第10話 体育祭実行委員会


「おはよーございます!」


 今日も今日とて、クラス全員の気持ちいい挨拶が響き渡る教室。

 一日の始まりを告げる声色は、先生としても生徒としても気持ちのいいものだ。

 ちなみに、乃愛によって暴かれた"喜びの宣言"による影響なのか、三大美女の顔はいつもより清々しく、可憐で、可愛げのある顔をしていた。


「じゃ、今日も問題無く過ごすように! あと今日は決めることがあるから、六限は遅れないで教室にいてね! はい号令!」


 小川先生の聞き取りやすい声が、朝のホームルームの終わりを告げる。

 どうやら、何か決めることがあるらしい。


「……嫌だなあ」


 朝のホームルームが終わると、隣の夏鈴が呟く。


「え? どうしたの?」

「いやあ、もうそろ体育祭じゃん?……って、そっか碧斗は転校生だった」

「いや、うん。転校生だよ俺」

「なんか普通に仲良しだから元からいる生徒だと思っちゃった」

「それは嬉しいけど。てか六月に体育祭あるんだな」

「そうそう、華月学園は毎年六月末なんだって」


 華月学園は、毎年六月末に体育祭を開催している。

 夏に入る手前で、気温もちょうどいいからだ。

 梅雨が被るのは気になるものの、雨天でも別日に開催する為心配は無い。


「そうなんだな。夏鈴、なんか落ち込んでたけど」

「うん、体育嫌いなんだよねー……。体育の先生は好きなんだけどさー」

「体育の先生?」


 生徒はおろか、先生すら全く分からない碧斗は、体育の先生と言われても全くピンと来ていない。


「体育の先生めっちゃ優しいんだよ?」

「そ、そうなんだ」

「うん。髪の毛薄いしガリガリだしホントに優しいの」

「いや、え? 関係無さすぎない?」


 全く因果関係が無い気もするが、というか無いのだが、そんな言葉選びも夏鈴らしさなので良しとしておこう。


「てか、六限の決めることってまさか」


 なんとなく予想がついた碧斗。

 その答え合わせをするように、夏鈴は口を開いた。


「実行委員だろーねー。あ、私は死んでもやらないよ?」

「やっぱそうか」

「うん。体育祭の為に帰るの遅くなるとか嫌だし。朝早く来るとかもっと嫌だし」

「どんだけ嫌なんだよ」

「出来れば中止になってほしいくらいには嫌だね」


 これでもかと言う程に、夏鈴は体育祭が嫌いらしい。


「碧斗は嫌じゃないの?」

「うん、まあ。運動も出来ないわけじゃないし。どちらかと言えば出来ない方だけど」

「そーなんだ。せっかくだし実行委員やってみれば?」


 碧斗は、早起きが苦手な訳でも、運動が嫌いな訳でも無い(出来ない方ではあるが)ので、実行委員をやることに抵抗は無かった。


「うーん。迷ってる。ちなみに内訳ってどんな?」

「内訳って?」

「その、人数的な? 男女で一人ずつなのかとか」

「あー、普通に男女一人ずつだと思う」

「やっぱりそうなのかー」


 男女二人ということは、碧斗が実行委員になったとして、あと一枠は女子ということ。

 好きバレしている今、碧斗が立候補すれば間違いなく女子枠はあの三人の誰かだろう。

 それを幸運と見るか、不幸と見るか。


 ――うん、やるしかないでしょ、こんなの。


 もちろん、流川碧斗という男は、幸運に見ている。

 というか、最初から迷っていない。

 誰かを好きになると決めた今、拒否する理由が何も無い。


「まさか碧斗、あの三人と一緒になりたいとか?」


 そんな碧斗を見て、またしても、"夏鈴の勘"は冴え渡る。

 正確には碧斗じゃなくて三人が"なりたい側"なのだが、誤差の範囲内だろう。


「え、いやいやそんな訳ないでしょ。あの三人と一緒なんて周りの目が怖いって」

「ふーん。昨日の挨拶の時点でもうだいぶやばいと思うけど?」

「ま、まあそうだな。それはそう」


 相変わらず、夏鈴はニヤついており、何かを知っているような顔をしていた。

 元カノという関係性を伝えたりはしてないので、それが逆に怖くなってくる。


「ま、頑張ってね〜」


 そう言うと、夏鈴はトイレに行く為か教室を後にした。

 夏鈴がトイレに行ったのと同時に、碧斗が危惧していた時間がやってくる。


「おい流川!」

「おいおいおい転校生よー」

「流川くん」


 碧斗の机を囲むのは、まだ面識の無い三人の男子クラスメイト達だ。


「……は、はい?」


 さながら陰キャムーブをかます碧斗だが、クラスメイトはそんなことよりも確認したいことがあるのだ。


「お前、あの三人とどういう関係なんだ?」

「三人……三人って言うのも俺たちはおこがましい位だぞ!流川碧斗!」

「そうだそうだ!」


 何やらある三人について言及しているクラスメイト達。

 無論、元カノ達のことではあるのだろうが、碧斗はあえて分からないふりをした。


「さ、三人って?」


 そんな碧斗を、男子クラスメイト達は逃さない。


「とぼけるな! あんな特別感満載の挨拶されてたら何かしらあるだろ?」

「三人って……三大美女のことだよ!」

「そうだそうだ!」


 やはり、その事だったようだ。

 詰められるのも時間の問題だとは思っていたので、仕方ない運命だと思って受け入れる。


「あ、ああ。その事ね」


 露骨に何かを隠すように返事をする碧斗。


「やっと認めたか! あの三人とはどんな関係なんだ? ちなみに俺は小野寺さん派だ」

「三大美女は小野寺さんと夜桜さんと如月さんのとこだぞ! わかってんのか!」

「そうだそうだ!」


 一人は質問して、一人は三大美女を説明して、一人はもはや「そうだそうだ」しか言っていない。

 専用の役職があるのかと言わんばかりに固定化されている三人の男子クラスメイト達に、少しだけ笑いそうになりながらも、「どうしようか」と困っている時だった。


「――碧斗くんが困っていますよ。離れてあげてください」


 上品な足取りと雰囲気を纏いながら、歩いてくる女の子。

 三人の男子クラスメイトを注意したのは、これまた三大美女の一人、夜桜小春だ。


「……」

「……」

「……」


 唐突な美女からの注意。

 そんな美女の正論と美しさに、三人は黙り込む。


「困っているではありませんか。碧斗くんのかっこいい顔が可愛い顔に変わっていますよ。まあ、良いことかもしれませんけど」


 ――いや、あの、小春さん?

 

 露骨すぎるアピールに、碧斗は嬉しさと驚愕が半々。


「……あの、夜桜さんは流川とどういう関係なんですか?」

「……三大美女の一人、夜桜小春さん……」

「……そうだそうだ……」


 小春の美しさを前にしても、相変わらず固定化された三人。

 だが、活気は下降気味だ。

 自分にはあんなに強気だっただけに、碧斗は少しだけ「ええ?」と悲しい気持ちになった。


「私と碧斗くんは恋……友人ですよ。なので困っている碧斗くんを見ると、助けたくなってしまうのです」

「ゆ、友人ですか? 夜桜さんと?」

「はい。何か不思議なことでも?」


 三人組の質問担当だった男の子が、代表して夜桜さんと会話をしている。


「いや……友人とか作ってなかった気が、はい」

「それは私に友人がいないと?」

「あ、いやいや、そんなことはないです!」


 うっかり口を滑らせた質問担当の男の子。

 慌てて訂正をする男の子を見て、碧斗は心の中で少しだけ笑った。


「その、何で、流川と?」


 普段、異性とは絡まない小春。

 そんな疑問が生まれるのは当然だ。

 

「何で、と言われましても。私は碧斗くんと恋……友人になりたいのでなっただけです」

「そ……そうですか」


 さっきから、うっかり"恋人"と言ってしまいそうになっている小春だが、何とか我慢をしている。

 

「とにかく、碧斗くんが困っているのでやめてあげてくださいね。かっこいい顔が台無しになってしまいますから。わかりましたか?」


 またも露骨にアピールする小春。

 そう言いながら三人に優しく微笑むと、三人は「はい……」とその場を後にした。

 質問担当の男の子は、小春と会話が多く出来たからか、少しだけ嬉しそうにしていた。


「困ったら、いつでも呼んでくださいね。碧斗くん」


 艶やかな黒髪を纏いながら、優しく微笑む美女。

 

「……お、おう。ありがとう」

「ふふ」


「今も呼んだわけじゃないけどな」と碧斗は思ったが、実際に助かったのでそれは言わないお約束。

 それよりも――


 ――そんな露骨に!? 


 と。

 三大美女の一人が直々に注意しに来たこと、他の男子よりも明らかに特別扱いされていること。

 それを露骨に行動に移す小春に、碧斗は心の中で叫んだのであった。


 四限まで消化し、いつものお昼休憩を迎えた。

 今日も今日とて、碧斗は翔と共に弁当を食べていた。


「今日はうなぎじゃないんだな」

「さすがに金が無いんじゃね?」

「言う事が生々しいよなほんとに。もう少しオブラートに包んでよ」

「じゃあ、金銭が少ない?」

「まんま言い換えただけだろ……」


 男らしい翔は、頭脳もやはり男らしい。

 元々短絡的な考えをする男ではあるが。


「てか翔、実行委員とかやる?」

「あー、体育祭の?」

「そうそう。それ」

「どうしよっかなー。運動嫌いじゃないから意外とありかもな」


 夏鈴とは違い、翔は運動が得意らしい。


「運動神経良さそうだもんな、翔」

「まあな。小学生の頃なんて陸上で県大会優勝したぜ?」

「いやいや、嫌いじゃないって言ってた奴の実績じゃないだろそれ……」

「へへ、そうか?」


 どう考えてもスポーツが好きな人の実績だ。


「んで、碧斗はどうなんだ? 実行委員とかやりたい?」

「お前ほどじゃないけど、俺も運動は嫌いじゃないからな。迷ってるところ」

「嫌いじゃないってどれくらいよ」


 県大会で一位に輝いた男にそんなことを聞かれても困る。

 碧斗には特に誇れる実績も無いので「聞くな」と言った。


「碧斗がやりたいなら、俺は立候補しないでおこうか?」

「え、まじで。いいの?」

「まあ、これも転校記念ってことでな」

「じゃあお言葉に甘えさせてくださいな」


 心優しき男・間宮翔は、碧斗の為に立候補を取り下げてくれるらしい。

 お言葉に甘えて――などと綺麗な言葉を並べる碧斗だが、


 ――お願いだから僕にやらせてくださいうなぎはもう要りませ……やっぱりそれは要りますけど、もうせがみませんから……

 

 と、誰かを好きになる為の道のりを出来るだけ楽に辿りたい碧斗は、実は最初からそうしてほしかった。というのはここだけの話にしておこう。

 

 それから、順調に五限も消化し、時は六限を迎えた。

 チャイムが鳴ると同時に、欠席者のいない教室へと小川先生が入ってくる。


「はーい号令して!」


 まだまだ若い小川先生の声。

 それを皮切りに、日直担当が「気を付け、礼。お願いします」と挨拶をする。


「はーいお願いします。じゃあ、事前に予告しておいた通り、体育祭の実行委員決めするよー」

「先生、何決めるか言ってなかったから困っちゃってましたー」


 揚げ足を取るように、陽葵が言う。

 ただ、いつも通りの光景なので、クラスメイトは笑っていた。


「あら、ごめんごめん。六月末に体育祭があるから、実行委員を決めます! 分かった?」

「はーい!」

「なんなのよあいつ」


 納得した陽葵が明るい声で返事をすると、聞こえるか聞こえないかの絶妙な声量で乃愛が愚痴る。

 そんな二人は気にせず、小春は静かに完璧な姿勢で座っていた。


「じゃあ、早速なんだけど決めちゃおっか」


 小川先生は手元の資料に目を通すと、実行委員の内訳について話し始めた。


「まずは男女一人ずつでお願いね。部活はえーっと……入ってても入ってなくても大丈夫!」


 夏鈴の言う通り、男女一人ずつの計二人で、実行委員は決まるらしい。

 部活の入部の有無も関係ないらしいので、碧斗にはぴったりだ。

 となれば、碧斗のやることはただ一つ。


 ――何が何でもなってやる!!


 と。

 誰かを好きになると、宣言をした碧斗。

 もちろん、実行委員も候補するに決まっている。


「男子から行くよー。やりたい人!」


 手を挙げながら、小川先生が合図を出した。

 勿論、碧斗に取っての大事な合図でもある。


「――」


 忍者の如く、静かに手を挙げた碧斗。

 無論、この男の欲望はうるさすぎるが。

 隣に座る夏鈴は「やっぱりな」と言うような表情をしている。

 一方、離れた場所に座る三人は、手を挙げた碧斗を見た瞬間、明らかに視線が変わっていた。

 碧斗一人だけならば、即決だ。

 ――だが、碧斗の"喜びの宣言"道程は、そんなに甘くない。


「……五人かあ」


 小川先生の、非情な言葉が突き刺さる。

 碧斗の他にも、四人、手を挙げていた。

 隣に座る夏鈴から視線を感じるので、見てみると「ドンマイ」と言うように親指を立てていた。


「……まあ、勝ち抜くしかないよな」

「そうだね。応援してるよ」

「それはどうも」


 夏鈴からのささやかな鼓舞を受け取り、勝つ決意を固めた碧斗。

 ハーレムを楽しむ為には、仕方がないことだ。

 と、思っていた時だった。


「小川せんせー」


 決める方法を悩む小川先生に、とある女の子の声が降り注ぐ。


「ん、乃愛ちゃんどーしたの?」


 その声の主は、如月乃愛だ。

 「下手なことは言うなよ」と思いながら、碧斗は黙って乃愛の話を聞く。


「決める方法悩んでるなら、私の考え言っていいですか?」

「ん、いいよ。聞かせてくれる?」

「わかりました」


 自分の考えがあると、小川先生に伝える乃愛。

 そうして、少し黙った後、その考えを口にした。


「碧斗、転校してきてまだちょっとしか経ってないし、碧斗にやらせるのはどーですか? 友達だっていないし、友達作りがてらいいと思いますけど」

「こら。友達いないかどうかは関係ない」 


 サラッと刺さる一言を添える乃愛と、それを注意する小川先生。

 普通にその通りなのでやめてほしい。


「まあそれは、はい。事実でも可哀想なので取り消します」

「……事実ってなんだおい」


 トドメを刺すような言い方をする乃愛。

 そんな乃愛に聞こえないように、碧斗は突っ込む。

 すると、そんな乃愛を見かねた小川先生が、口を開いた。


「なに、その口ぶりだと乃愛ちゃんは碧斗くんと一緒に実行委員になって、友達になってあげたいってこと? かな?」

「……は、はあ? 違う、全然違うし……いや、違くな……全然違う! ほんと何言ってんの」

「ふーん。まあでも、乃愛ちゃんの言うことも正しいから、とりあえず聞いてみるね」

「……はい」


 思わぬ先生からのからかいに、クラスメイトの前で顔を紅潮させる乃愛。

 赤らめいた顔色が、金色の髪と絶妙にマッチしており、乃愛を見てニヤけている男子生徒も少なくない。

 一方、碧斗は、隣の夏鈴に「おいおいおい」とからかわれていた。


「じゃあ、今の乃愛ちゃんの提案なんだけど、下村くんと高谷くんと佐藤くんと中村くんはどう? 大丈夫?」

「陽葵ちゃんもさんせー。乃愛ちゃんさすがーすごーぱちぱちー」

「私もそれでいいと思います」


 名前を呼ばれた四人ではなく、陽葵と小春が思っていない感情のまま返事をする。

 勿論、碧斗とペアになる為にここは賛同しておかなければいけない、という義務感から。

 そして、表面上は仲良くしていると見せかけていた。女子の闇である。


「……二人は分かったから。四人は? 大丈夫?」


 小春と陽葵に呆れつつ、改めて碧斗以外の四人に確認をとる小川先生。

 三大美女である乃愛が言っていることとあれば、自分の印象の為にも反論する生徒はいない。

 それを証明するように、四人は「大丈夫です」と素直に答えた。

 無論、カーストトップ女子に言われたから、などではなく、純粋に乃愛に良い印象を持たれたいからである。


「四人ともありがとうね〜。碧斗くんは? 大丈夫そう?」


 言葉のダメージはさておき、普通に助かったので拒否はせずに、碧斗は「大丈夫です」と伝えた。

 着席すると、夏鈴が「よかったね、おめでとう」と囁いてきたので、碧斗も「おう」と返事をした。


 男子の実行委員は碧斗に決まった。

 となれば、残るは、"女子".。


「じゃあ次女子決めるよー。やりたい人!」


 小川先生が挙手の合図をすると、碧斗が想像していた通りの光景がクラスに広がった。


 ――きたきたきた、これこれ!


 そう、心の中で思いっきり叫びまくる碧斗の前に広がるのは、


「はーい! 私やりまーす!」

「提案したの私だから、私でいいよ先生」

「私もやりたいです」


 と、陽葵、乃愛、小春の三人が手を挙げている姿だった。

 夏鈴はやはりニヤついているが、碧斗がそれに気付く様子は無い。


「え……っと、他には居ない?」


 三大美女に気圧されたのか、他に手を挙げている女子生徒は居なかった。

 それはつまり、正々堂々と勝負できることを意味していて。


「居なさそうですね」


 小春の瞳には、並々ならぬ闘志が眠っている。


「ねえ! 先生、じゃんけんでいいでしょ?」


 陽葵の瞳には、勝てるという希望が眠っている。


「私はなんでもいい」


 乃愛の瞳には、「勝つに決まってる」という余裕が眠っていた。


「え……あ、じゃ、じゃあそうしよ。うん、三人でじゃんけんしてくれる?」


 浮き出しすぎている三人の闘志に、先生すらも気圧されていた。

 そうして、碧斗のペアをかけたジャンケンが始まる。


「陽葵ちゃーん! 勝てよー!」

「いけー! こはる!!」

「乃愛が勝て! 絶対勝て!」


 三大美女の直接対決ともなれば、クラスも盛り上がるのは必然。

 陽葵を応援する者、小春を応援する者、乃愛を応援する者がバランスよく分かれている。


「碧斗は誰を応援するの?」


 隣に座る夏鈴からの質問だ。


「えー、明るそうだし小野寺陽葵さんがいいかなあ」


 慣れないフルネーム呼び。

 多分何も知らない(と思いたい)夏鈴の前では仕方ないこと。

 だが、碧斗の心の内は――


 ――ぜんっぜん誰でも構いませんよ!?


 と、興奮気味な声を出している。

 

 一気に騒がしくなる教室内で、三人は後ろの空いているスペースへと移動した。

 送られる応援を背に、三人はジャンケンをする為の位置につく。


「文句なしだからね? わかった?」

「一番文句を言いそうなの陽葵でしょ。そんなの言われなくてもわかってるっての」

「文句なんて言わせない程に圧勝しますので、心配しないでください」


 騒がしいクラスメイト達に乗じて、自分たちにしか分からないように不仲の片鱗を見せる三人。

 今、三人の間に入れば、ボコボコにされてしまいそうな程に殺気立っている。

 無論、そんな空気はクラスメイトに伝わっていないのだが。


 並々ならぬ闘志を抱えた三人の、碧斗のペアをかけたジャンケンが始まる。


「さいしょはぐー!」


 騒がしいクラス内でもはっきりと聞こえる陽葵の明るい声が響くと、合わせるように三人は手を出した。


「……あいこね」


 結果はあいこ。

 綺麗に、グー、チョキ、パーと分かれている。

「おー」と、クラスの皆は声を漏らすが、そんな声は三人に全く聞こえていない。


「はやくいきましょう、次に」


 小春の言葉で、再び陽葵が「さいしょはぐー!」と声を出す。

 殺気立つ三人の空気感と、そんなことは知らずに盛り上がるクラスメイト達。

 そして、今度はあいこにならず、グー、チョキ、チョキと、見事に勝者が決定した。


「……っしゃ! うしうしうしっ!」


 結果は、陽葵の勝利。

 自分の手を「よくやった陽葵ちゃん」と褒めるように撫でている陽葵の顔は、とても嬉しそうだ。

 負けてしまった小春と乃愛も、勝負は勝負。

 睨んだり、イラついたりはするものの、結果に文句を言ったりはしなかった。


「せんせー! 私になったよー!」

「はーい。陽葵ちゃんね。」


 嬉しそうに先生へと報告する陽葵。

 そんな陽葵を横目に、「ふん」と言いながら、小春と乃愛は自分の席へと戻った。


「良かったね、陽葵ちゃんだよ」

「そ、そうだな。小野寺さんでよかった」

「……碧斗、小野寺陽葵さんって言ったり小野寺さんって言ったり!本当の呼び名隠してるみたいだなあ」

「……全然そんなことないから! ほんとに!」


 "夏鈴の勘"は、変な部分からも冴え渡る。

 陽葵の呼び名がコロコロと変わる碧斗に、不信感を抱いたようだ。

 とはいえ、夏鈴はそれ以上言及しなかった。


「じゃ、実行委員は陽葵ちゃんと碧斗くんに決まりね! みんな拍手!」


 決定した事で、黒板の前に立つ陽葵と碧斗。

 一斉の拍手と、少々の羨望の目を感じる。

 まあ、碧斗じゃなければ三人も立候補していなかったので、いくら羨ましくても三人とペアになれることは無かったが。

 そう考えると、碧斗の中の心の気持ちがどんどんと高ぶっていく。


 ――さいこーだなおいっ!


「よろしくね、碧斗!」

「おう、よろしく」

 

 表情に出さないように気を付けながら、可愛い笑顔を浮かべる陽葵に返事をした。


 これで、実行委員は正式に陽葵と碧斗に決まった。

 皮肉にも、乃愛が提案した方法で、陽葵が碧斗とペアになってしまった訳だが。

 クラスメイトが拍手をする中、乃愛は不満そうに窓の外を見て、小春は完璧故に悔しさを表情に出さないよう、心のこもっていない拍手をしていた。


――――――――


 最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 面白い、面白くなりそうと感じてくださった方は、よろしければフォローと、☆マークの評価をお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る