第42話 ミルティアは -マニエス視点-

 そこで、なぜかふと思い出したのは、父上の言葉。


『風に、気を付けなさい』

『一陣の風が、波乱を巻き起こすこともある』


 もしかしてそれは、今みたいな風のことを指すのかもしれないと。

 ただ同時に、今目の前を通り過ぎた女性がいたということは。もしかしたらその未来は回避された可能性もあるのかもしれない。


(まだ、油断はできないけれど)


『婚約までに一波乱あるだろうから、気を付けなさい』


 父上は、そうも言っていた。つまり、ミルティアと正式に婚約するまでは気を抜けないということ。


(…………あ、れ……?)


 そう、ミルティアと。

 そもそも僕の『嫁取りの占い』の結果から考えると、スコターディ男爵家の令嬢をめとるのは必然で。これだけは、どうやっても変えられない事実。

 だけどその相手に、僕はミルティアしか考えられなくなっていた。

 もちろん、彼女を虐げていたスコターディ男爵家に返したくないというのも、理由ではあるけれど。


 それ、以上に。


(……僕が、嫌だ)


 だってミルティアは、ローブにフードまで被った状態の僕を見ても、嫌悪感を示したりはしなかった。

 僕のこの髪色を見ても、嫌な顔一つせず。むしろ初めて、に接してくれた女性で。

 僕の言葉を、真正面から聞いて、受け入れて。一緒に会話をして、街に出かけてくれて、笑ってくれて。

 そんな、女性。果たしてこの先、現れるんだろうか?


(違う。そうじゃない)


 そんな、消去法的な考えじゃなくて。

 むしろそれは、ただの後付けの理由でしかない。


(ミルティアが、いい)


 僕が、僕自身がミルティアがいいと。そう、思っているから。

 僕にとってミルティアは特別で、大切で。

 誰にも代えられない、唯一無二の、女性なんだ。


(……あぁ、そっかぁ)


 だからミルティアから彼女の今までの人生を聞いた時、あんなにも怒りを覚えたんだ。

 だから、一緒に出掛けた時間が、笑いあった時間が。とても大切で、楽しくて、幸せで。


(そうか、僕は)



 ミルティアのことが、好きなんだ。



 ようやく、気付いた。今さらかもしれないけど。

 でもその言葉は、本当に何の引っかかりもなく。ストンと、胸の中に落ち着いて。そうして温かく、僕の心を照らすんだ。


(感謝、しないと)


 『嫁取りの占い』に。その存在に。

 きっとそれこそが、本当に必要な女性を探すための方法。だからこそ、成功させない限りは占い師として一人前とは認められないんだ。

 自分の人生にとって最も大切で、最も重要な存在を占いで導き出せないようでは、その精度に不安があるから。


「……父上に、お伝えしよう」


 ミルティアとの正式な婚約を、できるだけ早めてほしいって。

 それから、ちゃんと彼女に僕のことを見てもらわないと。その努力をしないと。

 今はまだ、義務的な感覚でしかないのかもしれないけど。ちゃんとした婚約者に、そしてゆくゆくは夫婦になるんだから。


 何より。


(僕が、振り向いて欲しいから)


 ミルティアを想っていだく、このあたたかい気持ちと同じものを。彼女にも、知ってもらいたい。その相手は、僕でありたいから。

 まだまだ、僕自身知ったばかりの、初めての感情だけれど。


(僕で、よかったって)


 彼女に、いつか思ってもらえるように。

 どうすればいいのかは、まだ手探りだけど。それでも、頑張ってみよう。

 だってミルティアを想うだけで、こんなにも幸せになれるんだから。


 彼女が家で待ってくれていると、そう考えるだけで。不思議と、強くなれるような気がして。

 実際、この後も向けられていたはずの心ない言葉たちは。耳には届いていたのかもしれないけれど、僕の頭には残らなかった。





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