのサークルは規模がデカい。

 さすがに全員参加するわけじゃないけど、それでも花見は毎年賑やかだ。


「……早く、またお前と桜を見たいんだけどね」


 僕は医学部棟の桜の向こうに見える附属病院に向かってこっそり語りかけた。

 お前がそこで眠り続けて、もう六年になる。

 お前が僕の代わりに眠っている間に、僕は大学生になり、四年の座学を何とか無事に修了し、もうすぐ臨床実習が始まる。

 慌てても焦っても仕方ない。全部お前を起こすためだ。

 待ってろ、僕の眠り姫。


 桜の花びらが一枚僕の頬に引っついて、なかなか離れなかった。

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