三分読書感想文

屑木 夢平

1:『シュンポシオン』(倉橋由美子著 一九八五)

 一作目に何を紹介しようといろいろ悩んだが、倉橋由美子の『シュンポシオン』に決めた。私が最も好きな作家のひとりだからだ。


 後期の倉橋作品を代表する"桂子さんシリーズ"の一作で、他の作品は紙媒体で復刻したが、この『シュンポシオン』だけは今のところ電子書籍版のみとなっている。ちなみにもともと福武書店から出版された作品だが、現在、電子書籍版は新潮社から出版されている。なお、本作は桂子さんの元カレの息子である宮沢明さんが主人公に据えられているうえに、SF的な要素が強く本作単体でも楽しめるのが特徴だ。


 二十一世紀に入って十年ということなので、物語の舞台は二〇一〇年頃だろう。作中にはテレビ電話や自動翻訳、それにインターネットのようなものも見られ、いまでは当たり前どころか少し古めかしく思われるものもあるが、当時にしては近未来感が多分にあったのではなかろうか。ソ連がまだ存在していることになっていて、日本の北の海域で小競り合いを続けている。話の随所にいわゆる世紀末のにおいが立ち込め、姿形の見えない不安が作品の外側から圧迫してくるようだ。


 しかし、そんな世界にありながら、桂子さんや宮沢明さんをはじめとする登場人物たちはどこかの避暑地にいて、世界の終末をよそに貴族的な生活を送っている。無縁というわけではないところがミソである。当然ながら世界滅亡の兆しは彼らのもとにもあらわれていて、観光客が減っていたり、あるいは物資がどんどん少なくなっていったりする。しかしそれでも、そのときどきで最高の酒を飲み、最高の料理を食べ、最高の恋をして、世界が終わる瞬間まで生きることを愉しむ。それが桂子さんたち上流階級のありかたである。


 倉橋由美子の作品はいつもひとつの終焉を描いているようにも思う。何かが始まり、あるいは続いていくラストのように見せて、実は作品世界の終焉の形がしっかりと描かれている。だからこそ、表面上は「ここで終わるのか」というような終わり方であっても、すとんと腑に落ちるのだ。

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