勇者が爆死!? リベンジするため三年修行! ~カレーの権化な聖女とお色気魔女が再び世界を救いに旅立ちますっ!?~

霜月サジ太

そしてふたりは旅立つ……

「勇者ぁ! 勇者ぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲痛な叫びは一帯に響き渡る。

 ここが洞窟のような閉鎖空間でなく開けた荒野であるにも関わらず。


 絹のようにしなやかで長い、一度触れたら撫で続けたくなる触り心地であろうことが想像できる緑色の髪を振り乱し、その髪色より一段鮮やかな新緑の季節を彷彿させる透き通った緑の瞳をあふれ出る涙で濡らしながら、喉が潰れてもおかしくないほどの声量で翡翠ヒスイは仲間のことを呼んだ。


 雪のように白い肌も、先の尖った長い耳も嘆きで真っ赤に染めながら慟哭する。

 彼女の慕う勇者柘榴ザクロは激戦の末に己の命を賭して敵を滅ぼす秘術を使い、その身は果てたのだ。


「翡翠! しっかりして! 一旦逃げるよ!」


 桃色の髪の上に乗せた黒のとんがり帽子に黒ずくめワンピースの少女、珊瑚サンゴは毅然とした表情で、座り込んで動けない翡翠に食って掛かる。


「だって、だって、勇者がぁぁぁ!」

「柘榴の命を無駄にするんじゃないよ! あんたまでここで死ぬ気!?」

「カレー食べると落ち着きますよ~?」

琥珀コハクは黙ってて!」


 泣きじゃくる翡翠とたしなめる珊瑚の間へ、黄髪の少女が緊張感のない口調で割って入った。

 どこから取り出したのかカレーライスを盛った白磁の皿を右手に、銀製の匙を左手に持っているが、ピンク髪の魔女、珊瑚の一喝で鎮まる。


 カレー聖女。

 人々は彼女琥珀をそう呼ぶ。

 数多の香辛料スパイスを調合し作り出す、人々を魅了してやまない伝説の料理、カレー。

 若くしてその秘術を継承・発展させた功労者であるのが由縁である。


「敵さんが迫ってきますよ~?」

「先人たちは言った! 逃げるが勝ち! ひとまず退散だよ!」


 柘榴の亡骸を背負い、取り乱している翡翠の手を琥珀に引かせ、自分はその琥珀を引っ張り、珊瑚は走る。

 走れてないが、気持ちは走る。追手はこない。

 両手の塞がった琥珀は匙を口に咥え、カレーライスの皿を器用に頭の上に乗せている。


(柘榴……! 仇は必ず討つからね……!)



 ◇



「博士っ! はかせぇっ!!」

「なんじゃ、騒々しい」


 逃げ延びた珊瑚たちはとある建物の扉を脚で開け放った。

 薄暗い室内で人の背丈以上もある巨大な金属の箱の前で何やら操作をしている、ヨレヨレの白衣を羽織った初老の男がいた。

 珊瑚たちに街に襲い掛かる脅威と戦う力を与えた、怪しい研究者である。


「勇者が、柘榴がやつらにやられました……っ!」

「そうか……」


 言いながら金属箱を触る手を休めない男。


「(もっと言うことあんだろクソジジイ)今のままでは、やつらを打ち倒すことができず、この町は滅ぼされてしまいます! なにか……なにか手立てを!」

「そうじゃなぁ。いくらワシがすんばらしいアイテムを作ってもおぬしらが未熟では使いこなすことができん。おぬしら自身のレベルアップが必要じゃ。修行の旅に行ってまいれ!」

「(テメェ人のせいにしやがったな)ええっ!? ちょっと唐突過ぎません??」

「尺の都合じゃ。こんなこともあろーかと! 修行にぴったりの場所を見つけておいたわい」

「あたちおうちかえりゅ……」

「翡翠! しっかりしなよ!!」

「あー……、こいつはダメじゃな。故郷に送り返そう」


 金属箱の隣に据えられた人がすっぽり入るほど巨大で透明なかめ――赤や青など色とりどりの線が幾つも繋がっている――に戦意どころか生きる気力さえ失い先祖返りしたのか指を咥えてメソメソしているエルフの娘を放り込み、文字の明滅する板の前でなにか暗号のようなものを打ち込むと、途端に耳長の少女の姿は消え失せた。


「え? えええ??」

「翡翠が消えたわねー」

「空間転移装置じゃ。今のあやつは一人で歩くこともままならんからの。エルフの里に飛ばしたわい。あとは誰かが見つけてどうにかするじゃろ。して、珊瑚、琥珀。おぬしらは印怒羅インドラに行ってもらおう」

「印怒羅!?」

「パンドラ?」

「遥か西の国……ありがたい経典と失われた古の魔法と秘伝の香辛料スパイスが伝わる国じゃ。きっと良いカレーが作れる……もとい、いい修行ができるぞい」

「秘伝の香辛料スパイス……じゅるり」

「目的はそっちじゃなぁい!」

「ほれ、善は急げじゃ」

「(善かよ!?)で、でもっ! 私たちがいなくなったらこの町は誰が守「安心せい。こんなこともあろうかと町全体を覆える超強力結界発生装置を作っておいたわい。これでやつらは侵入できぬ。耐用年数は四年じゃから、それまでに戻ってくるよーに」

「(そんなんあるなら最初っから使え!)ちょ、ちょっと! 帰るときはどうしたらいいんでしょう!?」

「残念ながら転移装置は片道切符でな。三年間みっちり修行して帰りは自力で自前でよろしくじゃ。柘榴の遺体はワシのほうで何とかしておくから安心せい。それじゃいくぞーい。ポチッとな」

「わ! 待って……うわわわわわ!!」


 言うが早いか担いでいた柘榴の亡骸は容易たやすく引っぺがされ、必死に足掻くも抵抗空しく珊瑚は甕に放り込まれた。

 続いて琥珀が「スッパイスー♪」と自ら甕に飛び込む。


「フフフ、うまくいったわい」


 少女たちのいなくなったあと、暗がりで独りほくそ笑む老人の姿だけがあった。


 ◇


 話を戻そう。


 事の始まりは突然だった。

 冒険者が入り乱れる開拓時代も、大国が領地を奪い合う時代も落ち着き、今は隣国同士の小競り合いや自然災害のように唐突な大型魔獣の襲来くらいしか目立った事件が起きない、比較的平和になった剣と魔法の世界でそれは起きた。


 突如現れたのは全ての鉱石、宝石をわが手に収めんとするレ・プリカ帝国。

 皇帝プラスティックを名乗る謎の仮面の男は様々な魔物を繰り出し各地に攻め入った。

 その魔の手はここ水晶王国にも忍び寄っていた――。

 時の王、クリスタル・キングは平和ボケしており、攻め来る魔の軍勢を前に敗戦を重ねる一方だった。

 このままでは領地の最終防衛ラインを突破されてしまう。

 王は親指の爪を噛みながら言った。


「嗚呼……我が国もこれまでなのか……!」


 ふと、王の脳裏によぎる人影。

 名案、とばかりに王は家臣に向かい唾を飛ばす勢いで命じた。


「そ、そうだ! 誰か! 奴を! Dr.ドクター石座いしざを呼んでまいれ! あやつこそ、この襲来を予期し警鐘を鳴らしていたではないか! 何か秘策を用意しておるかもしれん!」

「王……恐れながら……」

「なんじゃ?」

「『そんなやつ来るはずもない! 戯言たわごとを申すな!』と城から追放したのは王ではありませんか……」

「え……? わ、儂そんなこと言ったのか……?」

「はい、しかと。……Dr.はヘソ曲げてすぐ出ていかれました」

「うわ~~~~~ん! 儂のばかぁぁぁぁ!!」


 ◇


 (今のままじゃ勝てない! 強くなって、きっと柘榴の仇を!)


 想いを心に強く秘めたピンク色髪の魔術師・珊瑚。


 女神へ捧げる讃美歌を鼻歌で歌いながら、香辛料がずらりと並ぶ露店を一軒一軒しげしげと見つめて巡る黄色髪の聖女・琥珀。



 転移の甕で飛ばされたのはDr.石座の言葉通り印怒羅の国であった。

 二人はDr.石座が話を通しておいたという各々の達人に師事。


 カレーの師匠というのは頭にターバンを巻き、笛の音色で壷に入ったコブラを操る寡黙な色黒で痩せぎすの老人だったのは言うまでもない。



 そして三年の月日が経った――。



ピンク髪の魔術師・珊瑚と金髪の聖女・琥珀は甕型転移装置で印怒羅に送り込まれたときと同じ、街の外れの人通りの無い草原にいた。


時折顔を合わせてはいたが、修行の内容にはお互い触れていなかった。


「で、琥珀は何を会得したのよ?」

「カレー秘術ですぅ~」

「か、かれーぇ?」


 思わぬ答えに拍子抜けする珊瑚。

 琥珀は得意げに胸を張る。


「ふっふーん。甘く見てはいけませんわ~。香辛料スパイスの宇宙は無限ですもの~」

「ま、まぁ期待するわ……」

「珊瑚は~?」

「え?」

「珊瑚は何してたのですか~?」


 聖女らしい純粋な輝きを見せる瞳で期待を込めて見つめる琥珀。

 珊瑚は顔を背ける。


「わ、私は……」

「何もしてなかったら許さん」

「やってるわよ! そ、その……魅惑チャームを……」

「房中術ぅ?」


 がっかり、や疑いではなく、興味津々とばかりににやける琥珀。


「そ、そんなにやらしいものじゃないわよ!!」

「ふぅーん」

「なにその疑いの目! ってかなんで聖女がそんな言葉知ってんのよ!?」

「み・み・ど・し・ま♡ やってたって、男と、ってことですのね。柘榴のこと忘れて……」

「ち、違うわよ!」

「じゃあ、女となんですー?」

「そ、それは……っ」

「図星ー? わたしにやってくだされば……」

「な、なんでよ!?」

「どれくらい強くなったか知りたいからですわ(結ばれたいからに決まっていますわ、三年もお預けだったのですもの)」

「や、やらない! やらないったら!(何を言い出すのよこの子は!)」

「つまんなーいですわー(わたしの気も知らないで……)」

「何か言った!?」

「なんでもありませんわー? おっとー、それよりー、こんなところに号外がー」


 わざとらしく少し皺の寄った安っぽい紙を取り出す琥珀。


「何なの急にっ! どれどれ……『王都の超強力結界、ついに破られる』うっそぉぉぉぉぉぉ!!!!!?」

「もう手遅れかもしれませんわねー?」

「暢気に言ってんじゃないわよ! 耐用年数四年って言ってたじゃない!」

「使用環境によって異なります、ってやつではありませんかねー?」

「年単位でズレるかっ!! と、ともかく、王都に向かうわよ!!」

「どうやって? ですの~?」

「そ、それはっ……」

「じゃんじゃかじゃーん。こーんなこともあろうかとー。博士がー、パワーアップアイテムを送ってくれていましたわー」

「早く言ってよ! って、なんで琥珀のところに届いてんのよ!?」

「信用の差ですわねー」

「はっきり言うわねこの聖女! って、ナニコレ? 宝石?」

「力の宿る石、パワーストーンですわー。さぁ、高らかに叫ぶのです」

「叫ぶって何を……。あぁっ! 頭の中に言葉が流れ込んでくる……っ!」


 ピンク色の宝石を受け取れば、脳に直接言葉が刻まれていく感覚に見舞われる。


「『ヘリオドール・カレー……!』」

「『コーラル・チャーム……!』」


「「『インクルージョン!!』」」


 手のひらに置いた宝石を握りしめると、目を開けていられないほどの爆発的な光に包まれ目の前が真っ白になる。


誘惑の魔女チャーミング・ウィッチ・ピンク・コーラル!』

カレーの乙女カレー・メイデン・カレー・アンバー!』


 口が勝手に名乗りを上げ、体が釣られてポーズを決める。


「な、ナニコレっ!? ふ、服が変わってる!!」

「パワーアップはまず見た目から、らしいですわよ。ふふ、珊瑚よく似合ってますわ」

「やーよ! 恥ずかしいわこれ!!」


 珊瑚が自分の体を見下げて騒ぐ。


 チューブトップで肩ひもが無くへそ上までしか丈の無い服、太ももの半分までしか無いプリーツスカートと、その数センチ下から脚を覆うニーハイストッキング。

 足元はフリンジひらひらが付いた靴底五センチはあろうかというゴツい厚底ショートブーツ。


 濃淡の差こそあれど全てピンク色だ。

 垂らしたままの胸元まであるピンクの髪はそのまま、見上げると頭上に見えた三角帽子のまでピンクに染まっている。


「真っピンクじゃない!!」

「私は黄ばんでいますわ~」


 心なしか声が弾んでいる琥珀を見やれば、元の服より伸びて腕全体どころか手袋まで一体化した袖、膝下まであるフリルスカートまで全て黄色。スカートの下から伸びる細い足を覆うのは茶色のレースアップ編み込みロングブーツ。

 ミディアムヘアの肩まである金髪の輝きはそのまま、その全身はまるで――。


「カレー色に染まったって喜んでるんじゃないでしょうね……?」

「これはターメリックカラーウコンの色ですわー」

「屁理屈言うなっ!」

「どうやら空が飛べるみたいですから、これで王都までひとっ飛びできますわねー」

「なんちゅうデタラメなの……」


 軽く念じただけで体が浮いてしまった。

 方向転換も思いのままだ。


「ね、ねぇ、これスカートの中見えてないっ!?」

「見せるための服ですわよね?(ばっちり見えてて眼福ですわ)」

「な、なんでっ!?」

誘惑チャームってそういう……」

「やだぁぁぁぁ!」


 いつの間にかカレーを取り出し、優雅に空中遊泳しながら食事を楽しむ琥珀。

 珊瑚は顔を真っ赤にし、スカートを抑えながら不格好に飛ぶ。


 勇者の爆死から三年後――。


 新たな力を手に入れた二人の美少女――カレーに一途な天然聖女と魅了が武器の恥ずかしがり魔術師のペアが今、守るべき王都へ向け出発したのであった。


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勇者が爆死!? リベンジするため三年修行! ~カレーの権化な聖女とお色気魔女が再び世界を救いに旅立ちますっ!?~ 霜月サジ太 @SIMOTSUKI-SAGITTA

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