もうはなさないで~負けヒロインでも幸せになってもいいんじゃない?~

加藤やま

第1話 もうはなさないで

「おっきくなったら結婚しようね」

 私の記憶に鮮明に残ったこの言葉は、今では呪いと言っていいかもしれない。


 私の幼馴染はモテる。もちろん顔もいいけど、何よりも振る舞いがナチュラルにモテ男のそれなのだ。

「おっきくなったら結婚しようね」

 なんてセリフは私の目の前だけでも10人には言ってる。だから、こんな言葉を律儀に信じてずっと彼を想い続けるなんて馬鹿のすることだ。

……ただ、このセリフを初めて彼に言われたのは私のはずで、物心ついた時からずっと一緒に遊んでたから間違いない。だから、他の子に言ってるのとは重みが違うはず。だから……性懲りもなく夢見がちな馬鹿がここに一人。


 当の幼馴染の彼はというと、私にそんなことを言ったのはすっかり忘れてしまったみたいで、中学に上がったくらいから彼女ができては別れるのを何度も繰り返している。そのこと自体、私にとっては全く面白くないんだけど、そのうえ彼は彼女と何かあるたびに私の家に来て愚痴を吐いていくのがルーティンとなっていた。不愉快極まりない。それでも家に上げてしまうのは、なんでもいいから彼と話したい私の弱さなんだろうな。

 でも、そのおかげで彼の趣味嗜好は大体網羅している。彼好みの彼女になる準備は万端。いつでもいらっしゃいって感じなんだけど、いらっっしゃることがないままズルズルと今日まで、花の高校生活を無駄にして過ごしていた。


 今日もいつも通り部屋に来た彼は、いつも通り床に座って話し始めた。私もいつも通り彼と少し離れた隣でベッドに座って話を聞く。

「……だからさ、サプライズで花束を渡したわけよ。そしたら何て言ったと思う?『えー、あんまり花って好きじゃないんだよね、手入れとかめんどくさいし』だってさ。ありえなくないか!?」

 私だったら好みじゃなくても驚いて感動してあげるのに。君にもらったものなら花の手入れだって苦でも何でもない。けど、そんな言葉はいつも胸に押し込んでいつもの作り笑いで本当の気持ちをごまかす。

「いやいや、花って意外ともらっても大変なものなのよ。その日持ち歩くにもかさばるし、どんどんしおれるから気になるし、もちろん手入れも面倒だし」

「そんなもんなんか。でもでも、この際だから言わせてもらうけどこの間の記念日にあげたネックレスも微妙な反応だったし、その前の……」

 どんどん出てくる愚痴が止まらない彼に、彼女と上手くいくためのコツをアドバイし続ける私。本当は、そんな理解のない彼女と早く別れて私のところに来たらいいのに、なんて思ってるのに何やってんだろ。


「……っていうこともあってさ。だから、もう別れてきた。まぁ、別れたの一か月前だけど」

 考え事している間に爆弾発言があったような気が。

「別れた!?どんな文脈!?しかも一か月前って、今まで何してたの?てか、さっきまでの私のアドバイスは何のために……」

「どんな文脈って、話聞いてなかったのか?この一か月は、ずっと考え事してた。何を考えてたかっていうとさ、今まで付き合ってきた彼女とは全然合わなくてさ、でもここに来てアドバイスもらうとすげぇ上手くいくわけよ」

 そりゃ君のことを誰よりも考えてるからね。って誇らしげに思っても意味ないんだけど。

「まぁ、私が直々に女心を伝授してあげてるんだから当然ね」

「それもあるんだけど……なんていうか、アドバイスがいちいち俺に合ってるっていうか、なんか俺のことすっげぇ考えてくれてんのかなって。それにさ、彼女とかと話す時はやっぱり気ぃ使って疲れたりするんだけどさ、ここでは一切そういうのもなくてさ。だから、ほら、分かるだろ?」

 いやいやいやいや、えっ?違うよね?分かるだろって、いや、まさか私をってやつ?そんなわけないよね?えっ?

「……わかんない」

 混乱しすぎてて絞り出すだけで精いっぱいだった。

「だから、こういうことだよっ!」

 いきなり立ち上がった彼は私のそばまでやって来たかと思ったら、そのまま私を抱きしめた。

 こういうとこ!こういうことをサラッとできちゃうからモテるんだよね。なんて、今まで同じようなことをしてもらってる人を見て嫉妬するのをごまかすために考えてた言葉が、自分が当事者になっても思い浮かんできた。私は今何をごまかそうとしてるんだ?

「ねぇ、これって……」

「ずっとふらふらしてて、他の女の話とかばっかしてた奴が言っても信じてもらえないかもしれないんだけど、俺、本当はずっとこうしたかったんだと思う。でも、近すぎて、素直になれなくて。この一か月ずっと考えてたんだけど、頭の中で出てくる答えはいつも一緒で、だから困らせてるかもしれないけど……」

 抱きしめながらなぜか言い訳をし続ける彼の腕に包まれていると、彼の温かさがじんわりと伝わってきて、だんだんと実感が湧いてきた。長年、ずっとずっと、ずっと待ち望んでたことが現実になったんだ。

「大丈夫。もう十分伝わってる」

 不安を打ち消すように言葉を続ける彼の背にそっと腕を回しながら、彼が最も安心するだろう言葉を返してあげる。

 大丈夫だよ。これ以上言葉を足さなくてもちゃんと伝わってる。それに、私だってずっとこうなりたかったんだから。


 だからもう、はなさないで。

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もうはなさないで~負けヒロインでも幸せになってもいいんじゃない?~ 加藤やま @katouyama

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