10


 マンホールに近づくにつれて、血の匂いが濃くなった。


 野犬か何かが食事中かもしれないと思ったが、生きた動物の気配が全くしないのはおかしい。


 何かの死体でも転がっているのだろうか。


  マンホールの蓋に近づいた3匹。


 彼らは全身の毛を逆立て、目を見開いた。


 そこには、予想外の恐ろしい光景が広がっていた。


 マンホールの蓋には、おびただしい量の血が付着していた。


 人間の爪――生肉が付いたままの、人間の爪がいくつもこびりついている。


 元の形が良く分かるくらい、根本からゴッソリも抉れた生爪だ。


 まるで、素手で無理やりマンホールの蓋をねじ開けたかのような惨状だった。


「お、おい、グレイ。これまさか、店主の奴の血なんじゃないか?」


「いや、鼻には自信があるけども。さすがに血の種類までは識別できないよ」


 店主のものと断定できなかったが、不安を煽られる状況に変わりはない。


 一行で最もショックを受けたのは、意外なことに、いつも強気で気丈に見えるシロテだった。


「そ、そんな……。ああ、なんて酷い。どうしよう。怪我、酷い怪我だ! ああ、かわいそうに! 早く見つけ出して、病院に連れて行かないと~」


 シロテが落ち着かない様子で、辺りをグルグル歩き回っていると、騒ぎを聞きつけたしっぽがひょこっと姿を現した。


 つくしはさりげなく全員の視界を遮る位置に立ち、後から来たしっぽにあの生爪を見せないように隠した。


 ついでに後ろ足で砂をかけておくことにする。


 隣でその様子を横目で見ていたグレイは、むむっと目を光らせた。


 ――大量の砂をかけてたけど、マンホールに一粒もこびりつかなかった。この血は完全に乾燥しきっている。もし仮にこれが店主の血だったとしても、ここに来てからだいぶ時間が経過しているはず。


 早く探しに行ったほうがいいと判断したグレイ。


 思いきって穴の中をのぞき込むと、はしご状に金属製の手すりが並んでおり、そこからもほのかに血の匂いが漂ってくる。


 マンホールのの蓋をこじ開けた後、手すりを伝って下へ降りたに違いない。


「ねぇ、このはしごを使ったら、缶切りも下に降りられるんじゃない?」


「よし。調べに行ってみよう。何が潜んでいるか分からんから自分が先に行く」


 グレイは、聴覚を研ぎ澄まして穴の奥の音を伺った。


「水の流れる音。それから、遠くてはっきりとは聞こえないけど、たくさんのネズミが鳴いているような音がする。例の大ネズミかも……って、ええっ!? ちょっと、みんな待って!」


 3匹は口々に叫びながら穴に飛び込んだ。


「ヒャッホー! ネズミ狩りだぁ!」


「ネズミネズミ~♪」


「ネズミめ! 絶対許さないよ! とっちめてやる!」


 グレイは叫び声を上げる。


「みんなずるい! 私だってネズミで遊びたい!」


 聡明で知性的な彼女だったが、生まれながらのハンターであることに変わりはない。


 グレイはすっかり狩猟本能を刺激された様子で、先行した3匹に負けじとマンホールの中へ飛び込んだ。

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