第11話 陽葵との帰り道


「じゃあ、朝言った通り放課後は体育祭の実行委員の集まりがあるから、二人はよろしくね〜。場所は会議室!」


 帰りのホームルームの終わり際、小川先生が朝言っていたことを改めて伝える。

 今日はこの後、体育祭についての集まりがあるらしい。


「はい、日直さん号令して!」

「気をつけ、礼。さようなら」

「はーいさようなら」


 定型通りの挨拶を終えると、生徒達は続々と教室から出ていった。

 碧斗は実行委員として集まりがある為、まだ帰らない。

 そして、もう一人の実行委員――小野寺陽葵は、机に突っ伏して爆睡していた。

 さすがに一人で行くのはまずいし、会議室の場所も分からないので陽葵を起こすとしよう。


「おーい、陽葵さーん……って、本気で寝てるなこれ」


 声をかけてみても、起きる様子は無い。

 気持ち良さそうな寝顔からも、それは読み取れる。


「陽葵ー、起きろー」


 時間が無い為、碧斗は陽葵の脇腹をつつく。

 教室には既に他の生徒はいない為、遠慮はしない。


「……碧斗ぉ」

「……起きたか」


 おもむろに目を開ける陽葵。

 寝起きだからなのか、甘えるような声を出している。


「……ってえ!? 帰りのホームルームは!? てか六限やってないじゃん!」

「どんだけ寝てたんだよ」

「最近早起きしなきゃいけなかったから眠い……の……」


 いつもギリギリ登校常習犯の陽葵。

 実行委員になり、朝早くの集まりも何回かあった為、なんとか早起きをしているものの、代償はやはりあるようだ。

 陽葵らしいというか何というか。

 そんなことを思っていると、陽葵は再び机に突っ伏し始め、二度寝を遂行しようとした。


「……おい、集まりあるから起きろ! 寝ーるーな!」


 絶対に寝させまいと、碧斗は陽葵の肩を無理矢理後ろから持ち上げる。

 すると、陽葵はそんな碧斗を利用して、流れのままに碧斗に寄っかかる。


「……碧斗のお腹、枕みたいできもちー」

「デブって言ってんのか」

「別にー。ちょっとかたくて、私の好きなタイプの枕だなーって……」

「それならよかっ……ておい! 起きろってば!」


 碧斗が言い切る前に、陽葵は再び眠りに入ろうとしていた。

 そんなことはさせまいと、碧斗は陽葵の肩を揺らす。


「……んもう。そんなに陽葵ちゃんの体触りたいのー?」

「語弊を生む言い方するな」


 完全に良からぬ想像をしている陽葵。


「……しょうがないなぁ、おいで? ほら」


 そして、碧斗の返答など微塵も聞いていない陽葵は、眠そうな顔をしながら碧斗の方へと向き、両手を広げてハグを誘った。


 ――か、かわいい。


 三大美女の一角、小野寺陽葵。

 普段は陽気で元気な分、たまに見せる妖艶な色気は破壊力抜群だ。


「……しない。早く行くぞ」

「んえー、いじわるぅー」

「ほら、立って」

「……ん、ありがと!」


 若干、可愛さにやられそうになった碧斗だが、何とか踏みとどまる。

 そして、眠そうな陽葵の手を引き立ち上がらせると、陽葵もすぐに通常運転に戻った。


 会議室に向かう為、教室を出て廊下を歩く陽葵と碧斗。


「んで、なんの集まりだっけー? 碧斗を可愛がる集会だっけ?」


 寝ぼけているのか本気なのかよく分からない陽葵。

 何の集まりか分からないのは多分本気だ。多分というか絶対。


「……そんなわけあるか! 体育祭の実行委員の集まりだよ」


 ――いやいやいや、あってもいいんですけどね!?


 と、言葉の裏腹に変なことを考える碧斗。

 ただ、だとしたら小春と乃愛も必要なので、いない時点でそんなものは無い。


「陽葵、会議室の場所分かんないから教えてくれるか」

「あ、会議室なんだ! いいよー!」

「どこ行こうとしてたんだよ……」


 既に歩いていた二人。

 碧斗が聞かなかったらどこに行こうとしていたのかは、神のみぞ知ると言ったところだ。


「じゃーあー、」


 歩きながら、指を顎に添えて、何かを考えているような素振りをする陽葵。

 その答えを出すように、言葉を続けた。


「手繋いでくれたら、教えてあげてもいいよー?」

「……え?」


 その考えは、教える代わりに手を繋げ、というもの。


「え、嫌なの? この陽葵ちゃんと手を繋げるのに?」

「……学校だぞ? ここ」

「別にいいじゃーん。一年生に見られなきゃ良くない? 乃愛と小春には見られたいけどさー?」


 またしても、三大美女の一角からの妖しすぎるお誘いだ。

 だが、ここは学校。

 誰かに見られでもしたら大変なことなので、碧斗は断――れなかった。否、断らせてくれなかった。


「どこにいるかわかんな……っておい、答えを出す前に繋ぐなよ」

「えへへ、碧斗に拒否権は無いんだよ?」


 有無を言わせず無理矢理、陽葵は小さな右手で碧斗の左手を取った。

 


「……んだよそれ」

「まあいいじゃん? 会議室連れてってあげるんだからさ」

「ま、そうだな」


 結局、反論しても離してくれなさそうなので、碧斗は潔く諦めた。

 とはいえ――


 ――陽葵様、ああ陽葵様。


 と、心の中では大喜びしているのである。


 陽葵にされるがままに、手を引っ張られ歩いていると、気付けば会議室に。

 幸いにも、すれ違った生徒は誰一人としていなかった。

 が、その理由も、会議室に入った瞬間に分かった。


「遅いですよ、1-B組の二人」


 中に入ると、既に他のクラスの実行委員は集まっており、碧斗と陽葵の席だけが空席だった。

 遅刻の原因はただ一つ。

 陽葵が爆睡をかましていたからだ。

 すると、それを反省したのか、陽葵は申し訳なさそうな顔をしながら、


「……ごめんなさい。私の隣にいるペアが、転校してまだちょっとしか経ってなくて。それで時間わかんなくて、教室で寝落ちてたんですぅ……」

「え、おい、は!?」


 申し訳なさそうな顔をしていたので、碧斗は「うんうん、ちゃんと謝ろうな」と心の中で思っていたのだが、陽葵はまさかの碧斗のせいにした。


「だから私から謝りますね先生。これからはちゃんと連れてくるので……ね?」

「ね? じゃないよ全く。まあいい。早く座りなさい二人とも」


 いやいや、おいおいおい。

 まるで俺が悪いみたいになってるんですけど!?

 てかなんで先生も納得してんの!?


 と、静かな苛立ちを表情に出す碧斗。

 そんな碧斗を見抜くかのように、陽葵は「許して」と言わんばかりに、こちらを向いて可愛くウインクをする。

 遺憾無く三大美女の権能を使ってくる陽葵。


 ――そんなのずるいだろうがあああ


 と、碧斗は陽葵を許した。可愛さに負けて。

 無論、既に座っていた他の実行委員は、碧斗にだけ冷ややかな視線を送っている。


 二人が席に着くと、前に立つ先生はホワイトボードを使って話し始めた。


「それでは早速始めます。まずは体育祭の日にちはいつか覚えてる? ……じゃあ、遅れてきたそこの女の子!」


 抜き打ちテストの様に、陽葵に指を差す先生。


「6月5日!」

「それは今日でしょうが! 体育祭は6月29日ね。ちゃんと覚えておきなさい」


 流れるように即答で間違える陽葵。

「てへ」と笑う陽葵に先生は呆れ気味だが、時間も押しているので詰めたりはしない。


「じゃ、まずは種目についてなんだけど、手元にある資料を見てくれる?」


 先生に言われ、机の上に置いてある資料に目を通すと、プログラムの様に書かれている種目達。

 だが、一箇所だけ空き枠がある。


「で、そこに何も書かれてない空き枠が一つあると思うんだけど、それを今から決めたいと思います」

「決める? ってどういうことですか?」


 他のクラスの実行委員から、先生へと質問が飛ぶ。


「学年ごとに今から種目見せるから、その中から選んで。そしたら選ばれた種目が空き枠の中に入るから」

「なるほど」


 先生が言うには、空き枠は自由種目らしい。

 既に書かれている種目には、借り物競走やクラス対抗リレーなどがあった。


「その種目ってなんですか?」

「今から配るから、学年ごとに決めてもらえる?」

「あ、わかりました」


 他の実行委員との会話が終わると、先生は新たな資料を取りだし、学年ごとに分かれている机へそれぞれ配り出した。


 配布資料に記されていたのはこうだ。


 一学年自由種目(一種目のみ)

 ・大玉転がし(男女各1人ずつの、2人組で行う)

 ・障害物競走(各クラス10人ずつ選出)

 ・玉入れ(クラス対抗)

 ・台風の目


 の、四つの種目が書かれていた。

 どれも道具の準備に時間がかかる種目なので、自由種目になっているのだろう。


「じゃあ、今から10分くらいで決めてちょうだい。決まったら各学年報告しにきて」

「はーい」


 そうして、各学年空いたスペースに集まり、自由種目の選定を進めた。


「じゃあー、とりあえずクラスごとに希望聞いていくね」

「そーしよそーしよ」


 リーダーを買って出てくれた他クラスの実行委員が、進行を進める。


「c組は……なんでもいいとして、d組はどれがいい?」

「うーん……玉入れとかでいいかな」


 どうやら、リーダーを買って出てくれたのはc組のようだ。ありがとう。


「a組はどーする?」

「えーっと……台風の目がいいかな」

「台風の目、と。じゃあbぐ……」

「大玉転がし! 二人一組だし!」


 またも陽葵が、フライング気味に希望を伝える。

 どう考えても碧斗と一緒にやりたいが為だ。


「う、うん。わかった。陽葵ちゃんのクラスは大玉転がしと」


 若干気圧されるc組のリーダー。

 碧斗は、「うちの陽葵がすみません」と心の中で謝った。

 にしても、陽葵は既に他クラスの女子にも知られているらしい。

 まあ、三大美女と言われている程なので有名なのだろうが、実際に聞くと改めて「すごいな」とも思う。

 そんなことを考えると――


 ――三大美女の一人と手繋いできた俺、既に優勝です!


 と、碧斗は心の中で一足先に体育祭を終わらせていた。


「うーん、綺麗にバラけちゃったね」

「そうだねー。どうしよっか」


 綺麗に意見がバラけた今、悩むのは決める方法と言ったところ。


「じゃんけんで決めない? 楽しいし!」

 

 さすが、三大美女の碧斗ジャンケンを勝ち抜いた女は、すぐにジャンケンの案を出した。

 よっぽど自信があるのだろう。


「ん、そうしよっか。陽葵ちゃんの案で大丈夫?」

「いいよー!」

「おっけい」


 特に反対する理由も無いので、他クラスの実行委員は陽葵の案に賛成する。

 そして、ジャンケンをすることになった。


「さいしょはぐー! じゃんけんぽん!」


 会議室に、空気を読めない陽葵の朗らかな声が響き渡る。

 結果は、あっさりと陽葵の一人勝ち。


「うしっ! 今日も陽葵ちゃんの右手はさいきょーだな!」

「さすがだな」

「えへへー」


 自分の右手を褒める陽葵と、素直に感心する碧斗。

 すると陽葵は、そんな碧斗の耳へとおもむろに近付いて――


「――碧斗と手繋いだから、だよ?」


 と、性格からは想像できない程の妖艶な声色で囁いた。

 人目も気にしない大胆な行動と、周知に知れ渡る三大美女からのご褒美に、碧斗の気持ちは嬉しさと羞恥の半々になっていた。


「えへへ、じゃ! 陽葵ちゃんが直々に報告してきます!」

「うん! ありがとね〜」

「じゃ、戻ろっか」


 陽葵が先生の元へ向かうと、他の実行委員は自らの席へと戻り出す。

 碧斗はその場に立ち尽くしていた。

 だが、何も心配は要らない。

 陽葵の、あまりの破壊力に、


 ――うおおおおおおおお


 と、バレないように堪能しているだけだから。


「はい、じゃあ各学年集まったので今日は解散にします」


 各学年、順調に自由種目を決め終わり、放課後の集会の終わりを告げる言葉を先生は口にした。

 

「はーい!」

「こういう時だけ返事するな」

「てへ」


 面倒事が終わる時だけ、分かりやすく嬉しそうにする陽葵。

 いつかブチギレられそうだが、それはそれで陽葵の反応が気になるので良し。(良くない)


 先生が終わりを告げると、続々と会議室から生徒が出ていく。

 その流れに乗って、碧斗と陽葵も下駄箱へと向かった。


「てか、あの先生なんて名前?」

「えー、私もわかんないなあ。 初めて見た」

「初めてなのに俺のせいにしたの!?」

「いや、初めてだから碧斗のせいにしちゃった。陽葵ちゃんの顔に免じて許してくだちゃいな」

「頭が良いんだか悪いんだか……」


 まさに悪知恵が働く女の子、と言った感じだ。

 まあ、陽葵の容姿と普段の性格から、全て愛嬌に感じてしまうのだが。


 数十秒も歩けば、下駄箱へと到着する。

 この後、特に予定もない碧斗は、靴を取りだし、陽葵に挨拶をして真っ直ぐ帰ろうとした時だった。


「じゃあ……」

「陽葵ちゃんは、一人寂しく帰らなきゃいけないのかなー? ああ悲しー。うわーんうわーん」

「……」

「うわーんうわーん」


 嘘すぎる泣き声を出す陽葵。

 かまってちゃんにも程がある。


「……なんだよ」

「こーんな可愛い女の子が一人で帰ってたら、怖いおばあさんに襲われちゃうかもなー?」

「……相場はお兄さんだろ、そこ」

「とにかく、誰かが一緒に帰ってくれないと嫌だなー?」


 素直に言えない部分は、乃愛みたいだ。否、言えないのではなく、あえて言わないのが陽葵なのだが。

 そして、迷っている――フリをしているだけの碧斗の心は


 ――正直待ってました、はい


 と、またも情けない声を出している。

 一種のハーレム、そして三大美女を楽しむ男の、自分が一番素直になれていない情けない声を。


 結局、と言うべきか期待通り、と言うべきか分からないが、碧斗は陽葵と共に帰宅することになった。


 夕日がオレンジ色に街を彩る中、陽葵と碧斗は、共に帰路についていた。


「ちょうどいい気温だなー! ちょっと暖かいって感じの」

「そうだな、過ごしやすい」

「空の色もいいよね。ちょー綺麗だし!」

「眠くなっちゃいそうだけどな」

「なーにそれ。赤ちゃんみたいだね。……あ、いいこと思いついた!」


 夕焼け空を眺めながら、陽葵は何か閃いたような顔をしている。


「ん、なんだ?」 

「碧斗にさ、ちょーちょー絶景スポット教えてあげようか?」


 夕焼けの綺麗さに感化された陽葵。

 

「ちょーちょー?」

「うん、誇張無しでちょーちょー! もうほんっとに綺麗な場所があるの! 夕焼けも綺麗だけど、もっと綺麗なの!」

「へえ〜。まだこの学校に来て二ヶ月ちょっとだし、行こうか」

「さすが碧斗、そうこなくっちゃね! ま、拒否権なんて無いんだけどさー! ほら、行くよ!」


 そう言うと、陽葵は無邪気な微笑みを浮かべながら走り出す。

 碧斗がその場に立ち止まっていると、それを確認した陽葵は、走りながら後ろを向き、「おいで」と言うように手を振ってきた。


「……変わってないな、本当に」


 夢中で走っていく陽葵を見て、ふとそんなことを呟く。

 夕焼けを取りに行く子供のような姿。

 中学の時の、元気いっぱいな陽葵そのものだ。

 そんな、茶色いショートボブの"妖精"を追って、碧斗も走り出した。


「なあ、どこまで行くんだ? 疲れちゃうよ」

「この階段のぼったらすぐそこだから! 男の子なんだから弱音吐かないの!」

「……はい、すいません」


 階段を上る途中、つい弱音を吐く碧斗に、陽葵は珍しく正論を言う。

 元気いっぱいの美女は、まだまだ疲れていない。


「こっちこっちー!」

「元気すぎんだろ」

「えへへー。それが陽葵ちゃんのいい所だからね!」

「まあ、それもそうだな」

「でしょでしょ……お、ついた!」

「うし、すぐ行く」


 一足先に階段を上り終えた陽葵。

 すぐに後を追うように、碧斗も階段を上がった。


「……すっげー、まじで」

「ね? 誇張無しでしょ?」

「むしろ過小評価してたくらいかもな……」


 やっとの思いで上り終えた先、視界に入ったのは、疲れを優に吹き飛ばす絶景だった。

 沈みかける夕日が、遠くに見える海の水平線と重なっている。

 その前には街並みがずらりと存在していて、それもまた味を出していた。


「しかもさ、ベンチあるんだよ!? 完璧すぎない!?」

「お、ほんとだ。なんかそれ用に作られたみたいだな」

「ほんと作った人ナイスって感じだよね。陽葵ちゃんの脳みそをよく分かってる」

「陽葵の為に作ったわけじゃないけどな、うん」


 そんな会話を挟みつつ、二人は置いてあるベンチに座る。

 絶景を視界に焼き付けながら、可愛らしい顔で「ふんふん」と気分が良さそうに鼻歌を歌う陽葵。

 前後にゆらゆらさせる足も、全てがあの頃のまま。


「はあ〜、綺麗だなぁ」


 感嘆の声を漏らす陽葵。

 すると、程なくして再び口を開いた。


「ねえ、碧斗?」

「ん?」

「覚えてる? ……こんな感じで二人で景色見てる時に、私が告白したこと」

「忘れてるわけないだろ、景色もまんまこんな感じだし。覚えてるよちゃんと」

「えへへ、よかった」

「唐突すぎてビックリしたけどな」

「うるさいなあー。初めてだったんだから許してよ」

「そうだな」


 ――――――――――――――――――――――


 それは、中学一年生の頃の話。

 校外学習を皮切りに距離が縮まっていた碧斗と陽葵は、二人で遊びに来ていた。


「碧斗ー? ちょっと疲れたから休んでかない?」

「ん、いいよ。近くに海あるらしいからそこ行く?」

「いいねー! いこいこ!」


 日も落ちかけた頃、5分程歩いた陽葵と碧斗は、目的の海辺に到着した。


「綺麗だなー、ここ」

「俺のおすすめスポット。いいでしょ?」

「うん。毎日来たいくらい綺麗!」


 今はまだ、友達以上で恋人未満。

 そんな言葉が世界一似合う二人は、体が触れるか触れないかの絶妙な距離感で、隣同士に座っている。


「てかさ、今日見た映画めっちゃ怖くなかった!?」

「え、そう?」

「うん、私べつに怖いの苦手じゃないけど、すっごい怖かった!」

「でも今日見たの、恋愛映画だよ?」

「……げ」

「寝てたな、ばか」


 勝手に自爆する陽葵。

 だが、そんな陽葵が、碧斗からすれば可愛くてしょうがない。


「……途中から寝ちゃった、ごめん」

「全然いいよそんなの。……陽葵といるだけで楽しかったから」


 もどかしい距離感に、つい我慢出来なくなった感情が襲う。

 付き合えれば、言いたい放題なのに。


「えへへ、私も楽しかったよ」

「それはよかった」

「……校外学習で一緒になった時からいままで、ずっと楽しいよ、私」

「……ありがとう」


 波音が時々聞こえても、二人の空気感は誰にも邪魔出来ないほどに美しい。

 お互いに両想いだと分かっている状態の、一番楽しい時間だ。

 少しだけ攻めた発言をしてしまったな、と、お互いに頬を赤らめていると、陽葵が口を開く。


「ねえ、碧斗?」

「うん?」


 碧斗を呼ぶ陽葵の顔は、夕日の輝きも上乗せされて紅潮しきっていた。


「私ね、校外学習で碧斗のことが気になり始めた訳じゃないの。実は、小学校の頃から碧斗のことが気になってて……ううん、好きで」

「……うん」

「でも、その時は小春ちゃんと付き合ってたから、他の男の子好きになろーかなーって思ってた」

「そ、うなんだ」


 優しい陽葵の性格故に、碧斗が無理だと知れば、小春の為にも他の男の子を好きになりたい。

 だが、優しい陽葵の性格故に、一度好きになった男の子をなかなか嫌いにもなれなくて――。


「で、でもね、私……今まで恋とかしたことなかったし、初めて好きになった人も碧斗だったの。だから、なかなか忘れられなくて、ね。どうしよーって、思ってたの」

「……うん」

「そんな時に、小春と別れたって、聞いてさ。そしたらさ、ひどいんだけど……嬉しくなっちゃって」


 人の別れを喜ぶことなど、本当はしたくない。

 けど、本当に好きな人が別れたら、どうしても、嬉しくなってしまうもの。

 そんな自分を省みながら、陽葵は言葉を続ける。


「……もっとひどいんだけど、碧斗のことが、昔よりもずっとずっと、ずーっと好きになっちゃった、の」

「……うん」

「だ、からさ。もし良かったら、ね?」


 普段、明るく振る舞う陽葵。

 そんな陽葵でも、この言葉を言うには相当な勇気がいる。

 ――それは、初めての恋でもあって。


「わ、私と、付き合ってほしいの!」


 波音に負けないように、陽葵ははっきりと言いきった。

 頬を夕日よりも赤くさせながら。

 そんな陽葵を見ながら、碧斗も頬を赤らめて口を開く。


「……俺も、大好きです。陽葵のこと。だから、よろしくね」


 迷いなく、陽葵が一番聞きたかった答えを、波音に負けないように碧斗も言いきる。

 その答えを聞いた瞬間、陽葵は張り詰めていた胸を一気に解放させた。


「え、ええ、えあ!? ほ、ほんとに?」

「うん。って、嘘なんかつくわけない」

「わ、今日から、碧斗の彼女に、なれるの?」

「そうだよ。俺の彼女は陽葵だし、陽葵の彼氏は俺だ」


 友達以上、恋人未満だった関係が、完全に恋人になる瞬間。


「碧斗ぉ……」


「頑張った自分を慰めて」と言わんばかりに、碧斗へと寄りかかる陽葵。

 ――そして、碧斗の肩へと、自分の頭を置いた。


「頑張ったご褒美ね、はい」

「えへへ、嬉しい、ありがと!」


 自分の肩に乗る陽葵の頭を撫でる碧斗。

 二人の距離感は、触れるか触れないかの微妙な距離感ではなく、完全に触れていた。


 ――――――――――――――――――――――


「懐かしいね、初めて告白したんだから私」

「よく頑張ったよな、本当」

「偉そうに言っちゃってー。碧斗の顔だって真っ赤だったもん!」

「……何も言えません」


 あの頃と同じような色をした夕日が、ベンチに座る二人を照らす。


「なーんかなあ」

「どーしたんだ?」


 何かを思うように呟く陽葵。

 普段見せない表情の為、碧斗には少し気がかりだ。


「……ねえ、碧斗?」


 隣に座る碧斗へと、視線を送る陽葵。

 そして、碧斗が「ん?」と返事をしたのを確認して、言葉を続けた。


「昔をさ……こうやって二人で思い出してたらさ」

「うん」


 水平線に沈みかける夕日に、頬が紅潮する陽葵の顔。

 さながらあの頃のような状況と、あの頃のような雰囲気で。

 そんな顔を見せながら、陽葵は口にした。


「――転校してきた時よりも、ずっとずっと、ずーっと好きになっちゃった!」


 あの頃よりも余裕のある口調で、陽葵は言った。


 そして、ベンチに座りながら、おもむろに碧斗に近付き、体が触れ合う場所で止まると、


「くっついていい?」


 と、碧斗に言う。

 突然の行動に、言葉が出ない碧斗。


「お……って、そうなるよな」


 碧斗が何かを言いきる前に、陽葵は――碧斗の肩に自分の頭を乗せた。


「ま、拒否権なんてないもん! ばか!」


 碧斗の肩の上で無邪気に微笑む三大美女・小野寺陽葵。

 水平線に沈む夕日の絶景を、碧斗の肩の上で堪能している。

 時折、「ふふん」と鼻歌も混ぜながら。


 


 あれから時は経ち、夜。

 いつものように動く三人のグループトークは、今日も今日とて碧斗の自慢大会が開催されている。


 陽葵:『小春と乃愛にろーほー!』

 小春:『なんですか?』

 陽葵:『今日、碧斗と一緒に帰っちゃったー! ばんざーい!』

 乃愛:『私まだ返事してないんですけど!』


 自慢したくて二人の返事を我慢出来なかった陽葵に、乃愛の冷静なツッコミが入る。


 小春:『……それだけですか。思ったより薄くて反応に困ります』

 乃愛:『そんなの誰だって出来るよ? 自慢する程じゃなくない?』


 普段、碧斗と喋ったということですら自慢し合っている人間達が言えることではない。


 陽葵:『ふん、それだけじゃないからね? 陽葵ちゃんはまだ切り札を隠してますよ?』

 乃愛:『何よ、早く言いなさいよ』

 小春:『焦らさないでください』

 陽葵:『手繋いじゃいましたー! きゃは』

 乃愛:『ムカつく』

 小春:『きゃは、がムカつきますね』


 普段、照れて顔が見れない乃愛と、シンプルに男子と接する事に慣れていない小春。

 二人の足りない部分を持っている陽葵に、少しだけ劣等感を覚えたようだった。


 陽葵:『乃愛のおかげでペアになれて一緒に帰れたから感謝です! どーもどーも!』

 乃愛:『あームカつく! 一番ムカつく! 小川に変なこと言わなきゃ良かった!』

 小春:『きゃは、が無くてもムカつきますね』


 痛いところを突かれた乃愛。

 というか、三人ともお互いに対する性格の悪さが滲み出ている。

 ただ、これもまたお互いの前でしか見せられない部分なので許容範囲。


 陽葵:『陽葵ちゃんが一歩リードしてる感じだけど、みんな引き続き頑張ってね!』

 乃愛:『たった一日帰ったくらいで調子乗んな! 私だって……誘える……と思うし!』


 多分無理だと思った乃愛、それが露骨に文面に表れている。

 

 小春:『そうですよ。何も一緒に帰ることは陽葵さんの専売特許ではありませんから』

 陽葵:『でも小春と違って手繋げるし?』

 小春:『うるさいです、あの日は夜だったから仕方ないんですよ』

 陽葵:『関係ないモーン』


 無論、小春が碧斗と一緒に帰った時に「好き」と伝えたことは、このグループには報告済み。否、自慢済み。


 乃愛:『ま、別にいいんじゃない。そうやって陽葵と小春で調子乗ってれば?』

 陽葵:『ふん。うっさい』

 小春:『一緒にしないでください。というか乃愛も調子乗ってます』


 一人の男を求め合う三大美女は、今日も今日とて碧斗へのアピール結果を自慢し合う。そして何より、仲が悪い。

 が、ちゃんと、「おやすみ」の挨拶は欠かさなかった。


――――――――


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