第2話 その2

これも東京での出来事です。すっかりコミケを気に入ってしまった友達。ときどき東京旅行に行くことが増えました。(今はまったくでずが)


とはいえ、ちゃんと東京観光もしています。浅草に行って焼きたての煎餅を食べたり、強風のため登れなかったスカイツリーに行ったり。東京駅のお菓子街に行ったり。新宿でパンケーキ食べたり。


半分以上が食べ物じゃないかと突っ込みは無しですよ。


と、まあ、満喫して、さて、観光も終わり、地元に帰りますか。と東京バナナとゴマ卵を旅行カバンに詰め込み、新幹線乗り場へとわたしたちは向かいました。


時刻は5時過ぎだったと思います。


「駅弁買ってく?」

「そうだね。新幹線のなかで食べよう」


旅のフィナーレは駅弁です。


わたしたちは、ふぐのお腹のようにパンパンになった旅行カバンを持って駅弁売り場に行きました。


「んー。何にしようかなぁ」

「わたし揚げ物」

「ええ、ちょっと揚げ物は、もういいや! 胃が痛いし」


食べたい物がお互い別だったので、売店を別れて買うことにしました。


(んー。ヤッパリ東京らしい物が食べたいよなぁ)

と目をギラギラにさせて駅弁と睨めっ子をしていると、品川かいづくし弁当に目がいきました。

ハマグリ、アサリ、しじみ、貝柱、焼きホタテがご飯のうえに敷き詰められて、心惹かれました。


よしこれにしよう。


「これ下さい」

「はい」


ちょっと眠たそうな若いお兄さんが、大きな手でかいづくし弁当をビニール袋に入れてくれています。ニコリともせずに、こちらも見ません。が、いきなりこんなことを言い出したのです。


「お名前なんですか」


はい??? えっ?名前。 なまえ??───なぜに名前を聞かれた。


「えっ……」


戸惑いながら、聞き直すと、店員さんは微かにこちらを向き


「おなまえなんですか」


またしても、こう言った。


まて、なんだこの転回は? えっなに、名前を言わないと東京では駅弁も買えないの?


阿呆かお前。

そんなわけあるか、ですよね。完全にパニックになっていた当時のわたしは本気でそう思ったのです。


「えっと、甘月鈴音です」

「えっ。………………………………………………………」


眠そうにしていた店員さんは、弾かれたようにパチリと目を開け驚いたように、わたしを見ました。


なんだよぅ。名前を言ったんたから、弁当を売ってよ。


怪訝そうにわたしを見る店員さんに不安を覚え、わたしはさらに追い込まれました。


なに? もしかしてたら住所も必要?

いやいやいやいや、そこまでしないと手に入らない弁当ってなに。郵便番号もいるのか?


もはや、意味不明な葛藤をする、わたし。


「おなまえ………」

「甘月…………」


なにかがおかしい。お互い固まりました。ハッキリと言わなかった店員さんは、こんどは大きめに、ゆっくりと言いました。


「おのみものいかがですか?」

(お飲み物…………………)


ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。


おなまえなんですか。

おのみものいかがですか。


発音!! いやいや、言葉が似てません。


〝お〟と〝ですか〟しかあってませんが……。


似てますよねぇ。


わたしは赤面する。そしてようやく冷静になる。

そらそうだ、どこの売店に氏名を言って買うところがあるよ!!


あわわわわわ。──逃げろ。


「いりません」


わたしは脱兎のごとく、駅弁を持って人にぶつかりながら新幹線乗り場へと急いだのは言うまでもない。


阿呆なのか、阿呆なんだな。なにが恥ずかしいって社会人が勘違いする内容ではない!!


恥ずかしい過ぎて、ウム。穴があったら入りたい。


──まったく。いいのか、こんな黒歴史をここで語って……。そう思うのでした。


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食と黒歴史 甘月鈴音 @suzu96

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