第56話 役立たずには似合わない -ヴァネッサ視点-

「何なのよ!!」


 お父様からは、手紙の返事ものらりくらりとかわされてしまって、なかなか顔を合わせる機会が作れないと言われてしまうし。

 それならと待ち伏せしても、仕事だからと言われた上に脅されるし。


「全然、思い通りにいかないじゃない!!」


 今までは、全部私の要望が通っていたのに!

 どうして今回だけ、早くあの美形を私のものにできないの!?


「あぁもぅっ!!」


 クッションを思いっきり壁に投げつけてみても、全然鬱憤うっぷんは晴らせない。

 そもそも、あんな美形役立たずには似合わないのよ!

 だから私がもらってあげようって思ったのに!


「お父様は、大丈夫って言ってたくせに!」


 全然、大丈夫じゃないじゃない!

 こんなに待ってるのに、進展一つないなんて!


「シーズンが終わっちゃうじゃないのよ!」


 そうしたら、お城に行く理由がなくなっちゃう。

 今だって、夜会やお茶会の前からずーっと待って、やっとたまーに会えるくらいなのに!


「そもそも王命だって、スコターディ男爵家の娘を嫁がせろとしか言われてないじゃない!」


 だったら、私でもいいはずでしょ!?

 まだ正式に婚約してるわけじゃないんだし、役立たずと場所を交換したっていいじゃないの!


「…………そうよ。交換すればいいのよ」


 どうしてもっと早く、気が付かなかったのかしら?

 そうよね、どっちでもいいんだから。立場を交換すればいいだけの話なのよ。


「お父様は、色々と遠回りしすぎなんだわ」


 それよりも、もっと簡単に。ただ私が、あの占い師一家に嫁げばいいだけなのよ。


 そう。

 あの役立たずを、今度は私が利用して。


「役立たずなんかよりも、私のほうがずっとずっと相応しい」


 だって、あんな貧相な役立たず。誰も欲しがらないでしょう?

 きっと私が変わってあげたら、あの一家だって喜ぶはずよ。


「あぁ。どうしてもっと早く思いつかなかったのかしら」


 それは、当然のことなのに。

 役立たずなんかをもらって、困っているはずなのに。

 どうしてそのことに、すぐに気付けなかったのか。


「そうと決まれば、すぐに手紙を書かなくっちゃ!」


 残念ながら、私はあの占い師一家の名前を知らないから。あの家の人間に手紙を出すことは、不可能だけど。

 でも、いるじゃない?

 あの家には、私が唯一知っている、役立たずいもうとが。


「うふふ。本当に、こんな時にこそ役に立ってもらわないと」


 スコターディ男爵家に婿入りしてくれる相手ができた時のためにと、前々から用意していた封筒と便箋びんせんを、机の引き出しから取り出して。

 私は上機嫌で、机の上に置いている羽ペンを手に取って。そのペン先を、インクにひたす。


 今までは、ただいるだけで。生きているだけで、お金がかかったんだから。

 私だって本当は、もっと豪華なドレスを作りたかったのに。お金が足りないからって、たくさん我慢してきたのよ?

 その分を今返してくれても、いいんじゃない?


「あぁでも、お父様は外であの役立たずのことを聞かれたら、体が弱くてって答えていたわね」


 それなら、私もそういうていで手紙を書かないとダメかしらね?

 だって、あの家の使用人に読まれる可能性があるんでしょう?

 それに、ちゃんと役立たずの手元に手紙が届いてくれないと、意味がないのよ。


「だとすれば、そうねぇ……。体が弱いあなたには、次期伯爵の子供を産むというのも重圧でしょう? だから、私が婚約者を代わってあげるわ。ぐらいがいいのかしら?」


 そう、あくまで。あくまで体が弱い妹を気遣っている姉。

 そこに他意たいはなく、ただ純粋に心配だからと、そう思わせて。


「それに、あの役立たずが私の言葉を拒否するなんて、あり得ないもの」


 今までだって、そうだった。

 私だけじゃなく、お父様やお母様、果ては使用人の言葉だって、あの役立たずは拒否したことがないんだから。

 今回だって、私の提案を受け入れるはず。


「そうすれば、本人の希望だもの。誰も文句は言えないはずだわ」


 あぁ、なんて妙案みょうあんなのかしら!

 私は自分自身が恐ろしいわ!


「きっとあの人だって、似合わない役立たずよりも私を選ぶもの」


 明るい未来を思い描きながら、私は軽快に羽ペンを走らせた。

 この手紙が届けば、全て私の思い通りになるのだと心躍らせながら。





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